第4話
「おーい、おーい」
どこからか遠くから声が聞こえる。その声は段々、近くなってくる。
「おい、大丈夫か!」
現実に戻った。そこには私の恋をした少女などいなかった。それとは対照的な濃い髭面をしたおっさんが私の視界に現れた。
「お前。大丈夫か」
「うん。あぁ……」
「何か突然虚な目をしてどこか遠くの世界にいってしまうもんだから驚いたよ。そんなに飲んだか?」
「えっ、あぁ……」
ビールジョッキ3杯飲んだ。確かに意識が朦朧としている。
「それで覚がどうしたの?」
「あぁ、そのことなんだけれどな。とある人から覚退治をお願いされてな」
そうして鴨方は語り始めた。
まずとある少女に依頼されて……
それを聞いた時。私は驚いた。というのも、この鴨方という人物は私に負けないぐらい女っ気というものがなかったからだ。
鴨方と誰かと付き合っている。そのような情報どころか、女の子と喋っている。そのような噂すらも耳に入ってこない。
実は彼、男色なのではないか。そう思うぐらいに女性と関わりがなかった。
だから少女に依頼されて……と聞いた瞬間。色々と疑問を持つ。いつ、どこで、どのように会ったのだろうか。
しかし聞いた話。
その女性というのはガールズバーの店員らしい。
「いや、違う。ガールズバーではない。コンセプトバーだ」
と彼は否定をした。しかし私からしてみればどちらも同じだ。
そこ魔界をコンセプトにしたバーらしく、照明は暗く、壁はあちこち、血糊で塗られている。お酒の置いている棚にはドクロが何個も置いている。更に。お酒。鴨方はお酒の種類には詳しくない。ただ目の前に出されたお酒はトマトジュースのようにドロッとしている。
そしてそのお酒を飲んでみた。トマトジュースにアルコールランプを混ぜたような味がした。こんなお酒でも1000円強取るのだから驚きである。
そんな彼が最初にここに来た理由というのは、先輩の付き添いであった。
元来、鴨方はこのような場所に1人で来たりはしない。女の子にお金を使う。そのような思考が鴨方には分からなかった。
例えば、キャバクラ。彼はそのようなところに行ったことないから相場は知らない。それでも、1時間女の子と喋っただけで数万取られるのは馬鹿げている。そこまでして喋りたいのなら、職場の女の子と飯に行って喋った方が幾分も安上がりだ。職場の女の子なんて、高級焼肉店を奢ると行ったら高確率でついて来てくれるだろう。それでも1万ぐらいで済む。
何だったら、彼には高見沢という知り合いがいる。とそんなことを高見沢本人に言ったら、彼女は頭に煙をあげて怒るかもしれいない。
ともあれ、鴨方は女の子にお金を使うということはあまりしない。風俗2時間で数万使うのであれば、高級旅館に泊まりたい。どうしてもそのような思考になってしまう。
だから職場の先輩とはいえ。このような場所に行くのは鴨方からしてみれば不本意である。最初は行かない。そうはっきりと断っていた。しかし先輩から怪訝そうな顔で
「お前は、結婚していたり、彼女いたりしたっけ?」
当然、そのような女性はいない。そのような旨を伝える。
そうしたら
「それなら問題ないじゃん。いくぞ」
という事になった。
それに関しても、やはり納得がいかなかった。はっきりと行きたくない。そう言った。先輩は困ったような表情を浮かべ
「それなら半分出すから。行こうや」
そう言った。
流石にそこまでされてしまったら断りにくい。こうして、鴨方はその店に行く事にした。
その店の名前は、バー悪魔。もっと上手いこと名前を捻ることが出来なかったのか。そう思うぐらいに単純な名前である。雑居ビルの5階にその店舗はあるらしい。そのエレベーターは狭かった。先輩と鴨方が乗っただけで、もう他の人が乗るスペースというものがなくなってしまった。
そして、その場所の居心地は最悪である。
初めて行った時。お客さんは鴨方たちを除いて5人ぐらい。恐らく、繁盛はしている方だろう。それなのに席はカウンターしかない。それもそのカウンターの上に、髑髏やらの装飾品を置いてしまっているため、使える面積が半分ぐらいしかない。だから自分の肘をカウンターでつくのがやっと。更に狭い店に椅子などを詰め込んだせいで、ちょっと肘を広げたら隣の人とぶつかる。またこの店は禁煙ではないらしく、タバコの煙が黙々とあちこちから立ち込めている。
タバコを吸わない鴨方からすれば、その煙を吸うだけで胃が痛くなる。気持ち悪くなる。
また匂いも、この部屋の至るところに、過剰に置かれた芳香剤、女性キャストの高級ブランドの香水、男性お客さんの見栄張った柑橘系の香水、タバコの匂い、加齢臭、その他。鴨方の嫌いな匂いがその狭い箱にギュッと詰められていた。
またキャストだってほとんどが、鴨方好みの人はいない。
どいつもこいつも髪を長く伸ばして、目元を赤く染めて、耳には大量の釘を打ったかのようなピアス。みているだけで痛々しい。顔は真っ白で、唇は濃い血のような赤。
桃山人夜話にこんな文章がある。
一休和尚、女の化粧するを見給て、狐の藻をいただきて髑髏を着、美女に化ける異ならずと云ひけり。
つまり、女の化粧というのは狐が髑髏を被って変装したようなものであると。成程。納得である。
確かに。目の前の彼女たちから元々がどんな顔だったのか伺うことが出来ない。作り物の顔ではっきりと言えば不自然である。などと失礼なことを言うからモテないのだろう。それは鴨方だって自覚している。
ともあれ、好みではない。こんな女性とお金を払ってまで喋るなんて馬鹿げている。
しかし……2人ほど気になる女性がいる。
1人は、茶髪のウェーブをかけた女性。梅田など行けば、OLとして働いていそうな。大きな街に行けば恐らく無個性になりそうな。そんな女性であった。しかしこの異様な空間ではその普通の女性はより一層美しく輝いているように思えた。
そうしてもう1人。この人は身長が小さい。髪だって何も手入れされていないようで素朴である。まるで子供が体験で働いているような。そのような感じであった。それぞれのキャストが一生懸命喋っている中、その少女だけはじっと私たちの方をただ見ているだけ。
何人かはその少女に話しかけるが、それでも「あっ、はい」と。そんなつまらない返答しか返ってこない。ノリが悪いのだ。金を払っているのに、返答がそれだけとは。お客さんも溜まったものではない。やがて他のお客さんはその少女はいなかったように扱い始める。職務放棄もいいところだ。この謎の少女も気になった。この少女に対しては決して好意を持ったと言うわけではない。ただ、どうしてこのような場所で働いているのか。純粋にそういうことを疑問に思った。
かくいう、鴨方も似たようなものである。折角来たのに、お金を払っているのに。彼は黙り続けていた。話をしたい話題など何もない。
連れの先輩だけがずっと喋り続けている。
何が楽しい。こんな場所。
鴨方はそう思った。
先輩はお酒に酔ったのだろう。やがて席に立つ。そしてトイレへと向かった。
「飛縁魔」
目の前にいた茶髪の少女はそう言った。
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