第27話 新入生合同合宿(4)

 森からの撤退戦は苛烈だった。


人狼ワーウルフは俺が狩る! 一番は走りながら襲い掛かる魔狼ワーグを捌け! 躱せ! 倒さなくて良い! 止めを刺そうと思うな!」


「はい!」


 前門の狼後門も狼と言う具合にな。

 それでも何とか石垣塀の下にまでは辿り着けた。


「ハジメ君!」


 八月一日の声だ。


「ハジメ!」


 剛田の声も聞こえた。

 他の者のも。

 息を吞む音、小さくない悲鳴。

 だが、視線を向ける事は出来ない。

 ワーグを牽制するので精一杯だ。


「くそっ! 塀の内側に逃げ込めたら!」


 だが、その願いは叶わない。

 当然だ、周囲にはまだまだワーグがいるのだから。

 こんな状況で門を開けたら最後、中の戦う術を持たない宿泊施設従業員はもとより、同級生らも襲われるだろう。

 なら、俺はどうすれば生き残れる?!

 分からない。


「塀を背負って戦うぞ! お前が右、俺が左だ!」


「はい!」


 分からないなら、他人に従うしかない。

 経験の無さが恨めしい。

 だが――


「一体いつまで!?」


「何かが起きるまでだ!」


「何か!?」


「こんなふざけた状況、絶対何かしらの原因がある!」


 それは間違いない。

 問題はそれが、ゲームのシナリオ、という点だ・・・

 俺が凄惨な死を迎えないと止められないのか?

 俺が死ねば皆が助かるのか?

 そんな事を無限に湧き続けるワーウルフとワーグを捌きながら考えていた。

 ワーグが飛び掛かって来ては棍棒で払う。

 上手い事動きの止まった個体がいれば石垣塀の上から魔弾で襲い掛かる。

 ワーウルフが湧いては竹刀先生と位置を入れ替わり、その背を守る。


「一番、右側だ!」


「一番さん!」


 乙彼や熊埜御堂、それに


「一番君! 左!」


「一番君! 上よ!」


 運河に小鳥遊のサポートを受けながら。

 そんな事を只管続けていると、


「来るぞ!」


 竹刀先生の直感が何かを捉えた。

 と同時に、


――!?


 俺も身の危険を強く感じて魔纏に魔力をより一層強く込める。

 それは背負った石垣塀から現れた。


――ブモォオオオオオオオオオオ!!!


 牛頭の魔人、ミノタウロスが。

 モンスターランクBもある、準災害級だ。


「ダンジョン内で特異崩壊シンギュラ・コラプスだと!?」


 竹刀先生が叫んだ。

 と同時に、俺は強い衝撃を受け、意識が途切れた。




~~~~~~~~~~~~~




 石垣塀から突如現れた巨体の一撃に一番 一いちばん はじめが潰され、地面にめり込んだ瞬間、


 「ハジメ君!」


 と八月一日 紅ほずみ こうが叫んだ。

 同時に幾つもの悲鳴が重なる。

 勇敢に戦っていたクラスメイトがひしゃげる様を見て。

 それを為した赤黒い毛皮に覆われた牛頭の魔人と手にする金砕棒かなさいぼうを目にして。

 地に堕ちたクラスメイトの四肢が常軌を逸した形をしている意味を理解して。


「あ、もう! どうして回復魔法が届かないのよ!」


 と憤る小鳥遊 白たかなし ましろの目からは涙が幾つも零れていた。


「ちくしょう! 僕は! 僕達は何て無力なんだ!」


 そう、今や彼らに出来る事はミノタウロスを相手に立ちまわる竹刀先生を魔弾や回復魔法で支援するのみ。

 それ以外は、


「良いですか! 牛頭魔人ミノタウロス人狼ワーウルフに決して攻撃を当ててはなりません! 当てたら最後、こちらをターゲットとして認識してしまいます!」


 出来る筈もなかった。


「春夏冬先生! 俺にバフをありったけ! 切れ目なくくれ!」


 ミノタウロスの強撃を避けながら、竹刀先生が叫んだ。


「先ほどからしてます!」


 春夏冬先生が魔法を放ちながら言い放った。

 その間にもワーウルフの攻撃を避けながらミノタウロスに一撃入れるも、然程効果は見受けられない。


「硬い! デバフを頼む!」


「やってます!」


 やがて決着が着く時が迫る。

 一人で抗う竹刀先生の動きが目に見えて悪くなってきたのだ。


「体力回復! 敏捷上昇!」


 春夏冬先生の魔法も弱弱しい光に変わっていた。


「ははっ・・・流石にもう無理・・・だ」


 ワーウルフを一刀で切り伏せるも、後から迫る金砕棒はどうしようもなかった。


「うぉおおおおお!」


 なので逆に自ら当たりに行くが如く、ミノタウロスの懐へと飛び込んだ竹刀先生。

 腹に二本の刀を突き入れると同時に


「・・・」


 スキルを放った。

 そのエフェクトでミノタウロスの全身が僅かに光を帯びる。


――ブモォオ!?


 ミノタウロスが吠えた。

 その結果は、


「駄目だったか・・・」


 目論見通りには行かず。

 しかも力を使い果たしたのか一歩も動けないでいた。

 それをミノタウロスも察したのか、金砕棒を大きく振り被って打ち下ろす。


「・・・じゃーな」


 竹刀先生はチラリと春夏冬先生に視線を送った。

 刹那、


――キィイイイイイイイン


 甲高い音が響いた。


「竹刀先生、諦めるのはやくはございませんか?」


 それは金砕棒を受け止めた大太刀から発していた。


「・・・おせーよ、雲類鷲」


 そう、雲類鷲 黒羽うるわし くろはが竹刀先生を救ったのである。


「申し訳ございません、彼らを説得するのに手間取ってしまいました」


 雲類鷲黒羽が送った視線の先には十数名の生徒達。

 彼らはめいめいワーグを駆逐していた。


「学園PTトップスリーが揃い踏みか。明日は刀でも降るんじゃねーか?」


「業物を期待しましょう」


「違いねぇ」


 そこに、


「黒羽! 竹刀は任せた!」


 栗花落 結愛つゆり ゆあが登場。

 牛頭魔人ミノタウロスの後頭部に自慢の大剣を振り下ろした。


――ブモォオ!?


 背後から強かな衝撃を受けて振り返ったミノタウロス。

 その隙を逃さず、雲類鷲 黒羽は竹刀先生を石垣塀に向けて


「ご無礼の程、許されたし!」


 蹴り飛ばす。


「ぐはっ!」


 竹刀先生が飛ばされた先には、


「恵麻、竹刀先生を回復願いします! 京香はその間ワーグの相手を!」


「承りました」


「任せて!」


 四十九院 恵麻つるしいん えまと斉藤 京香さいとう きょうかの姿があった。


「<中回復>でしてよ?」


「<罠設置トラップセット>! <気配隠蔽ハイディング>!」


 三人の気配が途端に消えた。

 と同時に、


――クゥン?


 突然獲物を見失ったワーグが地面ごと吹き飛ばされ始める。


――キャゥ~ン


 尻尾を巻いてに逃げようとするも、ワーウルフがいる限りそれが出来ないワーグは板挟みとなり、その場でくるくると回り始めるのであった。


 そのワーグの主たるワーウルフはと言うと、


「レベル上げのボーナスタイムだね。<魔弾マジックバレット>」


「<氷壁アイスウォール>雲類鷲さんの頼みとは言え、渋々でしたが来てみるものですね」


 無限湧きを良いように利用されていた。

 一見して貴族と分かる佇まいの二人に。

 更には王者の風格を有する者まで。


「雲類鷲嬢らがミノタウロスを倒すまでの間、我らは我らで存分に楽しもうではないか!」


 その雲類鷲 黒羽は、


「これ程までに強靭なミノタウロスは初めてですね」


 何度も斬撃を与えるが致命傷を与えるには至ってなかった。


「恐らくはランクAに近いBよ」


 と苦々し気に言ったのは雲類鷲 黒羽の横に並んだ栗花落 結愛だ。


「今は一分一秒が惜しいです」雲類鷲 黒羽は一番 一の埋没する穴をチラリと見て言った。「仕方が有りませんね。魔力を多く消費しますが魔装を使います」


「焦らないで、黒羽!」


「聞けません」


 と言った直後に雲類鷲 黒羽の身体が光始めた。


「見て下さい。雲類鷲嬢が魔装を纏うようです」


「それ程の相手でしたか、あのミノタウロスは」


 その光が一際強く輝いた中から現れたのは、バレリーナを彷彿させる漆黒のチュチュドレスを身に纏った戦乙女。

 ベネチアカーニバルの如き仮面を被っている。

 戦乙女は大太刀を袈裟斬りする。

 左肩から右脇腹へと通り抜けた大太刀は大地をも斬った。

 直後霧散するミノタウロス。


「一さん、今助けます」


 誰もが、


「此度の祭りもうしまいか!」


「大事なくて良かったではありませんか」


「竹刀先生、黒羽が片付けたみたいよ?」


「まじかよ!?」


 ボスモンスターを倒して騒動は終わった、と考えていた。

 だが、そうではなかった。


「黒羽、後ろ!?」


「くっ!?」


 ミノタウロスはリポップしたのである。


「つまり、ミノタウロスがボスじゃねぇって事だ!」


 と大音声を発したのは竹刀先生。


「となると、何処かにいますわね? 京香?」


「分かってるわよ! 今魔力感知範囲を命一杯広げてるわよ!」


 その間、ミノタウロスが待つわけもなく。


――ブモォオオオオオオオオオオ!!!


 雲類鷲 黒羽に向かって金砕棒を振り下ろすのであった。


「我もアレと死合いとうなった! ここは任せん!」


「御意」


「雲類鷲嬢が危ないですね」


「私達もあちらに参りましょう」


「竹刀先生!」


「分かってる! ワーグは任せろ! <挑発>!」


 以降、何度もミノタウロスは討たれるも、その度にリポップするのであった。


「そろそろ、皆やべーな・・・」


「先生もな・・・」


 その時、何度目かも分からぬ復活したミノタウロスの足元に異変が起き始める。


――ボコッ・・・ボコッボコッ


 割れた地面から黒いタールの如き何かが噴き出したのだ。

 やがてそれはミノタウロスを包む程大きくなり、


――ブモォオオオオオオオオオオ!?


 かと思った瞬間、ミノタウロスは溶けて消えた。


「見た事もねぇが・・・とびきりヤバイって事だけは分かるぜ」


 と竹刀先生が零した。

 その正体は、


「あ、あれは・・・」


 顔を強張らせる雲類鷲 黒羽。


「知ってるの、黒羽?」


 と栗花落 結愛が問うた。


「ヘルスライム・・・」


「ヘルスライム?!」


「モンスターランクA級、それも限りなくSに近いAの魔物よ」


 物理無効の怪物であった。

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