第4話 心の余白
天井が見える。僕は大学の廊下で天を仰いで横たわっていた。
「久しぶりに痛いなぁ」
馴れ馴れしい痛みが体を駆け回る。学生証の事が三人にバレてボコボコにされた。人がたくさん歩いている廊下でだ。見て見ぬふり。廊下を歩く学生は僕を視界入れない。誰も近寄らない。
「奏多君!大丈夫!?奏多君!!」
壁に立てかけられたリュックから、僕にしか聞こえない声が響く。四つん這いになって、震えながら体に残された力を振り絞る。
「うん。大丈夫」
「本当!?」
ウサぴょんの声を聞いて視界がぼやけてくる。放置されているより、誰かに心配された方が涙の量が多くなるのは何故だろう。
「大丈夫?鼻血?」
僕を心配する声が一つ。それはウサぴょんの声じゃない。涙を拭って声の方を見る。倒れている僕を心配そうに見つめる女の子がいた。
「ああ、うん。大丈夫」
動くと感じる痛みに堪えて、壁にもたれて座る。
「どうしたの?」
「ちょっと殴られてさ。ほんのちょっとね」
「ええ!殴られた!?...え?警察呼ぶ?」
彼女はポケットからスマホを取り出す。
「いやいや、大丈夫!大丈夫だから!」
「え?本当に大丈夫?」
「...うん」
スマホをポケットにしまった彼女はティッシュを取り出した。
「鼻血拭きな?」
「ありがとう」
受け取ったティッシュを鼻に突っ込み、震えながら立ち上がる。
「もう行くね。ありがとう」
「...うん。一人で大丈夫?てかさっき誰かいた?」
「え?いないよ。何で?」
「奏多君!って呼んでる声が聞こえたからさ。それ聞いてこっちに来たんだもん!」
彼女の説明を聞いて驚く。僕の名前を呼んだのはウサぴょんしかいない。ウサぴょんの声が聞こえたのか?僕以外には聞こえないはずなのに。
「空耳かな?ごめんね。力になれなさそうで」
「そんな事ないよ。めっちゃ助かったよ」
「そう?良かった!出来ることあったら教えてねー!」
彼女と知り合ったのは一年生の時。必修科目の授業で世話になった。今まで何かと助けられて来た。彼女は優しくて強い。いつも一人で行動しているが、彼女には悲しみも哀れみも見当たらない。
昼休みは人が滅多に来ない教室で休む。
「鼻は大丈夫?」
「うん」
「奏多君くらい優しい人がいて良かったよ!」
「もしかして僕の事好きなのかもな」
「奏多君の事が好きだから助けたって?」
「んー?うん!間違いないね!ははは」
「好きだから助けるの?なら奏多君はどうして私を助けてくれたの?」
僕の冗談にウサぴょんの純粋な疑問が突き刺さる。彼女が僕は助けてくれるのは余裕があるからだ。人助けは強さを優しさに変換する余裕のある人だけがする事だ。僕に余裕はない。
「どうしてって...」
ウサぴょんの放った質問に答えることは出来なかった。
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