第11話 ファースト
茜ちゃんに告白した週の土曜日、最寄りの駅前で妙にそわそわして小刻みに体を震わせている。寒いからではない。今日は茜ちゃんと初デート。水族館デートだ。楽しみは緊張に包みこまれている。僕は一般的な男子高校生と比較したら、オシャレに無頓着な方だと思う。つまり今日着ていく服は非常に悩んだ末の集大成だ。まあ悩んだと言っても、ほとんどお母さんとお姉ちゃんが考えたんだけど。
緊張していたから集合場所の駅にかなり早く到着したとかはなく、普通に5分前に着いた。そして茜ちゃんはまだ来ていない。私服はどんな感じ何だろう?可愛いことくらいしか分からない。やっぱり彼女の服装ってのは褒めるべきなのだろうか?でも褒めるって何か上から目線な感じがするような。重要なことを考えていると、軽い駆け足が聞こえてくる。
茜ちゃんだ!
「ごめん!遅れた」
「いや、まだ3分前だよ。遅れたことにならないよ!僕も来たばかりだし」
改札を通り過ぎて、2人横に並んで歩き出す。私服はめっちゃ可愛かった。どこを見ても可愛い。緊張は知らない間に帰っていた。少し遠くには速度を落とした電車がこちらに向かってくるのが見える。
あまりにも可愛くて正面を見ずに、歩きながら茜ちゃんばかりじっと見ていたら、茜ちゃんの足がピタリと止まった。それでも僕の足と茜ちゃんに向ける視線は止まらない。速度を緩めた電車の緩やかな風が、服の裾を優しく揺らす。
「さっきからそんなにジッと見て、何かおかしいところあるかな?」
首を傾け少し頬を染めて、それにふさわしい声色で言う。それを見て聞いてピタリと足を止める。
「んー?服めっちゃ似合ってるから、つい」
「え!?あ、ありがとう!彰人君もかっこいいよ!」
実験に失敗して爆発に巻き込まれ博士のように照れる茜ちゃんを見て驚く。こんなセリフ人生で聞き飽きて慣れ慣れかと思っていたからだ。あと僕もかっこいいって!?お母さん、お姉ちゃん、ありがとう!そして茜ちゃんとは真逆にクールに返答する僕。これは慣れとかじゃない。驚きが心から出れないだけだ。それでも顔は少しくらいは緩んでいるだろう。
「ありがと。電車乗ろっか」
「うん」
2人で電車に乗り込み、背もたれのある席に座る。茜ちゃんが窓側、僕が通路側。女の子とデートするなんて初めてだけど僕はデートの攻略法を誰かに聞いたり、ネットで調べたりなんてしてきていない。デートは国語と一緒だ。正解なんてない。不正解は山ほどありそうだけど。まあ、いずれは不正解を選択しても笑い合える関係くらいにはなりたいと思っている。
「水族館楽しみだね~電車乗って着くまでも楽しいし」
「うん!僕も楽しみ!」
笑顔で言う茜ちゃんに、笑顔で返す僕。茜ちゃんが言った通り、水族館に着くまでの電車での時間は最高に楽しかった。別に特別な会話をしている訳でもないのにこんなに楽しいなんて、彼女とデートってすごい。
目的の駅に到着して電車を降りて、手をつないで水族館まで歩いた。
「私さ、水族館の薄暗くて、落ち着く雰囲気好きなんだよね~」
「あ~分かる分かる。僕も好き。よくわかんないけど」
僕も水族館の薄暗さは好きだ。何かワクワクするし、涼しさが感じられて良い。それから順にいろいろ回ってたくさんの魚を見た。茜ちゃんの笑顔が絶えることがないから、僕の笑顔も絶えることはない。
「彰人君!もう少しでイルカショー始まるって!早くいこー!」
「うん!」
茜ちゃんは僕の手を引っ張て駆ける。今日はずっとはしゃいでいる。こんな人だったとは思っていなかった。別にクールな女の子のイメージがあったわけではないけど、こんなに可愛くはしゃいでくれる女の子だったなんて。
イルカショーでも相変わらずキャーキャー言っている。可愛い。ウキウキのテンションのままショーが終わって、先ほどのイルカたちがいる水槽に行く。
「わー見てみてー!可愛い!」
ガラスに両手を押し当てて、目を輝かせながらイルカを見る茜ちゃん。イルカが次々と集まってくる。ほとんどオスだろうな。可愛さに釣られたか。
「おーめっちゃ集まってきた。写真撮る?」
「うん!お願い!」
「はいチーズ!」
いい感じに取れた。待ち受けにしよう!イルカも茜ちゃんもいい表情だ。撮った写真を見てニヤついていると茜ちゃんが話しかけてくる。
「ね!彰人君も一緒に撮ろ!?」
「え、自撮り的な?」
「うん!彰人君が撮ってよ!こっち来なよ!」
「うん」
茜ちゃんの隣まで行って、自分たちに向かってカメラを構える。僕の今までの人生は自撮りと縁がなかったので正攻法を知らない。ぎこちない動作でインカメにする。イルカがどっか行っちゃう前に撮らないと。
「カメラ横向きの方がいいんじゃない?」
「確かに」
そう言われて、カメラを横向きに持ち替える。
「じゃ、撮るよ?」
「は~い」
茜ちゃんが体を寄せてくる。彼女の肩が、僕の力こぶに優しく触れる。それと同時に鼻にいい香りもやってくる。こんなことされたら、大半の男は勘違いしてしまうに間違いないだろう。自分のことが好きなんじゃないかと。まあ、僕たちは相思相愛だから何の問題もない。カメラのシャッターを切る。撮れた写真を2人で確認する。
「わーいい感じ!あとで写真送って!待ち受けにしたい!」
「おっけ」
初めてにしては、なかなかいい感じに撮れた気がする。僕はホーム画面の背景にしよう。
「イルカちゃん達もいい感じに写ってるし!彰人君上手!」
「いや、それほどでも~いい写真だ!」
「この子達はカップルなのかな?仲良しそう!」
そう言って茜ちゃんは写真に指を指す。そこには体を寄せ合っている2頭のイルカが写っていた。ふと、何も意識せずに口から言葉が飛び出す。
「そーえば、イルカって同性カップルもいるらしいよ。ニュースか何かで見た気がする」
「へ〜そうなんだ」
僕の急な謎の知識に軽く返事をした彼女は、後ろを振り返り、水槽の中のイルカに目をやる。そして、少し間を置いて、俯いて話し出す。
「彼氏の彰人君には早く話そうって思ってたんだけどさ、私さ、凛ちゃんのことも好きなんだ。その、友達としてじゃなくて、恋愛的に...みたいな?」
「え」
いつもの彼女と比べて、暗い声で話すから珍しいなんて呑気に考えていたのも最初だけ。突然のカミングアウトに驚きが止まらない。僕が急にイルカの同性愛とか謎の話をしちゃったからなのか?頭を回してから、発言しないといけないことを、よく理解することができた。
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