第17話 ヒロインムーブしているな

 雲類鷲うるわし先輩らのパーティハウスを出た後は、


「まだホームルームまで余裕があるな。今日の分を回収しに行くか」


 <攻略データベース>がリストアップした落とし物を拾いに校内を彷徨う。

 結果は、


「今日は少なかったな」


 体力回復薬が二つと傷薬が一つのみだった。

 装備品やアクセサリーは無し。

 しけてんな~。

 残念無念の足で教室に向かう。

 少し早い所為か、教室にいたのは一人のみ。

 それは誰有ろう運河だった。


「おはよう、一番君」


「おはよう、運河さん」


 幸いにして壊れたロボットから普段の運河に戻っていた。

 彼女は俺の方にたたたっと近付くや否や、


「昨日はごめんなさい。折角私からお願いしたのに、気まずいまま解散してしまって」

 

 と言った。


「あ、うん。大丈夫。全然気にしてないから」


「それはそれでどうなの?」


「俺も言っててそう思った」


「それは置いといて、改めてお願いがあるのだけど良いかな?」


 聞くだけならやぶさかではない。


「内容次第かな?」


「大した事じゃないの。昨日のこと、無かったことにしたいの。その方が私は気が楽だから」


 なんか、ちょっとした拍子でチューしちゃった翌日の会話みたいだな。

 ま、その方が良いか。


「分かった。運河さんがそうしたいならそうするよ」


「ありがとう、一番君」


「どういたしまして。ところで、石灰ってどこで手に入れた?」


「石灰? 石灰なら購買に売ってるよ?」


 運河は当たり前でしょ? と言わんばかりに言った。

 凄いな、ダンジョン学園の購買。

 普通は購買で売ってないぞ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 にこりと微笑む運河。

 普通に可愛い。

 直後、


「おはよう、夜依よいちゃん! なになに、一番君と何かあったのー?」


 クラスメイトの八方はっぽうが入室した。


「おはよう、良子よしこちゃん。実は、昨日一緒にダンジョンエントリーして貰って、そのお礼を改めてしてたの」


「そうだったんだー。そう言えばさー、昨日の放課後に―・・・」


「おっはよー! なになに、何の話?」


 今度の女子は誰だっけ?


「剛田君達の件ー」


 どうやら剛田達が何かをやらかしたらしい。

 どうでも良いや。

 俺は聞き耳を立てるのを止め自席に座り、転生物にありがちな魔力操作無双を目指して練習を始める。

 机の上で腕を組み、その中に顔を埋めた。

 決して朝四時起きしたから眠い訳ではない。



「――ジメ! 聞いてんのかよ!」


「んぁ? 誰か俺を呼んだ?」


 どうやら魔力操作の練習に集中し過ぎ、何度か呼ばれたが気が付かなかった様だ。


「一番君、口許をこれで拭いて?」


 運河さんがティッシュを一枚くれた。

 どうやら魔力操作の練習に集中し過ぎて、口許から体液が垂れていたらしい。


「ありがとう、運河さん」


「どういたしまして」


 にこりと微笑む運河。

 普通に可愛い。


「それで、運河さん呼んだ?」


「ううん、私じゃなくて剛田君」


 運河さんが俺の背後を指差した。

 なので振り返る。

 視界に今にも頭から煙を出しそうな剛田が入った。

 なので、


「やぁ、おはよう」


 白い歯をキラリと輝かせるイメージで挨拶した。


「おはようキラッ、じゃねーよ! お前は何寝てんだよ!」


「寝てた訳じゃない。瞑想だ、瞑想」


「涎の跡で説得力ゼロだよ!」


 涎じゃないよ、体液だよ、と返しても良いがそれだと話が進まない。

 話が進まないと剛田の相手をする時間が長引き疲れる。

 なので、


「で、何の用?」


 単刀直入に尋ねた。


「言い返せよ!」


 と剛田が言っている間にタイムオーバー。


「おはよう!」


「おはよう、八月一日ほずみ君、小鳥遊たかなしさん」


 主人公とメインヒロインの登場だ。

 こうなると、自然と彼らが中心となり物語ストーリーが進むのだ。


「なになに、何の話?」


「俺が瞑想してたら、剛田が寝てたと難癖付けて来てな」


「ふーん、それよりも聞いてよ! 昨日の放課後、他のクラスから嫌がらせを受けてさ」


 モブ同士の絡みなど、主人公にとっては路肩の石に等しいのだ。


「おう、俺もその話をしたかったんだよ!」


 と剛田が八月一日の話に乗った。

 ガヤガヤと盛り上がるクラスメイト達。

 それは、


「はい、ホームルームを始めます~」


 春夏冬あきなし先生の鶴の一声迄続いた。




 午前の授業が終わると始まるランチタイム。

 今朝はアメリカンブレックファーストだったので、和食か中華系を口にしたい気分だ。

 すると、


「みんな! 一緒にランチしながら今後の事を相談しないか?」


 と八月一日が言い出した。

 今後の事? と俺が思っていると、


「私も賛成! このままじゃトップとの差が広がるばかりだもの! 皆もそう思うでしょ!」


 クラスの女子を纏めつつある熊埜御堂 薫織璃くまのみどう かおりが言った。

 どうでも良いがこいつは画数の多さや語呂合わせでない事からモブキャラじゃないと思う。

 いや、逆か?

 たまにしか主人公と絡まないから、制作陣は画数の多い苗字と名前から適当に選んだとか?

 そう言えば<攻略データベース>でキャラクター概要を調べた際、モブキャラはモブだと明記されてたな。

 E組とF組は平民出身が基本だから調べてなかったが、後で調べておくか。

 俺がどうでも良い思考の沼に嵌っていると、


「僕も参加するよ。同病相憐れむ、ではないが同じ悩みを持つ者で会話するのは有益だ」


 新たな参加表明が行われた。


「ありがとう、乙 彼おつかれ君!」


 これはモブ確定ですわ。

 眼鏡を掛け、以下にも心労過多な表情が哀愁を誘う。


「俺も参加するぜ!」


 デコ助もか。

 その後も続々と続く。

 やがて――


「ありがとう! さぁ、全員で一緒に行こう!」


 と八月一日が宣言した。

 俺はチラリと運河を見る。

 すると、申し訳なさそうな顔をした小鳥遊と会話していた。


 学食で音頭を取ったのは熊埜御堂だった。

 何となくだけど、こいつリーダーに向いてそうだよな。

 その隣に一歩下がって自然と立つお疲れ君。

 こやつは副委員長とか参謀って感じ。


「幾つか問題があるわ。その中でも一番の問題が二階層に降りられないことよ!」


 初耳だが、そうだそうだ、と合いの手が上がった。

 俺は対面に座る運河に「そうなの?」と視線送ると、コクリと頷きを返される。

 マジで?

 一体何が起きてるの?


「何人か分かってないようだから簡単に説明するわ」熊埜御堂は俺の顔を見て言った。「昨日私達F組が二階層に続く階段を降りようとしたら、E組の生徒が行く手を阻んだのよ」


 あー、二階層と一階層のフロアボスは危ないから行くな、って授業でも注意受けてたな。

 でも、放課後等に行う自主練は関係ない筈だ。


「ちなみにだけど、彼らはE組のトップ層だったよ。僕の友達もその中に居たからね」


 と八月一日が無念そうに言った。


「彼らが行く手を阻む理由は何なんだ?」


 と俺が尋ねた。


「友達もはっきりとは言ってくれなかったんだけど、僕達F組が弱いからだと思う」


 八月一日が答えた後、小鳥遊が続く。


「私が聞いたのはクラスの半分がレベルが五以上、もしくはジョブチェンジしてないと時間の無駄になる、と言う事らしいわ」


 成る程、そう言う事か。

 新入生合同合宿までの僅かな時間を有意義に使う為には、ダンジョンで死んでは意味がない。

 ステータスが半減して一階層もままならなくなるだろうからな。

 心配してくれてるんだ。

 いい奴らじゃないか、E組は。


「俺らが弱すぎて、二階層で死ぬからって事かよ!」


 と憤ったのは剛田だった。

 あー、分かったぞ。

 心配されているのに、逆に馬鹿にされたと、意地悪されたと感じている、そう言う訳だ。

 親の心子知らず、だな。

 俺からしたら、どっちも子供だけど。


「恐らくね。でも私は悔しいわ! 同じ学年の子に下に見られているのが!」


 実際の所F組は下、弱者だろうに。

 なので無理して二階層に挑まず、安全マージンを確保しつつジョブを含めたレベル上げに勤しめば良いのだ。

 だが、そんな事を言える空気な訳がなく。

 俺は黙り、以降は聞くに徹して食事を進めた。


 午後の授業はいつも通り。

 八月一日と小鳥遊、運河に俺と言う席順メンバーでパーティを組みダンジョンエントリーした。

 二時間で一人二ブルースライム。

 安定の成果。

 当然、その間はランチタイムで聞いたの話、他クラスからの嫌がらせが話題に上がった。


「E組には同じ中学からの友達がいるけど、それはそれ、これはこれだよ」


 と八月一日が軽い怒気を含みながら言う。

 すると小鳥遊も、


「私はこれを機にクラスメイトが発奮すると良いと思ってるわ。E組を含めた他クラスの生徒も、ね」


 と言った。

 前向きだなおい。

 指導者に向いてるんじゃね?

 かたや運河は、


「私はまだまだステータスが低いので・・・他クラスとの争いとならなければ良いと思ってます」


 実はレベルが高い事を隠しつつ、争いとならぬ様願っていた。

 俺?

 俺は、


「一階層で十分な安全マージン確保しつつ、レベルとジョブレベル上げればいいんじゃね?」


 と言ってみた。

 が、


「それじゃ、何もしないで負けた事になるよ! 負けるにしても一度は抗わないと! そう! 逃げてちゃ駄目なんだ! 逃げてちゃ!」


 主人公特有の嫌がらせに対する謎の闘争本能に却下される。

 そんな八月一日を心配気に見やる小鳥遊が、


「紅・・・」


 と呟く様がヒロインムーブしているな、と思った。




~~~~~~~~~~~~~





 ここはとあるゲームの運営センター。

 サービス開始したばかりの没入型オンラインゲームを監視している。

 

「先輩、ちょっと見て欲しい物があります」


「どうしたの杉下さん、急ぎ?」


「少しでも早い方が良いかと・・・」


「朝食のパンが無いみたいな顔して。分かった、何?」


「それがこのログを見て貰えますか・・・」


 それは監視システムが拾ったオンラインゲームの記録ログだった。


「どれどれ」


「ここです、ここ」


 男は杉下の指すディスプレイの箇所にぐっと近づいた。


「あ、イチゴオレの香り。あれ、カロリー高いよね~」


「セクハラで通報しますよ?」


「ごめんなさい。・・・うわっ、車にはねられてる。これが何か?」


「はねられたの例のモブキャラなんです」


「あぁ、シナリオ上一番始めに死ぬキャラの!? まさかそのキャラが死んじゃったの!?」


「そうじゃないんです! それだったら先輩に相談しないで至急案件で報告してます!」


「だよね~。だったらどうしたの?」


「この車、何処から来たんですか?」


「うん? あれ? ログから追えないね」


「そうなんですよ!」


「・・・これは俺から報告を上げた方が良い案件だね。もう纏めデータがある?」


「勿論です!」


「流石杉下さん。出来る乙女は違うね!」


「明確なセクハラです。通報しました」

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