静かな歩み

@akukyo

静かな歩み

 どこかの森林を背景にした静かな湖の上で、純白のドレスを身にまとった少女が、ひらめく白い上品な布の端から覗く、その白い裸足のつま先で、澄んだ水面を踏みしめる。すると湖に波紋が広がり、しかしその水面は微かに波を立て、へこむばかりで、その白いつま先が沈んでいくことはない。つま先のみで水面に片足で立ちし、へこみを微かに深くし、もう片方の足を小回りな周を描く遠心力の移動で、そのつま先を水面に突き刺し、踏み出す。白い少女は、つま先で等間隔に水面を刺し、離す、リズムある滑らかな身のこなしで波紋の連鎖を生み出していく。水面から離れる足の裏の滑らかな、白い起伏を大粒の澄んだ雫が滴り落ちる。

 白い少女は腕を抱き入れる形に固め、ドレスのスカートを摘まみ上げて、滑らかさのある足運びで水面を渡り、さまよう。つま先が響かせる澄んだ水の弾む音のみが、静かな湖で唯一響く音であった。

 静かな水面で唯一動き、響くように広がる波に、尾ひれを緩やかに揺らしていた魚が、速やかに逃げ出す。

 遠ざかる魚へ視線を向け、白い少女は素早い、しかし緩やかな滑らかさのある足さばきで、せまっていく。そんな素早い身のこなしでも、魚に追いつくことはできない。やがて魚は湖の深層へ潜り、白い少女を振り切る。

 白い少女は、魚が姿を消した所までくると、透明度の高い、しかし見通すことのできない湖の深層を、しばらく霞がかった視線で見すえる。

 すると静寂が支配していた湖に、突然風が吹きすさび、水面が激しく波立つ。強く吹き付ける風に乗り、上空を鳥が横切る。白い少女が横切った鳥を見上げる。鳥は湖のように静かに澄み渡る青を、翼で緩やかに切り裂き進んでいた。

 白い少女は霞むような揺らめきのある動きで空を漂う鳥を見上げ、そしてつま先で水面を滑らかに刺す足運びで追いかけていく。白い少女の周辺を、トンボやチョウが通り過ぎるが、白い少女はそれらに視線を向けることなく鳥についていく。鳥は、やがて白い少女が湖のほとり近くまでせまったころには、すっかり小さくなっていた。見える見えないの狭間まで距離が離れた鳥を、しばらく一切微動だにせず見すえる。

 ドレスのスカートを摘まみ、片足を少し前に出し、両のつま先を水面に突き刺さしたまま、一切揺らぐことなく静止する。そんな白い少女の周りを漂うトンボやチョウが、その身体の端々に止まっていく。

 全てが静止した湖でチョウの翅の微かなひらめきのみが、唯一動いていた。

 やがて白い少女の頭の上に止まっていたトンボが分離するように飛び立つ。頭上を少しの間、浮遊していたトンボは、しばらくすると素早い動きで飛び去っていく。

 そんなトンボを白い少女は追いかけまわす。端々に付着するように止まっていたチョウやトンボは、白い少女が駆けまわり切る風にさらわれ、一斉に飛び立つ。それはまるで風に流されていく白い少女の分泌物かのようであった。

 白い少女がチョウやトンボと戯れるように駆け回っていると、木がはれた湖のほとりで数人のハイカーが、不思議そうに白い少女へ視線を向けている。その内、一人が首を少し傾げ双眼鏡を白い少女へ向けていた。

 白い少女はトンボを追いかけまわすのを止め、ハイカーたちへ、肩ごしに横顔を向ける。すると白い少女は前に出されている片足のつま先を、優しさのある、しかし鋭い滑らかな動きで水面をなで、切り裂き引き戻す。そしてもう片方のつま先を中心とし、素早い、しかし緩やかな滑らかさのある動きで回転して、ハイカーたちを向く。引き戻された方のつま先が水面に周を描き、水が切れ弾ける。ドレスの端が、白い軌跡を引く。

 白い少女がハイカーたちを、しばらく霞がかった視線で見つめる。すると、いつの間にかチョウやトンボは居なくなっており、全てが停止した静寂が湖に戻ってくる。

 ハイカーたちを静かに見つめる白い少女は、ドレスを摘まむ手を離す。軽やかで上品な布が風を包み、やけに間延びした遅い速度で、その白い足を隠す。

 不思議そうに見つめてくるハイカーたちへ、白い少女は切な気で、寂しそうな微笑みを浮かべ、空間の抵抗を強く受けたような、鈍い動きで片手をあげ静かに振る。

 すると、微かな風が吹き込み、静かな湖を少し揺らす。白い少女は、その身体を淡く光る白い粒子に崩し、微かな風に吹かれて、かき消えていった。



 微かな冷やかさをはらむ風に運ばれ、淡く光る白い粒子は時間が伸びたような、穏やかなどこかの田舎町に流れ着き、空中で白い少女の姿となる。重力への抵抗に流されたような、緩やかな落下で、白い少女は稲穂にその両のつま先を微かにつけ、降り立つ。しかし稲穂は微かにしなるばかりで、折れる様子はない。白いつま先を微かに力ませ、稲穂をさらにしならせ、田畑の間隔が形作る小道に飛び降りる。

 土がむき出しな小道にその白い裸足をつける。開き滑らかな谷をつくる白い足の指の間に土を挟み込ませる。

 柔らかな、しかし涼しさをはらむ陽の差す小道を、白い少女は茂る草に隠れた小作りな用水路の流れをたどり、歩みを進めていく。稲穂をなびかせる風を切り、用水路の水流に、小さい魚が細長い身体を揺らめかせ泳ぐのを霞がかった視線で追う。

 小道が続く先を、邪魔するように雑草が伸びている。

 長く伸び茂り、まとわりつく雑草を、しかし白い少女は気にも留めず、払いもせず進んでいく。白い少女に触れる、細長く伸びる雑草の葉先は、その身体をすり抜けていく。そしてその葉の先が微かに揺れる。

 人通りのない小道を進み、白い少女はカキの木畑の近くまで来ると、足を止め、優しい陽の差し込む、涼し気で爽やかな空を見上げる。

 空を見すえ、佇む白い少女の頭上を、何匹ものバッタが横切る。

 白い少女は跳ねるバッタたちを霞がかった視線の緩やかな動きで追いかける。

 何匹ものバッタが横切っていく中、一匹が稲穂の先に止まる。白い少女はそのバッタへ霞がかった揺らめきのある動きでせまり、息が吹きかかるほどの至近距離で見つめ合う。するとバッタは突然飽きがきたかのように稲穂から飛び去り、小道を飛び跳ね進んでいく。

 白い少女は飛び跳ねていくバッタを、土を刺す滑らかな足取りで追いかけていく。バッタを追いかけ小道を進んでいくと、点々と民家が現れ始め、何人かの住人とすれ違う。しかし全員が白い少女に見向きもせず通り過ぎていく。

 いつの間にかバッタはどこかへ飛び去っていた。

 白い少女は民家の建ち並ぶ中を、霞み宿す透明な表情でさまよい歩く。小道から、家々の石垣の仕切りが形作る、広い道に出る。広い道を、しばらくさまよっていると、今度は薄暗く細い裏道を見つけ入っていく。裏道を、今にも闇に溶けてしまいそうな、霞がかった儚い足取りで歩みを進める。

 薄暗い小道を抜け、光の差す道へ出て、また薄暗い小道に入り込む。浮き沈みするように陽の当たる道と薄暗い道を出たり入ったりを繰り返す。すると白い少女は小さいベンチが片隅に置かれた、古めかしい駄菓子屋へたどりつく。

 白い少女は引き寄せられるような、ふらついた足取りで店内へ入っていく。

 駄菓子屋の、薄汚れた小作りな店内には、店番の老婆が一人だけで、奥のカウンターに座っていた。店番の老婆は、急に入ってきた白い少女に見向きもせず、レジが置いてある机に肘を突き、手の甲で頭を支えて、虚空へ呆然とした視線を向ける。

 白い少女は入り口近くの、ぶら下がった、色とりどりの大きめな駄菓子に顔を近づけ見上げる。しばらく大きな駄菓子を見すえていると、今度は天井近くの壁に浮く汚れか傷か判別のつかない黒い亀裂を、霞がかった視線でなぞる。天井近くの亀裂を視線でたどりながら、白い少女は店内の奥へ緩やかに歩みを進めていく。鈍い歩みで少し進むと白い少女は足を止め視線を下におろし、プラスチックの壺のような容器に視線を移し見下ろす。そして容器に入った、細かな駄菓子を、両目を見開き、片目を近づける中を覗き込む。容器を覗く、霞がかった朧の浮かぶ見開かれた瞳は、細かな駄菓くらいならば吸い込んでしまいそうな引力を放っていた。

 しばらく、容器を覗き込んでいた白い少女は、突然空気に溶けるようにかき消える。次の瞬間には、白い少女はずっと虚空を呆然と眺める店番の老婆の真横に現れる。

 白い少女は小作りな、しかし曲を描き微かな鋭さをにじませる鼻と色素の薄いもやがかった唇を近づけ、至近距離で店番の老婆の濃い褐色肌の横顔を眺める。しばらく見つめ続けるが、店番の老婆は、一切白い少女に見向きもしない。

 柔和に隆起する唇をこじ開け、小さく開く口の穴から、染み出るような微かな呼気を吐き出す。そして白い少女は店番の老婆から顔を逸らし、その手前の机にあるレジに片方の裸足で乗り上げる。白く柔和な足の裏は、レジの人工的な凹凸やボタンを潰すことはない。むしろその足の裏の方が、包むようなへこみ方をする。するとレジに乗り上げた方の足を支点にし、その身体を浮かせ伸び跳ねるように、店番の老婆の机を挟んだ正面に飛び降りる。そして周りの駄菓子を流し見しながら店内を出ていく。

 白い少女は駄菓子屋から出ると、出入口近くにあるベンチに視線を向け、そして腰掛ける。少し冷めた、しかし緩い風が吹き、白い少女は揺れる長い雑草に視線を向ける。

 白い少女の前を、泥で汚れた作業着の男の集団や野菜を乗せた自転車、子供を背負う少し歳の行った母親などの人々が通り過ぎていく。そんな人々は一様に白い少女に見向きもしなかった。

 やがて一匹の猫が、軽やかなステップを刻む走り方で現れる。

 白い少女は細かく縦に揺れる猫へ霞がかった視線を向けると、ベンチから立ち上がりついていく。

 草花が茂る小道を自由気ままに進む猫は茂みの中へ入っていく。

 白い少女は顔に当たるほど伸びた雑草を払うこともなく猫を追いかける。雑草は白い少女を切り裂くように、その身体を通り抜けていき、微かに葉先を揺らす。

 猫と、猫を追う白い少女は、茂みを抜け出す。茂みの先には石垣で囲われた民家が現れる。猫は石垣の上を登り歩みを進める。白い少女もそれを追い、石垣の微かな出っ張りに足の指を引っ掛け軽やかに登っていく。そして石垣を登りきると、手を後ろに組み、足を遠心力に流されるように小回りな周を描きながら出し、石垣の上の細い幅をリズム良くつたっていく。猫は石垣を降り、民家の敷地へ入っていく。白い少女もそれを追い、やけに遅い落下で石垣を降り、民家の敷地へ入っていく。

 民家の住人である中年男性が水をまきながら、通り過ぎる猫を視線で追うが、しかし白い少女には見向きもしない。

 敷地内を進む猫は、やがて石垣の根本に掘られた穴へ入っていく。白い少女はその穴を、しばらく霞がかった視線で見すえる。するとその姿は、しだいに薄れていき、白い少女は霧と化す。白い少女であった霧は穴に流れるように吸い込まれていく。

 そして穴の出口から霧となった白い少女が放出され、その場を漂い、再び白い少女の姿となる。穴の先では、すでに猫は居なくなっていた。

 白い少女は立ち止まり、遅く滑らかな首の回しかたで辺りを見渡し、しばらくその場で佇む。そして、改めてまた、歩みを進め始める。

 白い少女は石垣に片手を伸ばし、触れる触れないの狭間の空間に指先をあて、滑らし、進んでいく。石垣をたどり進んでいくと、その先で四人の中年女性が話し込んでいた。

 白い少女はまた立ち止まり、四人の中年女性を霞がかった視線で見つめる。

 するとそのうちの一人が、白い少女を見る。その中年女性は白い少女を、しばらく見つめ涙を流す。涙は力のない速度で滴り落ちていく。

 他の三人の中年女性が心配そうな表情で、涙を流す中年女性の様子をうかがい話しかける。そして一人が涙を流す中年女性の肩に手を置く。

 涙を流す中年女性は、流れた涙を手のひらで受け止め、それを不思議そうに眺め、流れ続ける涙を袖で拭う。そして困惑のにじむ呆然とした表情で白い少女の方に向き直り、指をさす。

 三人の中年女性も指がさされた方を向き、おなじく白い少女を不思議そうに見つめる。そして四人は白い少女を横目で見て、困惑した様子で話し合う。二人が小首を傾げ、一人が後頭部をかく。涙を流す中年女性は何かを思い出そうとするように額を強く押さえつける。

 四人の困惑をにじませる不思議そうな視線を受け、白い少女は切な気な、寂しそうな微笑みを浮かべ、手をあげ、四人に向けて封じ込まれているような鈍い動きで振る。すると、少女の身体が白い光の粒子へと変わり、崩れ、風に流されていく。

 四人は、白い少女が消えていく姿を、何かが引っかかったような表情を浮かべ呆然と見送っていた。



 淡く光る白い粒子はぬるさのある風に運ばれ、どこかの都会的な街並みにたどり着く。風が渦巻き、流される白い粒子は白い少女の姿となる。

 アスファルトの道路に降り立った白い少女は、その白い足の裏をコンクリートに貼り付けるように歩みを進める。サラリーマンやランナー、犬の散歩をする主婦などと、様々な人とすれ違うが、誰もが白い少女に見向きもしない。

 しばらく白い少女が歩みを進めていると、少し大きめな石を踏みつける。白く滑らかな隆線を描く足の裏が、石を包むようにへこむ。白い少女は石を踏みつけた足の裏を力ませ握り込む。そして、足を引きあげ、足の裏で掴みあげた石を覗き込む。

 片足のみで立つ白い少女は、その身体に芯が通っているかのように、微かな揺れすら起こすことなく静止する。

 白い少女は、足の裏の滑らかな起伏に包まれる、粗々しさのある石を少しの間、見すえる。すると引きあげられたその白く細い足を鋭く、しかし空気に強く影響を受けたように滑らかにしならせ、振り切って、石を放る。

 石は緩やかに弧を描き飛んでいき、白線に当たって、弾けるようにバウンドする。

 その瞬間、白い少女は、白線の石の弾けた部分に立っていた。しばらく背筋をそるように伸ばし、微動だにしない。芯を通したように直立する白い少女は、その芯から霞がにじみ出ているかのように儚い雰囲気で佇む。

 白い少女は、そのまま手を後ろで組み、足を遠心力に流されるように小回りな周を描きながら出し、白線をリズム良くつたっていく。しばらく白線をたどりながら、何本かの電柱の、触れる触れないの狭間の空間をなで通り過ぎる。いくつかの電柱を取り巻く空間を、なで過ぎ去り、やがてある一つの電柱の前で立ち止まる。すると白い少女は片足を引きあげ、足の裏を電柱に当てる。そして白い少女は電柱に当てた足の裏を力ませ、その身体を倒し、地面と並行にする。すると今度は地面につけている方の足を、地面と電柱の間を、弧を描くように持ち上げ、両足を電柱にそろえ付け、その身体を電柱と垂直にする。白い少女は、空にそびえる電柱が地面であるように両足を付け、立ち静止し、そして道を歩くかのように電柱を登っていく。

 やがて黒い電線までたどり着く。白い少女は黒い電線の裏に、そのつま先をつけ、上下逆さとなりつたっていく。白い少女が、その足の裏の先端を引くと、張り付く黒い電線が微かに引っ張られ、弾むような揺すりを生む。そして鳥たちが止まっている下を、その身体を逆さにし、鏡のように反転した世界を歩むように黒い電線を揺すりながらつたっていく。白い少女が生み出す揺すりに鳥たちは飛び立つ。白い少女は鳥たちが飛び去っていく空を、水面を覗き込むように見下ろす動きで見上げ、しばらく見送り、またつたっていく。

 白い少女の頭下を過ぎ去っていく歩行者も車も、頭上の白い少女に見向きもしない。そんな人々や車を、白い少女は、見上げる頭の動きで見下ろし、見送る。

 そんな逆さの白い少女の下を、一台のパトカーが通り過ぎる。

 パトカーの助手席に座る警察官は、逆さの白い少女を、頬杖をつき呆然とした視線で追う。警察官の視線の動きだけは白い少女を追っていたが、白い少女に焦点が合うことはない。警察官の白い少女のその先を見つめる空虚な視線を、白い少女は寂し気に見つめ返し、パトカーが通り過ぎていくのを見送る。

 警察官は頭上の黒い電線から、足の裏の先端だけで、ぶら下がる白い少女を通り過ぎると、白い少女を追うだけの空虚な呆然とした視線を外す。

 遠くなり、すっかり小さくなったパトカーから白い少女は霞がかった視線を逸らし、また黒い電線をつたっていく。

 しばらくすると小規模な公園が見えてくる。白い少女は公園の入り口近くまで黒い電線をつたう。そして白い少女はぶら下がっている黒い電線から、切り離されるように落下していく。

 白い少女の落下は、空間への反発に強く影響されたように遅い。一瞬が引き延ばされた、長い落下の狭間で白い少女は、背をそるほど伸ばし、腰を捻り、しなやかに回転して、足の先を地面に向ける。

 白い少女は公園の入り口に仕切りのように三本並んでいる、一番右の鉄のポールの先端に降り立つ。鉄のポールの先端に片方のつま先を乗せ、腰の捻りから生じた、余剰な回転に身体を流しながらしゃがみ込む。ドレスの端が不安定な波紋のように揺らぎ、広がっていく。

 しゃがみ込み縮め、溜めた足の力を使い、飛び跳ね、白い少女は地面へと降り立つ。そしてまばらに立つサクラの下をくぐる。サクラは生命力を淡くにじませた小さな花を咲かせている。そんなサクラを霞がかった視線で見回してながら、白い少女は公園へと入っていく。

 白い少女は公園内を巡る。白い少女は、まずシーソーまで歩いていき、下がっている方の台座にまたがる。しばらく誰もいない向かい側の台座を霞がかった視線で見上げ、そして小刻みに身体を縦に揺する。しかし白い少女がいくら弾もうと、シーソーはびくともしない。

 白い少女はシーソーにまたがったまま、向かい側の台座へ、這って登っていく。突き上がる台座のてっぺんに白い少女はまたがり、うららかな日が差す空を見上げる。白いドレスのスカートがシーソーに引っかかり、その白く細長い足があらわとなっている。

 白い少女が先ほど座っていた、誰もいない向かいの台座に向き直り、しばらく見下ろす。そしてスカートのはだけた白く細い足を小刻みにバタつかせる。しかしいくらバタつかせても、シーソーの台座が下がることはない。

 やがて白い少女は諦めをにじませ脱力する。力なく垂れ下がる腕と足は、その異常な白さと相まって、何かが滴り落ち空気に混ざっていったかのようであった。

 しばらく脱力していた白い少女は、その脱力に流され、滴り落ちるように、またがるシーソーをすり抜け地面に降り立つ。

 シーソーを降りた白い少女は周りを見渡し、今度は動物を模したスプリング付き遊具に視線を移す。白い少女はスプリング付き遊具まで滑らかな小走りで近づいていき、飛び乗り正座し、手を行儀よく膝に置く。そしてしばらく虚空を霞がかった視線で見すえ静止する。すると突然白い少女は身体を前後に揺すり出す。しかしスプリング付き遊具も一切動くことはない。

 動くことのないスプリング付き遊具の上で、しばらく身体を前後に揺すり続けていた白い少女は、スプリング付き遊具から跳ね、跳び降りる。

 今度はブランコへ視線を向け、瞬間が間延びしたような滑らかな足取りで駆けていく。白い少女はブランコの上に立ち乗りし、両腕を行儀よく身体の側面にそろえ付け、背筋をそり伸ばし、芯の通ったように直立し静止する。そしてしばらくすると白い少女は身体をくねらすように揺すり始める。しかしブランコもまた、一切動くことはない。ブランコを動かすのを止め、白い少女はまた静止する。ブランコの上に立ったまま、向かい側の虚空へ霞がかった視線を向ける。

 すると白い少女の視線の先に大型犬を連れた軽装の中年男性が現れる。中年男性は犬を引き連れてベンチまでくると座る。大型犬は飼い主の近くでおとなしく伏せる。

 霞がかった視線の動きで中年男性と大型犬を追っていた白い少女は、ブランコから飛び降りる。そして中年男性と大型犬の近くまで駆けよっていく。そして白い少女は中年男性の顔を至近距離で見つめる。白い少女のもやがかった小作りな唇が、力が抜けたように開き、口の中の霞がかるくもった闇が微かに覗く。

 中年男性は白い少女に見向きもせず、虚空へ呆然とした視線を向ける。そして手に持っている、薄っすらと、くもりのような結露の浮いたペットボトル飲料を少しずつ飲む。

 白い少女は中年男性から視線を外し、今度は伏せる大型犬に視線を移す。

 大型犬もまた白い少女に見向きもせず、白い少女の先にある虚空へ呆然とした視線を向けている。

 伏せる大型犬を、しばらく見下ろしていた白い少女は、ドレスのスカートを抱え、身体を深く押し込むように低く沈め、背を丸めしゃがみ込んで、大型犬と視線の高さを合わせる。その小作りな唇を引き伸ばし、両端が微かに下がった仏頂面を作り、鼻息がかかりそうなほどの至近距離で水面を覗き込むように見つめる。白い少女は引き伸ばした下唇を微かに突き出し、煽るような表情を作る。

 しばらく白い少女が見つめていると、大型犬が大きなあくびをする。大型犬の吐く息は、その生温さに反し、白い少女に強めに吹きかかる。

 大型犬の呼気で微かに髪を揺らし、なおも白い少女は霞がかった視線で見つめ続ける。

 すると中年男性がベンチから立ち上がり、大型犬引き連れ、公園をでていく。

 白い少女は慣性が引き起こす惰性にとらわれたかのように、そのままの状態でしばらく静止する。まるで白い少女を中心に霞が渦巻いているかのように、その存在感はさらに儚く薄れていく。

 やがて白い少女は、その身体をブレさせることなく、静かに立ち上がり、ベンチに腰掛ける。

 白い少女がベンチに空気に、にじみ染み込んでしまいそうな儚い雰囲気で微動だにせず座す。そして公園の風景を霞がかった視線で見すえる。すると多くの子供たちが公園内に走り込んでくる。

 子供たちははしゃぎながらシーソーを漕ぎ、動物を模ったスプリング付き遊具を揺らし、ブランコを漕ぐ。滑り台を滑り、砂場で砂を固め、ジャングルジムを登る。

 白い少女はそんな子供たちを切なそうな表情で見つめる。するとベンチから立ち上がり手を後ろに組んで、公園の出口へ歩みを進めていく。

 すると白い少女の横を何人かの子供が走り、通り抜けていく。その内の一人の男の子が立ち止まり、白い少女を振り向く。そして白い少女へ不思議そうな呆然とした視線を向ける。すると男の子の頬を涙が流れ落ちる。

 白い少女は肩ごしに男の子へ横目を向け、手を後ろに組んだまま振り返る。

 男の子は涙を袖でぬぐい、困惑気に涙をぬぐった袖を見て、また白い少女に視線を向け直す。そして何かを思い出そうするかのように頭を強く抑え、深くうつむく。しばらく地面を見つめ、顔をあげると今度は目をしかめ、見極めるような真剣な表情を白い少女へ向ける。しかし、しばらくすると諦めたように目の力を抜き、困惑気に額に手を添え、首を小さく傾ける。

 白い少女は、そんな男の子へ切な気で、寂しそうな微笑みを向けると、白い粒子となり、崩れ、風に吹かれかき消えていった。

 男の子は記憶の底から何かを引き出そうとするかのような表情で白い少女を見送っていた。



 強いしけりを含んだ暑い風に吹かれ、白い粒子はどこかの高校へたどりつく。暑い風の湿気にも淀むことなく流動する白い粒子は、校舎に流れ込み、誰もいない廊下で白い少女の姿となる。

 白い少女は、授業中の静かな廊下を渡り歩く。教室では生徒たちが黙って座席につき、教師の授業を聞いている。白い少女は教室を一部屋ずつガラスの窓から覗き込み、やがて開け放たれた教室のドアを見つけ入っていく。

 教室では、黒板の前の教師が、教卓に置かれた教科書を覗き込み、延々と教科書の内容を読んでいた。生徒たちはつまらなそうに教師の話しを聞いている。

 白い少女は、そんな教室を、手を後ろで組みながら見渡す。そして机に突っ伏し、一切身動きしない男子生徒へ、霞がかった視線を向け、静かに歩み寄る。男子生徒の腕にうずめられた顔を白い少女は少し姿勢を低くし近づく。そして男子生徒の、その耳の穴の奥にある闇を、両目を見開き片方の目で覗き込む。白い少女の、その朧に霞む瞳は全てを吸い込んでしまいそうな引力を放っていた。

 しばらく覗き込んでいると、突然白い少女は姿勢を戻す。そしてその白く細い足を遅い、しかし滑らかな奇妙な速さのある動きで持ち上げる。すると持ち上げた足のつま先を、突っ伏す男子生徒が占める机上の、わずかに空いた端の面積に、微かに触れるように落とす。わずかな面積に微かに触れるように刺さる、つま先を支点にし、白い少女はその身体を浮かすように持ち上げる。男子生徒の席のわずかな机上の隙間に刺さる片方のつま先だけで、白い少女は立ち、その身体を一切揺らすことなく支える。しばらくすると白い少女はその身体を支える片足の膝を曲げ、腰も曲げ、その身体の端々に微かな揺らぎすら起こすことなく姿勢を低くし屈み込む。緩やかな流動のように滑らかに沈み込む、その身体は一切バランスを失うことはない。そして白い少女は水面を覗き込むように男子生徒の後頭部を見下ろす。

 しばらく、白い少女が、男子生徒の後頭部へ、その白い小作りの柔らかく滑らかな尖りを持つ鼻先を近づけ、後頭部を見下ろしていると、突然男子生徒が起き上がる。

 白い少女はせまる男子生徒の後頭部を鼻先が、付く付かないの絶妙な距離を保ち、身体を引き避ける。そして身体をそり、避け切ると、白い少女は片足から芯が通っているかのように姿勢を真っ直ぐ伸ばし、バランスを維持して、白い少女は教室内を見渡す。

 すると白い少女は机上に突き刺したつま先を軸にして、身体を回転させて、浮かせたもう片方の足で周を描く。そして周を描きながら、その足を滑らかに振り伸ばし、後ろの席の机上の端に触れるように置く。置いたつま先を支点にして、白い少女は身体を浮かせ伸び跳ねるように、その席へ渡る。

 そして白い少女は、生徒たちの整然と並ぶ机上の端を、重力を感じさせない鈍い、しかし滑らかな弾みのある動きで渡っていく。

 そんな白い少女を教室中の誰ひとりとして見向きもしない。数人の生徒たちの、なにも映さない呆然とした視線の動きだけが、形だけ白い少女を追っていた。

 生徒たちの白い少女のその先の虚空へ、呆然と向けられる視線に、白い少女は寂しそうな表情を浮かべる。

 その瞬間、白い少女は空気に溶けるかのようにかき消え、教科書を淡々と読む教師の真正面の教卓の端にしゃがみ込んだ姿で現れる。下を向く教師の顔を白い少女は、その身体を沈めるように押し込め背を丸め屈み、至近距離で見上げ見つめる。教卓の端に、足の指を曲げて、引っ掛けるだけで身体を支え、その状態で微かな揺れすら起こすことなく静止する。白い少女は教卓に置かれた教科書を淡々と読む教師の小さく開閉する口の奥の闇を、両目を見開き、片目で覗く。教師の口の中を覗く、その朧に霞む瞳、全てを吸い込んでしまいそうな引力を放っていた。

 教師の口の中を、しばらく覗き込んでいた白い少女は、突然その沈めるように押し込み、屈む丸めた背中から倒れ込む。手や足が、落下への抵抗に流されるように、力なく天井へ伸びる。白い少女は床まで落ちていき、通り抜けていき、そして下の階の教室の天井から顔の上半分を覗かせる。

 下の階の教室では教師が速いペースで黒板に板書しており、生徒たちは板書された内容を必死に書き写す。

 そんな教室の様子を、白い少女は天井から、まるで逆さの水面から顔の上半分だけを出すようにして、見上げる動きで見下ろす。そして白い少女は泳ぐように天井を這い回る。

 しばらく天井を這い回っていた白い少女は、天井から壁につたっていく。そして壁を立てかけられた水面を泳ぐように這う。そして外の風景を映す窓ガラスの表面も顔の上半分だけの状態で、泳ぐように這っていく。白い少女がガラスの表面を這った跡には、波立つような澄んだ揺らめきが起こる。壁と窓ガラスを通り過ぎ、白い少女は、今度は黒板の上を通りがかる。

 白い少女が黒板の上を横断していると教師の、白い少女を映さない呆然とした視線の動きが白い少女の頭頂を追う。そして教師の横に文字を板書するチョークが白い少女にせまる。

 白い少女はチョークから泳ぐように逃げ、黒板を抜け出す。そして開け放たれた教室の扉までくると、顔の上半分のままで、その表面を這って、教室からでていく。教室から出ると白い少女は薄く汚れた白い壁を這い、学内の連絡事項の紙が貼られた掲示板の表面を這い通り過ぎる。そしてまた壁を泳ぐように這い、つたい、今度は廊下の床まで降りてくる。しばらく床を這うと白い少女は静止する。

 少しすると、授業終了のチャイムが流れる。

 チャイムが流れ終わるのと同じタイミングで、白い少女は床から、にじみ出るような滑らかさで、浮き上がり出てくる。そして霞がかった儚さのある不確かな足取りで廊下を歩く。

 すると教室から多くの生徒たちが湧くように出てくる。

 生徒たちの波は横切る白い少女に見向きもせず、しかしその横を避けるように通り過ぎていく。しばらく白い少女を避ける生徒たちの合間を歩み進んでいくと、生徒がまばらになってくる。

 白い少女が、人気の少なくなってきた廊下にたどりつき、歩みを進めていると仲良さそうに手をつなぐカップルが通り、すれ違う。するとカップルの内の女子生徒が白い少女の方を振り向き、白い少女を呆然と見つめ涙を流す。

 女子生徒は白い少女を不思議そうに見つめ、困惑気にこぼれ落ちる涙を受け止め、手中の涙に視線を移す。そして女子生徒は手についた涙を払い、流れ続ける涙を袖でぬぐう。そして彼氏の男子生徒に、白い少女を指さし、その存在を知らせる。

 男子生徒は涙を流し白い少女を指さす女子高生へ心配そうに声をかける。

 しかし女子高生はそんなことは気にせず、白い少女を、また指さす。女子生徒が指し示す方へ、男子生徒は怪訝そうに視線を向けると、今度は首を傾げ、周りを見渡して、また女子生徒に向き直り首を困惑気に首をふる。

 困惑気な男子生徒の様子に、女子生徒は戸惑い視線を泳がし、また白い少女へ視線を戻し、今度は強く指さす。しかし男子生徒は怪訝そうな反応しか返さない。男子生徒につたえることを諦め、また白い少女を不思議そうに見つめる。

 そんなカップルへ白い少女は切な気な、寂しそうな微笑みを浮かべる。そして指が軽く曲がった脱力感に形が固まった手を、角ばった動きで微かに傾け、振る。すると白い少女はその身体を淡く光る白い粒子に崩し、風に流されていった。

 その様子を女子生徒は不思議そうに呆然とした視線で見つめ、そんな女子生徒を男子生徒は心配そうに見つめていた。



 冷たい風が吹きぬけるスクランブル交差点の真ん中で白い少女は、静かに、微かな身体じろぎすらせず佇んでいる。

 交差点の歩行者信号はすべて赤となっており、多くの人々が壁のようにごった返していた。しかし車両信号はすべて青であるにも関わらず、車が通過することはない。

 やがて歩行者信号が青に点灯し、多くの人々がスクランブル交差点を渡り出す。スクランブル交差点を渡る人々は白い少女に見向きもせず、しかしその横を避けるように通り過ぎていく。

 白い少女が通り過ぎていく人々を延々と見送り続けていると、着物に防寒のコートをまとった上品な装いの初老の女性が現れる。

 斜め下にうつむき、静かに歩みを進める初老の女性は、ゆっくりと顔を上げ白い少女に視線を向ける。すると初老の女性は目を見開き、硬直したように動きを止める。持っていた上品な革製の小ぶりなカバンはアスファルトの上に落ちる。カバンが落ちるのと同時に、その見開かれた目からは、大粒の雫が溢れ泣き出す。初老の女性は信じがたいモノを見たかのような表情を浮かべ、おぼつかない足取りで歩き出す。やがてその足取りは速くなっていき、ついには走り出して、勢いよく白い少女に抱き着く。

 白い少女も目を見開き、困惑をにじませる角ばった動きの手で、抱きついてきた初老の女性の背を触れる、触れないの狭間の空間をなでる。

 初老の女性は泣きながら、しかしどこか安堵や嬉しさをにじませた声で、白い少女へ謝り続ける。

 白い少女は頬に微かに触れる、謝り続ける初老の女性の横顔を、見開かれた瞳で凝視する。見開かれた白い少女の目には涙がにじみ、浮き上がり、その瞳を覆う涙の膜が光を取り込み、輝きが流動し始める。

 すると通りがかったサラリーマンが初老の女性にぶつかる。

 初老の女性はぶつかった勢いにバランスを崩す。

 白い少女は初老の女性を、すぐさま支える。

 初老の女性は、その身体を支える白い少女と、また向き直ると白い少女を困惑気な表情で見つめる。そして流れる涙を不思議そうに拭い、白い少女を気に留めながらも、足早にその場を去っていく。

 その場に残された白い少女の涙は流れることなく引く。その表情は、涙がもとに戻ったにも関わらず、何かが抜け落ちたような雰囲気がにじみ出ていた。

 瞬間、人々が消え去り、スクランブル交差点には白い少女と初老の女性が落としていった小ぶりなカバンのみが取り残されていた。

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静かな歩み @akukyo

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