第25話 新入生合同合宿(2)

 99.9パーセント晴れ間が約束されたダンジョンが、今や空一面黒くて重そうな雲に覆われていた。


「全員注目~」


 春夏冬先生だ。

 私語がピタリと止んだ。


「生憎の空模様ですが、予定の変更はございません」


 マジかよ。


「これよりダンジョン内に建設された宿泊施設『丘の上のお城』に向かいます。ここまでで何か質問はありますか~」


 最後に軽い威圧と共に質問を促すが、一体誰が問えると言うのだ?

 と思っていると、意外にも挙手する者がいた。


「はい、熊埜御堂くまのみどうさん」


「合流予定でした三年生の姿が見えませんが何か有ったのでしょうか?」


「予定していたメンバーに急な変更が発生したと聞いております。ですが、『兎の園』の草原エリアはレベル三までの角兎アルミラージしか出ません。皆さんが後れを取る事は無いと信じております。他に何かございますか~?」


 今後は一人の男子が手を上げた。

 目の下の隈が疲れ加減を物語っている。

 クラスのリーダーっぽい振る舞いをする熊埜御堂をサポートして大変なのだろう。

 っというキャラ設定だと思われる。

 故に、あんなふざけた命名をされたのだ。


「はい、乙彼さん」


「予定では『丘の上のお城』に荷物を降ろした後、二チーム八名プラス三年生四名の計十二名で行動を共にするとありますが、これも変更はないんですか?」


「今のところ変更はございません。他は~?」


 刹那、八月一日が手を上げた。


「途中遭遇した角兎は倒しても構いませんか?」


 その横で、何言ってんのよ、と小鳥遊が八月一日の脇腹に肘を打ち込んでいた。


「勿論です。では時間です。竹刀先生~?」


 呼ばれた竹刀先生が前に進み出る。


「E組から席順で俺の後に続け! では出発!」


 鼓膜が破れるかと思う程の大音声。

 皆が耳を抑える中、竹刀先生が草原を進む。

 その後を生徒がぞろぞろと続いて行った。


 『丘の上のお城』は本当に丘の上に建っていた。

 青々とした芝草が無限に広がっている様にも見える草原の中に突如現れた小高い丘の上にだ。

 周囲を石垣の塀で囲われている。

 その中に建っている一見してレンガ造りの塔の如き建物が『丘の上のお城』なのだとか。

 鉄製の門を潜って石垣塀の中に入る。

 件の城だが近付くと分かったのだが、


「意外と小さいな・・・」


 スカイツリーかと思うぐらい幅が狭い。

 その城内はドーナツ状となっており、中央に石畳の広場と大きな噴水が設けられていた。


「良いか~お前ら~。決して泳ぐんじゃね~ぞ~」


 と竹刀先生が注意した噴水。

 中を覗くと極めて高い透明度の水と、底に折り重なって落ちているコインがあった。


「綺麗な水の中に投げ込まずにいられない、ってか?」


 その噴水をぐるりと囲う形で客室が設けられているのだとか。

 客室思ったほど多くなくね?


「はい、注目~」


 春夏冬先生だ。


「昼食代りの軽食があちらに用意してあります」


 指し示された場所に視線を向けると、白線が引かれた中にタープテントが建ち並んでいた。

 タープ毎に吊り下げられた案内板には『水』『パン』『干し肉』『バナナ』『ポーション』と書かれている。

 バナナ?


「各自一つずつ受け取りなさい。三年生不在の八人毎のチーム単位で草原に移動。一人一匹ずつ角兎を討伐する事。それが出来たらここに戻りなさい。質問は受け付けません。良いですね~」





 角兎アルミラージ

 頭に鹿の様な角が生えた兎の事だ。

 体長は一メートル前後。

 世界最大の兎フレミッシュジャイアントより大きい。

 あれは体長八十センチらしいからな。

 それが頭の角を向けて突っ込んで来るので、全く可愛くはない。

 魔物モンスターだし、そりゃそうか。

 なお、雑食である。

 草を食むが、人が近付けば人も襲って食う。

 但し、弱い。

 そして、遅い。

 加えて、とても多い。

 故に、ダンジョン学園などのダンジョン専門職を育成する教育機関だけでなく子供の初狩り、ある意味レジャーハントとして成立しているのだ。

 だと言うのに・・・


「ハジメ君、いた?」


 と八月一日が俺に問うた。


「何でか一匹もいないな」


 と俺が答えた。


「一匹も姿が見えねーなんて、おかしいだろうが!」


 と騒いだのは剛田だ。

 マジでコイツを助けなきゃよかった。

 ただでさえ姿の見えない角兎が今の声を聞いたら一目散に逃げだすだろうが。

 兎だけに耳が良い筈だしな。

 下手したら周囲五百メートルには既に居ないかも。


「今日中に終えられなさそー」


 と零したのは八方。

 それに、


「ほんとよねー」


「全く同感です」


 小鳥遊たかなしと運河が同意を示した。


「おい、山中と中山」


 と剛田が呼んだのは剛田と同じ班の男女。

 確か、山中 歩やまなか あゆむ中山 美穂子なかやま みほこだ。


「<気配察知>はどうだ?」


 どうやら二人とも斥侯スカウト転職ジョブチェンジしているらしい。

 クラスで行ったジョブレベル育成が上手く行ったのだろう。

 先の問いには中山が代表して答えた。


「全く感知出来ない。多分この辺りにはいないね」


 刹那、


――ティロン! ティロン! ティロン! ティロン!


 全員のスマホが急に騒がしく鳴り出した。


「何だよ、このおっかねぇ音は!」


「剛田君、静かに! 紅、これはダンジョンアラートよ!」


ましろ、身の安全を最優先に確保しつつ、大至急で城に戻れ、だってさ!」


 俺は即座に指示する。


「男子は剛田を先頭にして右側を山中、左側を八月一日、殿を俺。女子は男子の中に入ってくれ!」


「何を急に――」


 と山中が抗議しかけるも、


「山中! 今は一番の言う通りにしろ!」


 意外にも剛田がそれを黙らせた。


「急げ! 新入生合同合宿のしおりにもあったろうが! 緊急時移動隊列だ! 斥侯の中山は特に気配に気を付けてくれ!」


「了解したわ!」


 こんな緊迫した状況で何だが、俺は初めて中山の声を聞いた気がする。


「整列完了!」


 と小鳥遊が言った。


「移動開始!」


 と俺が号令を出した。

 直後、ぽつりぽつりと雨が降り出す。

 それが城に着く頃には雹混じり変わっていた。


「やっと城に着いたぜ!」


 剛田が安堵から叫んだ。

 他の者も強張っていた顔が緩んだ様子。

 そんな俺達を待ち受けていたのは、


「状況が変わりました! 全員が揃い次第、撤収します!」


 今まで見た事も無い剣幕の春夏冬先生だった。


「な、何があったんですか、先生!?」


「問答無用です!」


 俺達は城の関係者と協力して撤収準備を進める。

 が、時すでに遅し。


「大変です! 石垣塀の周りに魔物が!」


――ウォオオオオオオン!


――ウォン! ウォン!


――ウォオオオオオオン!


「あれは魔狼ワーグ!?」


 と竹刀先生が口にしたように、城の周囲は無数の狼に似た魔物に埋め尽くされていたのだ。

 その時、俺は春夏冬先生が口にした言葉を聞き逃さなかった。


「これはもしや、人狼ワーウルフの侵攻・・・・・」


 ワーウルフ・・・確か、モンスターランクD。

 俺が殺される可能性四十パーセントの魔物。

 正直モンスターランクCのオーガーぐらいは覚悟してた。

 だがDランクだ。


「良いだろう、返り討ちにしてくれるわ!」


 俺は逸る胸を抑え、やるべき事を為す為にその場を後にした。

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