第28話 新入生合同合宿(5)
――嫌ぁ・・・
・・・聞こえる。
誰かの悲鳴が聞こえる。
――ゼ―・・・ゼ―・・・
聞こえる。
誰かの荒い息遣いが聞こえる。
――我の・・・効かんだと・・・
聞こえる。
誰かの絶望する声が聞こえる。
「一・・・さん・・・」
聞こえた。
俺を呼ぶ声が聞こえたのだ。
行かなきゃ。
あの
俺は四肢に力を入れた。
だがピクリとも動かない。
視界に映るは土、土、土。
どうやら俺は土中に埋没しているらしい。
何で?
直前の記憶があやふやで思い出せない。
竹刀先生と共闘していた筈なのに今は土の中。
落とし穴を掘る魔物でもいたのだろうか?
が、今はそれどころじゃない。
あの雲類鷲先輩が俺を呼んでいるのだから。
「
全身に魔力を纏う。
全身を包む土を吹き飛ばさんとする。
だが、足りないらしい。
上等だ。
フルパワーだ。
――ドンッ!
次の瞬間、俺は土の中から飛び出していた。
――ズザザ・・・
不格好に着地した瞬間、俺が目にしたのは黒い粘液性の魔物に今にも覆い被さられようとしている雲類鷲先輩の姿であった。
「あぁん!? てめぇ! 何してやがる!」
怒髪天を衝くとはこの事か。
強く握った拳が小刻みに震える。
顔に青筋が浮かぶのを感じた。
視界が血の様な赤に染まった。
怒りだ。
俺は怒りに狂った。
「どけや!」
巨大な粘液の魔物を蹴り飛ばす。
それは物理法則を無視するかの様に吹き飛んだ。
「ノックバックだと!?」
誰かの叫び声。
だが気にしてられない。
俺は追撃に入った。
「オラ!!」
ヤクザキック。
再び黒い粘性の魔物は吹き飛び、今度は石垣塀にぶつかるも跳ね返って来た。
なので当然、
「オラ!!」
殴る。
殴るに丁度良い距離感だったからだ。
当然、石垣塀に三度吹き飛ぶ粘性の魔物。
不思議と反撃する素振りを見せないのは何故なのか?
「一さん! その魔物はヘルスライム! モンスターランクA級で且つ物理無効の魔物です! 今、一さんの魔纏された打撃によりノックバックが生じてます!」
流石は出来る女。
俺の知りたい事を直ぐ様教えてくれる。
しかし、このタールの巨大な塊みたいなのがスライム!?
魔纏してて良かった。
じゃなきゃ、手足が溶かされていたところだ。
すると、石垣塀の上から、
「スライム!?」
運河の声がした。
かと思うと、石垣塀から白い粉がヘルスライムに降り注ぐ。
それはとても見覚えのある代物、石灰だった。
刹那、ヘルスライムが身を捩り始めた。
恐らく石灰がもたらす弱体化に苦しんでいるのだ。
俺はこの機を逃さない。
「オラ! オラ! オラ!」
オラオララッシュとばかりに連打を見舞い続けた。
やがてヘルスライムが如何にも死に掛けですと言わんばかりの様子を見せ始める。
「不味そうな半熟目玉焼きだな、おい」
止めを刺そう、そう思った瞬間引き止める者が現れた。
「一さん、お待ちください」
誰あろう、雲類鷲先輩だ。
全身汗まみれの土埃塗れに俺の心が痛む。
と同時に、その原因となったヘルスライムに対して殺意マシマシ。
「何故です?」
貴女が苦しんだ分、百倍にしてやり返したいんだ。
「恐らくですが、このヘルスライムはダンジョンボスと思われます」
「ダンジョンボス・・・」
耳にした覚えがある。
確か、ダンジョンの最深部にいる超強力な魔物の事だった筈。
「故に、倒した者はダンジョンマスターとなります」
「ダンジョンマスター・・・」
これも覚えがあるな。
ダンジョンの管理権限を得た者の総称だ。
ダンジョン学園のダンジョンもそれに管理されている。
つまり、このまま倒した場合、俺が首都圏最大のリゾートダンジョン『兎の園』のダンジョンマスターになると?
いいんじゃない?
成り上がり、夢があります。
「運営側への休業補償、ダンジョン権利の買取など莫大な資金が必要となります」
夢も金もなかった。
「そんなの無いです」
「そこで我だ」
誰?
と視線を向けた瞬間、俺が超要注意人物として脳に刷り込んだ御方が目に入った。
「あ、貴方様は――」
「左様。
三年生唯一人の皇族だった。
もしかして、膝を折るべき?
俺がその意思を体で示した途端、
「斯様な場にて不要」
止められる。
「して、返答や如何に?」
答えは決まっていた。
「この身を越えた事柄。どうか卑小な身をお救い下さい」
どうぞどうぞ、である。
「良きかな」
と同時に、孝仁殿下は右手をヘルスライムに翳す。
次の瞬間、ヘルスライムは消滅し始めていた。
何だ?
何かのスキルか?
もしかしなくとも皇族限定スキル?
ゲーム世界だから有り得るな。
それにしても、人生初皇族との
現世では考えられ・・・な、か、身体が、あ・・・つ・・・い・・・
「一さん!」
俺の意識はここで途切れた。
そして、次に気が付くと俺は病室に寝かされていた。
このシチュエーション、上位存在からあのセリフを要求されてる気がする。
「・・・だが言わんぞ、絶対に言わん」
「何がでしょうか?」
問うた声の主は雲類鷲先輩だった。
私服なのか、清楚なワンピース姿である。
美人は何を着ても似合うとは言うが、似合う物を着ると破壊力が凄い。
「・・・」
思わず言葉が出ない。
耳が赤くなるのを感じた。
「ふふふ、まだ本調子ではないみたいですね」
「はい、いっそのこと黒羽さんに止めを刺して貰えれば幸いです」
「折角A級モンスターから生き延びましたのに」
・・・生き延びた?
そうか・・・
「俺は生き延びましたか」
自然と目頭が熱くなる。
それが号泣と変わるのに、時間は必要としなかった。
思えば、このゲーム世界に転生した日から自らの死を意識しない日は無かった。
生き残る為に何でもやった。
寝る間を惜しんでダンジョンに入った。
人の目を気にせず、落とし物を拾い集めた。
死を覚悟して学園の敷地外にも出た。
あの時は死にそうになったがな。
そして、
石垣塀を背負い、背水の陣よろしく命懸けの戦い。
からの
更にはダンジョンボスであるヘルスライムの登場。
本当に良く生き残ったものだ。
嗚咽を漏らし続ける俺を雲類鷲先輩は優しく抱きしめてくれた。
やがて落ち着いた頃合いを見計らい、彼女は言った。
「一さんが生き延びたのは奇跡でした」
「・・・どういう事でしょう」
「これを」
雲類鷲先輩が差し出したのは破損したポーション容器。
「それが?」
「一さんの内ポケットにございました」
「ああ、ブルーミディアムスライムが落とした万能薬」
確か、運河と初めて強化したブルーミディアムスライムを倒した際にドロップした品だ。
その後も何度か出たので、最初の以外売り払ったんだっけ。
「いえ、これはその様な物ではありませんでした」
「と言いますと?」
「これは
「エクスポーション・・・」
何やら凄そうな名称だな。
「生きてさえいれば肉体の欠損を含めたありとあらゆる肉体的異常を正常に戻す薬です」
「何それ凄い」
「はい、凄いのです」
雲類鷲先輩が微笑んだ。
俺にとってはこちらの方が何物にも代えがたい特効薬だがな。
「本当に有難うございます」
「痛み入ります?」
雲類鷲先輩が首を傾げて言った。
そんな所も心底可愛い。
思わず俺達は見つめ合った。
そして、互いに自然と笑い声が出た。
一頻り笑った後、俺は言った。
「黒羽さん」
「はい」
「失礼を承知で言っても良いですか?」
「私と一さんの仲です。構いません」
「では、失礼して。・・・思うに、あんなひどい目に遭ったのは加護が足りなかったからだと思う」
雲類鷲先輩の顔が鬼灯の如く赤くなった。
そして上目遣いになる。
俺はこれだけでの死ねる。
だと言うのに、
「では、もう二度と怪我しない様に、今度は念入りに加護を授けないといけませんね」
彼女の白く美しい顔が極めて近くまで寄り、驚く程柔らかい感触が俺の唇にずっと残った。
~~~~~~~~~~~~~
「どう~? 彼殺せた~?」
神々はさも出来て当然と言った感じでいやらしく言った。
「そ、それが駄目でした・・・」
杉下は額に浮かべた汗をぬぐいながら言った。
「ん? なんで? どうして? ワーウルフ単体を無限湧きに変更して追加でミノタウロス、保険でダンジョンボスのヘルスライムにしたんだよね?」
男は先程までのいやらしい顔を血も涙もない悪鬼の如くに変える。
「ひゃい! ヘルスライムに襲わせるよう、称号も与えたんです! 自己犠牲のポイントも高めました! なのに何故か学園三年の上位トップスリーのパーティーが都合良く救援に現れて!」
「でもでもでもだよ。ヘルスライムは? あれは三年のTOPでも無理でしょ?」
「彼のスキルに仕込んで、物理無効のヘルスライムが彼に向かう様にしました。ところが別の、運が良いだけのモブが石灰をスライムに投擲、大幅に弱体化したところを未完成ながらも魔装を纏った彼が致命傷を与えて、止めを他の者が・・・」
「運が良いだけのモブが石灰を投擲? その石灰でヘルスライムが大幅に弱体化? あれ~? そんな設定なかったよね~?」
「はい。どうやら例の物理エンジンが影響したらしく・・・」
「あぁ、あの社長の肝いりで入れ替えた物理エンジンがかい?」
「はい・・・」
「彼が魔装を使える理由は何?」
「本作屈指のチョロインが彼に諭した痕跡がございました」
「オーマイガッシュ!・・・・・・・・・・本当に困ったねぇ。・・・・・ま、起こった事は仕方がないか。それで、この後はどうなる?」
「主人公の覚醒、決意度合いによりますが、想定シナリオ通りには進まず、カタストロフィは免れないかと・・・」
「おいおいおい、チュートリアル段階で文明の崩壊決定とか有り得ないんですけど~。これは責任問題に発展するよ? 主に新たに監視責任者となった君の、ね。どうする? 辞表出しちゃう?」
「ちゃ、チャンスをください! 主人公の覚醒が想定通りになされれば、まだギリギリ間に合う筈です!」
「うん、うん。まだギリギリ間に合うね~。でも、大勢の死が必要だよ? 主人公を覚醒させるにはさぁ」
「モブの十人や百人。カタストロフィで死ぬ数に比べたら何でもありません」
「それもそうだね~。じゃ、ぼかぁ、プロデューサーとして他の状況確認があるから、ここはよろしく~」
畜生!
私の評価が著しく下がったじゃないの!
一番一、お前だけは絶対殺すわ!
次に運河、貴方もよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ログアウトしました
少女は混濁した意識を落ち着かせた後、仲の良い友人にコールした。
話題は勿論、つい先程まで共にログインしていたVRMMOに関してだった。
「チュートリアル終わっちゃったねー」
「なー」
男の子の声が少女の耳に流れ込んだ。
少女の心が不思議と弾む。
「これでリアル世界で一時間。コスパ良いね!」
「だな!」
「でもでも、モブ・オブ・モブの一番君が生き残るとは思わなかった!」
「それな!」
「うちらのリージョンだけじゃね?」
「みたいだな!」
「あ、動画サイトさっきの戦闘もう上がってる!」
少女は少年と会話しながらネットを検索していたのだろう、無数の狼や狼男らと戦う動画を見付け、途端にボルテージを上げた。
「マジ!? 誰視点!?」
「分んね。でもモブは確実!」
少女の答えに少年は笑う。
「モブに疑似転生するゲームだからな!」
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