第6話 ナイスパス

 持ってきた材料を使ってレシピ通りに作っていく。しかし全く上手く行かない。正面にいる前田も苦戦しているのか、不機嫌そうな顔をしている。隣には手際良さそうに作業を進める回。


 「そういえば今日、駅で彰人に似た人を見たんだよ!」


 「へえ。そうか」


 「ヘッドフォンもしてたから彰人かな〜って思って、エスカレーター乗ってる時に後ろからこちょこちょしたんだよ。そしたら人違いだったんだよ」


 「え?犯罪じゃん。何やってんだよ?あと僕ヘッドフォンなんて待ってないし、何で僕だと思ったんだよ?お前、今捕まってないだけの犯罪者じゃねぇか」


 「まあまあまあ、落ち着けって。相手もヘッドフォンしてたからか知らないけど、こちょこちょに気付かなかったんだよ」


 「怖いから振り返れなかっただけに決まってんだろ。あとヘッドフォンは体の感覚は遮断しねぇよ。耳だけだろ」


 「そっか」

 

 「うん。そうだよ」


 会話が終了して再び作業に集中する。しかし、集中するだけでは作業を進めることは出来ない。


 「回、これどうやんの?教えて」


 「貸して!俺がやる!」


 勢いよく僕の手からボウルを取ると、材料を手際よくぶち込んでかき混ぜていく。


 「別に教えてくれるだけでよかったのに。てか回って声がデカい割には器用だよな。僕的には声デカい奴は不器用なはずなんだけどな〜、ましてや料理。声のデカい奴は出来るはずがない!」


 「いや、そんな関係ないでしょそれ。むしろ料理人って声デカくない?厨房でいつも叫んでるじゃん」


 ボウルを机に置き、全てを諦めた前田がつぶやいた。


 「確かに!じゃあ料理人は声がデカくないとなれないんだ!」


 「そーいう訳じゃないでしょ〜。愛情と技術があれば誰でもなれる!」


 「誰に対しての愛情だよ?」


 「そりゃ自分が作った料理を食べてくれる人への愛情だよ」


 「でも前田は残念ながら技術ないもんな」


 「あんただって出来ないからって杉浦にやらせてるじゃん」


 「僕は教えてって言ったけど回が持ってちゃったから仕方ない」


 そんなことを話していると、作業を終えた回が話しかけてくる。


 「終わったぞ彰人!完璧だ!」


 「おー、サンキュ!」


 ボウルを受け取り次の工程へと進む。


 「杉浦〜!私にも教えて!教えるだけでいいから!技術を教えて」


 「あー、いいぞ」


 回がオーケーの返事を返すと、ボウルを僕の前に押し出して席を立ってこっちに来る。


 「場所交代して」

 

 「いいけど、三浦さんに教えて貰えば良かったじゃん。1番進んでるし」


 回が僕のボウルに手をつけていた間に、三浦さんがどんどん先の工程に進んでいた。三浦さんは料理もできるようだ。


 「あんたのだめだよ。茜の隣に行って遊ぶ約束のひとつくらい取り付けて来たら?」


 前田が耳元で囁く。そしてハッとする。前田のナイスアシストに感謝をしながら立ち上がる。


 「早く席変わってー」


 「あ、うん。ありがとう」


 ボウルを手に持ち、たったの4歩で三浦さんの隣の席に到着する。僕と三浦さんの心の距離も、今日これより近くしてやろう。そう意気込んで着席する。


 「しっ失礼します!」


 「どうぞ〜」


 作業していた手を止めてこちらを見て三浦さんは優しい表情でそう言う。この一言だけで、感受性のカケラも持ち得ないゴミでも分かる。三浦さんが優しいって事を。さぁ何か話す話題を考えろ!

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