第16話 何とも言えない香しい匂い
「
「はい、
ダンジョン内では名前を呼び合うのがセオリー、と言う事で名前で呼び合っている。
が、その度に頬を染める
あれはきっと、雲類鷲先輩が男慣れしてない所為だから。
現に彼女から聞いた話だと、パーティーメンバーは女性だけらしいし。
ダンジョンアウトすると、雲類鷲先輩のお仲間である
「黒羽! 無事!?」
と言ったのは栗花落先輩だ。
「アプリから連絡入れてましたでしょうに」
雲類鷲先輩の返しに、今度は四十九院が応じる。
「いくら後輩とは言え、異性との軽率な行動は
更に新たに増えた一人が続く。
「黒羽の所為で、可愛い後輩君に累が及ぶ事も考えてたのかしら?」
見た目はごく普通の女子高校生。
察するに雲類鷲先輩の固定パーティーメンバー最後の一人である
モブっぽい名前と容姿に強烈なシンパシーを感じた。
「勿論
と言ったのは雲類鷲先輩だった。
俺の身体がビクッとした。
束の間の静寂。
最初に口を開いたのは栗花落先輩だった。
「ハジメ、さん?」栗花落先輩が俺を見た。「君の事?」
俺は意を決して答えた。
「・・・はい、俺の事です」
お互いを名前で呼び合うのはダンジョン内だけの約束だったのにな・・・
「少しお話が必要みたいね。場所は私達のパーティハウスで良いかしら?」
この日二度目となる有無を言わせぬ迫力。
答えは決まっていた。
パーティハウスとは校内の特に優秀なパーティに与えられる建物の事らしい。
専属のスタッフが学校ないしは各家から派遣され、身の回りを世話する。
その中には当然シェフもいた。
「卵料理をオムレツ、目玉焼き、スクランブル、ポーチ、ボイルからお選びください」
「オムレツでお願いします」
「付け合わせはベーコン、ハム、またはソーセージからお選び頂けます」
「香草などが入ってないオーソドックスなソーセージでしたら、ソーセージでお願いします」
「畏まりました」
俺以外の面々は決まっているのか注文? する気配はみせず、シェフも俺のオーダーだけを確認するだけで去った。
それを見計らった後、栗花落先輩が口火を切る。
「早速だけど、黒羽の考えを教えてちょうだい」
「語弊がある言い方をしますが、一さんとは人には言えない秘密を共有した男女の仲となりました」
「「「なっ!?」」」
言い方に語弊しかなかった!
あと、頬を赤く染め上げないで!
それだと完全に何かあったと勘違いされるから!
「つきましてはその秘密を守る為、一さんを雲類鷲家の庇護下におきます」
運河もですよ?
その点大丈夫ですか?
俺の視線を感じた雲類鷲先輩がコクリと頷き返してくれたが、心配でしかない。
「その秘密とは何? 私達にも漏らせないの?」
と言ったのは斉藤先輩だった。
「ふ、二人だけの秘密です」だから、そこで顔を赤くしないで! 完全に誤解されるから!「今はまだ言えません」
ほら、三人が俺を今にも殺さんと睨んでる!!
「あ、あの。信頼できるお仲間でしたら、お伝えして――」
「なりません! 雲類鷲家の将来に関わる、秘匿事項にございます!」
言ってる事は正しいけど、一々選んでる言葉が間違ってる気がする!
四十九院先輩は美しい顔が般若ってるし、栗花落先輩においてはツーハンデッドソードに手を伸ばしてるし!
「でも雲類鷲先ぱ――」
「黒羽です」
「え、でも、それはダンジョン内だけ――」
「パーティ内では黒羽でお願いします」
「えぇ・・・」
「ごめん、一番君。こうなるとクソ面倒だから呼んであげてくれる?」
と言ったのは斉藤先輩だった。
雲類鷲家の次期当主に対してクソ面倒って・・・凄くシンパシー感じる。
「分かりました。黒羽さん、先の言葉だけではまるで私達が男女の仲もしくはその手前にあるかの様に聞こえてしまいます。そこだけは否定した方がよろしいかと愚考する次第です」
「成る程、そう言う事でしたか」
と言ったのは四十九院先輩。
色々と察してくれたのか、般若顔が元に戻っていた。
逆に雲類鷲先輩が今にも泣きそうな顔に。
これはいけない。
話を進める為にも言葉のフォローが必要と見た。
「黒羽さんと私には一切何の関係もございません」あ、思わず出た言葉がフォローになってなかったわ。「黒羽さんには私が仲間と見出したダンジョン攻略に資する情報を共有させて頂きました。この情報は黒羽さんからアメリカ大陸発見に比肩する程の代物であると言われております。最後に、黒羽さんと二人で過ごした時間は短くとも大変幸せな時間でございました」
取って付けたフォロー。
「なにその、取って付けたフォローは」
と斉藤先輩に指摘されるも、雲類鷲先輩は満更でもないご様子。
めでたし、めでたし。
「一番君、良い性格してるわね」
「それ程でもあります」
「ほんと、良い性格してるわ」
一番一は斉藤先輩のお墨付き得た、なんてな。
とか思っていると、斉藤先輩に頭をぐりぐりされる。
「京香さん?」
と仲間の名を呼んだ雲類鷲先輩の目は剣呑な色を帯びていた。
「ごめん、黒羽。この子、可愛くて」
「はっ! どこが可愛んだか!」
と言ったのは栗花落先輩。
面と向かって言われるとモブでも流石に傷付くんですよ?
「でも、黒羽は気をつけてください。一番さんを気に入ったのは分かりましたが、余り近付き過ぎると、彼に迷惑が掛かる事も多分に起こり得ますから」
流石は四十九院先輩。
緩んだ空気を一瞬にして締めた。
「勿論、重々理解してます。決して衆目に晒される事無く、遠くから見守りつつ、育むつもりです」
何を育むです?
「そうと決まれば朝食ね。
と俺の心配を余所に斉藤先輩。
「はい、承知しました」
少し離れた場所から頃合いを見計らっていたのだろう、朝食が配膳される。
この世界に来て初めて見たオレンジジュースにコンソメスープ、サラダにオムレツ、付け合わせのブロッコリーにトマトとジャガイモ、数種類のパン。
いずれも絶品だった。
そして、食後にはコーヒー。
勿論ブラックで頂く。
香ばしい香り、丁度良い苦みと酸味が口の中に広がる。
美味し。
こんな美味いコーヒー、銀座でも中々飲めないぞ?
そんな俺の顔を嬉しそうに見つめている女性が居た。
雲類鷲先輩だ。
「一さん、お口に合いましたか?」
「はい、大変美味しかったです」
「では折を見て誘わせて頂きます」
「はい、ありがとうございます」
俺は本心から答えた。
朝食後、何処からか調達した新しい学ランを手渡され、着替える事に。
古いボロボロの学ランは捨ててくれるらしいので、お願いした。
その際、雲類鷲先輩に渡した古い学ランが一瞬で消えた。
多分、雲類鷲先輩は収納系スキルを持っているのだろう。
そんな彼女をジト目で見る栗花落先輩他二名の構図が何とも言えない空気を醸し出していた。
「最後に、一さんにはこれを渡しておきます」
と言って雲類鷲先輩はシンプルな指輪を俺に手渡した。
「これは何でしょう?」
「見る人が見ればわかる、雲類鷲家の指輪です。雲類鷲家使用人や従者なら誰もが身に付けます」
成る程、これを付ければ『只のモブ』から『雲類鷲家のモブ』にランクアップ出来るのか。
「そんな大切な物を私に。宜しいのですか?」
「雲類鷲家が一さんを守る、その証です。また、時には、そうですね、一さん自身だけでは信用が足りない場合などでしょうか、雲類鷲の名を持ち出して頂いても構いません」
「それは大事ですね」
てか、責任重大?
「その価値があると、私が判断しました」
責任重大どころじゃなかった。
「より大事に感じてしまいます」
「ふふふ、使って良いと申したのです、気兼ねなくお使い下さい」そして雲類鷲先輩は恥ずかしそうに続けた。「さぁ、私が付けて差し上げます」
雲類鷲先輩はすすっと近付いたかと思うと、俺の手を取り指輪を取り付ける。
幾つかの指を試すも、最終的には小指に落ち着いた。
その間、何とも言えない香しい匂いが俺を包んだ。
だからだろう、俺は雲類鷲先輩にだけ聞こえる声音で思わず口走ってしまう。
「黒羽さん、俺、精一杯頑張ります」
「この黒羽、その言葉だけでもは殊の外嬉しく思います」
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