第5話 願い

 五限が終わる。今日もやっと終わりだ。一番奥の教室から自動ドアのある入り口まで歩く。他の講義も終わったようだ。続々も教室から人が出てくる。その中に知っている子がいた。僕を助けてくれた女の子が男と二人で教室から出てきた。


 「誰かと一緒に居ることあるんだ...」


 足が止まり思わず言葉が漏れる。理由は明確ではないがショックを受けた。


 一人で歩くには寒い夜。駅までの道を歩いている途中にスマホが震える。電話だ。ポケットから取り出して画面を確認する。相手はバイト先の先輩。震える携帯を手に取り、躊躇いながらも電話に出る。


 「もしもし」


 『あのさ横山君って今日バイト入れる?無理なら全然大丈夫何だけど。どう?』

 

 「あー、今日ですか?」


 『そう。用があるなら全然大丈夫だからね』


 気遣いの言葉が僕を追い詰める。断る言葉が出てこない。用もないのに断る罪悪感に今日も負けた。


 「大丈夫です。入れますよ!」


 『ほんとっ!?ありがと!助かる!じゃ!よろしくー』


 通話が終了する。


 「はー、走らないと」


 行列を作り駅まで歩く学生たちを次々に抜いていく。寒い冬の夜のはずなのに体の芯から熱くなる。むずがゆさも感じる。


 扉が閉まりきるギリギリのタイミングで電車に乗り込む。ギリギリセーフ。『駆け込み乗車は危険ですのでおやめ下さい』と、明らかに僕に向けられた車内アナウンスが響く。


 扉のそばに立っていると、一つだけ座席が空いていることに気が付く。切れた息を整えるために座席まで歩き出す。席の前で立ち止まり座ろうとすると、向こうから小走りでやって来たサラリーマンに突き飛ばされる。


 「痛っ」


 電車の床に倒れ込む。床に打ち付けた右ひじが痛い。誰も何も言わないし動かない。それなのに凝視されて笑われているような気がした。体も心も赤く染まった。揺れる電車の中で慎重に立ち上がる。寝ているウサぴょんが起きないように、背中のリュックを端にそっと置いて歩き出す。


 僕を突き飛ばしたサラリーマンは五十代くらいだろうか。何食わぬ顔で座ってスマホを眺めている。僕が目の前に立ってもスマホを見続けている。


 おっさんの鼻を思い切りぶん殴る。スマホが床に落ちる。一回殴っただけで鼻血が流れる。表情は一変して、怯えた顔で僕を見ている。痛みと驚きで立ち上がれないのか、座ったままのおっさんの顔面にもう一発拳を叩きこむ。


 まだ足りないと思い拳を振り上げると、後ろから抑え込まれる。抵抗をしても振りほどくことが出来ずに、床に押さえつけられた。低くなった目から周りを見ると、車内はかなりざわついていた。


 「うるさい」


 誠実そうな顔をした、屈強な体を持つ男に馬乗りされている。体はびくとも動かない。僕が人通りの多い廊下で殴られていた時も、おっさんに突き飛ばされた時も、誰も何もやらなかったのに。僕が悪者になった瞬間、すぐに正義の味方の顔をする。僕のせい?そんなに嫌われてる?どうして?


 駅に到着して電車が止まり扉が開くと、三人の駅員が駆け込んでくる。再び車内が騒がしくなる。ホームも事件の発生にざわついている。


 「ウサぴょん起きてたら聞いて!この世から音を出す生き物を全部消して!」


 次の瞬きを終えた時には、周りに誰もいなかった。

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