第2話 月ウサギ
「アンタ部屋の電気付けっぱなしだったよ」
「本当?ごめんごめん」
風呂上がりに母からそう言われて、階段を上って部屋に戻る。
「あれっ?」
ベッドにウサぴょんの姿が無かった。布団を捲ると中に小さく包まったウサぴょんがいた。
「え?移動した?」
思わず出た声に返事が来る。
「うん!寒さに負けて暗さは我慢した!」
「え!ウサぴょん歩けたの!?」
「歩けるよ!走る事もできる!」
「てっきり喋るだけだと」
「随分と低く見積もられている。まあいいや!奏多君にお礼をするよ!」
寝転がっていたウサぴょんが勢いよく立ち上がる。意外な俊敏さに少し驚く。
「お礼?さっき言ってたやつか。家のペットにでもなってくれるの?」
「それも出来るよ!奏多君の願い事!何もかも全部叶えて上げる!」
「願い事を叶える?」
「そう願い事!何でもいいよ!何回でも!」
嘘をついている声には聞こえなかった。ただウサぴょんをどこまで信用していいのか計りかねる。宇宙から来たと言う話を信じるなら、願い事を叶えると言う話も、信じる事が出来るだろう。とりあえず何か適当に願ってみよう。
窓に近づき夜空を眺める。ベッドのウサぴょんを抱き抱えて月を見せる。
「今日は三日月か。じゃあさウサぴょん。あの月を満月にしてみてよ」
「お安い御用!ちゃんと見ててよ?せーの!はい!」
ウサぴょんは無茶振りにたじろぐ事なく返事をする。そして返答通り月は一瞬で真丸の満月になった。
「...まじ?」
「すごいでしょ?」
あまりの出来事に驚きが帰らない。同時に焦りもやってくる。これに気付いた人がいたら大ニュースになってしまう。
「ウサぴょん!三日月に戻せる?」
「戻しちゃうの?」
「うん!お願い!」
「はーい!」
ウサぴょんが軽く掛け声を唱えると月は三日月に戻る。
「え?夢?」
「夢じゃないよ!言ったでしょ!何でも叶えられるって!」
「...何でも叶えられる?死んだ人を生き返らせる事も?」
「もちろん!生き返らせたい人がいるの?」
「...いる。病気で死んじゃった友達を生き返らせたい。もう一回会いたいんだ」
「オッケー!その子の名前と誕生日を教えて!」
「名前は安枝紗奈。誕生日は二月十七日」
「今日は何月の何日だっけ?」
「十一月の十六日」
「大体三ヶ月だね。人を生き返らせる時はその人の誕生日じゃないとダメなんだ!ごめんね。すぐに連れてくることが出来なくて」
ウサぴょんは露骨に落ち込んだ声で謝る。死んだ彼女に触れないのは宇宙人なりの気遣いか、ただ単に僕の願いを叶える事にしか興味が無いのか、どちらなのだろう。
「そっか。別に三ヶ月くらい楽勝だよ。本当に会えるならね」
「ありがとう!じゃあ、私は疲れたから寝るね。布団の中入っていい?」
「うん。いいよ。おやすみ」
ウサぴょんは布団の中に潜り込んでいく。
「三ヶ月か...」
生き返らせる事は出来ないから引き伸ばしている。何て疑う事はしない。月の形も簡単に変えられるような存在だ。人を生き返らせるくらい赤子の手をひねるような物だろう。それが可能な日が一年に一回しか来ないだけだ。
「三ヶ月経ったら、二月十七日になったら、本当に会えるんだ」
安枝紗奈は僕が高校二年生の時に出来た彼女だ。僕と話してくれて、僕を彼氏にしてくれた優しい人。困っている人がいたら迷わずに手を差し伸べて、悩んでいる人がいたら相談に乗る。僕は彼女の優しさの中に強さを感じた。
彼女が居なくなってからは何をするにもやる気が出ない。穴の空いたコップに永遠に水を注ぐような、意味のない人生を過ごしてきた。僕が生きていても、紗奈と再会する事は絶対にない。僕が会いに行っていいと思っていた。でも、そんな事をしたら彼女は悲しむだろうし、確実に会えるとも限らない。死んだら終わりなんだから。
もう死ぬとか死なないとか考える必要は無いんだ。たった三ヶ月辛抱すれば会えるんだから。紗奈が居なくなってから、これまで過ごしてきた時間と比べれば短いもんだ。
「ありがとう。ウサぴょん」
電気を消して布団に入る。スマホから日本語じゃない歌を再生する。眠る時は、頭に歌詞じゃなくて音を入れたい。余計なことを考えて睡眠の妨げにならないように。
アラームに起こされて目を開けると、すぐ横にウサぴょんがいた。
「寝てる?」
何を言っても、何をしても変わらない表情。寝ているのか、起きているのかさえ区別がつかない。
「起きてるよ!おはよう!」
「あ、起きてた。ウサぴょんは顔が変わらないからややこしいね」
「私は感情を表情に出すのが苦手だから、ちょうどいいよ!」
宇宙人にも表情の自己表現が苦手な奴がいるんだ。やっぱり宇宙は広いようで狭いんだな。
「ははは。同じだ」
「奏多君は今日学校?」
「そうだよ。水曜日だから二限からだね。少しだけゆっくり出来るよ」
「へー!何かお願い事ある!?」
「お願い事か。じゃあ一緒に大学行こ?僕以外には見えないんだよね?」
「うん!一緒に行く!他はいいの?今降ってる雨止ませるとかさ!」
「それはいいかな。誰かにとったら恵みの雨だろうし、雨を待っていた人もいるだろうから」
「奏多君は優しいね!」
「ま!そうかもね!」
大学に行く支度を始める。
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