夜と朝とバイト

ザラニン

4月下旬の事件

 それは4月下旬のとある日。確か、桜が散った頃。


 僕はその夜、寝付く前に誓った。

 –––––––明日は必ず、6時に目覚めよう。


 単刀直入に述べると、僕は明日、バイトだ。

 大学生としての新生活が始まって早半月程。ようやくあり着くことのできた人生初のバ先。期待と不安が胸渦巻く、初めての金になる労働である。

 しかし、入っている勤務時間のほとんどは休日。しかも朝からである。もう一度言おう–––––––朝なのである。

 そして明日はとうとう初めての朝勤。バイト開始時間は朝の8時。大学生活初めての、休日での早起きだ。

 当然、そこには不安しかない。何せ、僕は早起きが苦手だ。僕に起きられるのか、僕は間に合うのか、僕は本当に大丈夫なのか–––––––そんな恐怖が脳内にある数多の神経を悪く刺激してくる。


「......」


 だが、怯えている場合ではない。不安なら不安なりに、できる限りの対策は打っておくべきだ。

 故に、僕は自身のスマホにアラームの設定を掛けた。

 まずは音。ピアノとかの穏やかな音じゃダメだ。ガシャンガシャンとした、やかましい金属音だったり、警報だったりするものが望ましい。加えて大音量だ。耳障りな音で爆音ならば、嫌でも跳ね起きてしまうだろう。

 次に時間。6時に起きる予定ではあるが、正直それでは心細い。頼もしさに欠ける。

 だから念には念を、保険には保険を掛けよう。

 アラームが6時ちょうどに鳴った後も5分おきにまた鳴り響くように設定。それをさらに6時から8時にまで掛けて連続で設定。

 これにより、うっかり寝過ごして6時に起きれなかった場合でも、最悪どうにかなる。

 –––––––でもダメだ。これでもまだ足りない。不安は拭われるどころか、全く効果が無い。無駄な足掻きのようなものだ。

 なので僕はこれにさらなる保険として、6時前の早朝5時からアラームを設定することにした。正直キツイ時間だが、早すぎることに越したことはない。設定することに迷いなんて無かった。

 ......これで、とりあえずは安心だろう。不安が消えることは無いが、雀の涙程度はマシになった......気がする。


 しかしだ。考えすぎは時として毒である。

 現に今、不安のあまり僕の目はぱっちりと開眼しきってしまっている。これ以上の脳の行使は危険だ。睡眠に悪影響を及ぼし、明日の朝にまで響いてしまう。

 故に、僕はそのまま眠ることにした。不安を捨てられず、小さな期待を胸に抱いたまま、翌朝へと意識を飛ばした。







 ヴィー! ヴィー! ヴィー! ヴィー!


「–––––––ん、ん~?」


 地球防衛軍的な警報が鳴り響く。

 音は部屋に響き、外に響き、回り回って僕の耳奥へと響き渡る。


 –––––––うるさい。

 –––––––あまりにも、うるさい。

 –––––––耳障りだ。消えてくれ。


 僕は薄く片目を開きながら枕の横で鳴り響くスマホに手を伸ばし、Siriを起動。そして、


「目覚まし、全部、消して」


 そう口にした。

 途端、スマホから電子音声が鳴り響く。流れてきた言葉を寝ぼけている脳は理解できないが、どうやら今のアラームも

 これで一安心。–––––––何か忘れている気がするけれども、今は眠気が強い。そんなことを思い出す気力すら無い。

 同時に僕の意識も力尽き、そのまままた眠りの底に落ちていった。






 ブーン ブーン ブーン


「–––––––?」


 ふと、バイブ音と震える枕で目を覚ます。

 寒さで震える体は無意識に毛布にくるまり、暖をとっている。

 当然、眠気は強い。というか寝たい。再び目を瞑れば、また夢の中へと落っこちていきそうなくらいだ。


 ......だが、同時に疑問を抱く。

 –––––––あれ? 何故僕のスマホは震えているんだ?

 確か、アラームは切った筈だ。全ての時間設定を解除して、眠りの妨げにならないようにしたのに–––––––うん?


「え、今、何時?」


 瞬間、脳裏に昨夜の記憶が蘇る。

 途端、反射的に体が起き上がる。

 そして、不思議と視線が壁に掛けられた時計に吸い寄せられた。


「–––––––」


 カチャッ カチャッ ピタッと。目は時計の時針、分針、秒針を捕える。

 時間は–––––––8時30分。

 8時30分......8時、30、分......


「–––––––」


 息が止まる。

 時が止まる。

 思考が止まる。


 震えが早まる。

 脈が早まる。

 心拍が早まる。


 だが、理解する。 

 理解してしまう。

 理解ができてしまう。

 自身が今、どういった状況下にあるのかを、嫌でも分かってしまう。


 そして、僕は恐る恐る、震えるスマホに手を伸ばし、その画面を目にする。


 –––––––電話の番号は、バイト先の店長のものだった。

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