第14話 顔に殺すと書いてある

 四月十日の水曜日。

 時刻は午前四時過ぎ。

 転生してから四日目の朝である。

 これから学園外に出ると言うのに大変運が悪く、外は土砂降りの雨が降っていた。


「何だか嫌な予感がするぜ」


 石鹸水入りの水風船を用意し、一張羅の学ランに着替える。

 石鹸水入りの水風船は朝活用だな。

 そして、寮の玄関に向かった。


「置き傘がある設定でお願いします!」


 こんな時だけ制作陣に祈る俺は駄目ですか?

 寮の玄関に着くとゴミ箱に柄の折れた黒傘が捨てられていた。


「捨てられた傘なら拝借しても構わないか」


 一番一は柄の折れた傘を手に入れた。

 水風船の入ったバックパックは生徒用の棚に置いておく。

 戻ってきたら、そのまま朝活出来る様にと。

 そして、真っ暗闇の土砂降りの下、正門に向かった。


 正門に着くと丁度午前四時半だった。


「正門を潜って道沿いを直進、だったか」


 正門の外はDDRダンジョンダイバーランクが全ての階級社会。

 ちょっと意味が分からないが、DDRが高いと貴族になれる。

 貴族になれると平民に対して結構手荒なことをしても許される感じらしい。

 中世ヨーロッパか。

 正門の内側が現代の格差社会みたいな。

 その正門を初めて潜る。

 と思いきや、守衛さんに止められた。

 しかも金髪イケメン。

 ギャルゲの影響だろうか?


「学年とクラス、名前。それを証明するステータス画面を出しなさい」


 俺は言われた通りにした。


「一年F組、一番 一いちばん はじめです」


「確認した。通ってよし!」


「ありがとうございます」


 今度こそ正門を潜った。

 しかし、不味いな。

 本来の予定よりちょっと遅れてしまったぞ。

 俺は折れた傘を差しながら、早足で信号機のある交差点へ向かった。

 ちなみにだが、この道を真っ直ぐ行くと海に出るらしい。

 海から上る日の出とかいつか見てみたいね。


 そんな事を考えている間に、信号機のある交差点に到着。


「んで、ここから次の信号機のある交差点まで走り込みだっけ? 傘を差しながらでも走り込みは走り込みだよな? ではでは最終確認。歩行者は青信号。左右車の気配無し。全方位オールグリーン。てなわけで――」


 位置について、よーいドン、とばかりに走り込みを始める。

 刹那、


――キキーッ


 横合いから突然大きなブレーキ音が聞こえた。


――ドンッ!!!


「あぐぼぁっ!」


 右半身が潰され、頭が固い何かを強かに打った。

 その後、吹き飛ばされる。

 ぐにゃりとした視界に大きな荷台を持つ車が映った。

 ピックアップトラック?

 あぁ、あの車に俺はねられたのだ。

 てか何でだよ、ライトだけじゃなくタイヤ音も確認したんだぞ。

 宙を舞いながら、この現象が起きた原因を考える。

 が、それが出来たのは吹き飛ばされた体が地面に頭から落ちるまで。


――ガンッ


 頭を再び強打した後、意識と音が飛び始める。


「しょ、所長!? ひ、人をはねましたわよ!?」


 何か言ってるのは分かる。

 が、正常に聞き取れない。

 全くのチンプンカンプンだ。

 しかも、徐々に意識が薄れ始めた。

 あれ?

 俺、ここで死んじゃう?

 新入生合同合宿前なのに?


「ほ、ほ、ほ、本当にヒューマンだったかね!? ゴブリンやオークではなかったかね!?」


「ゴブリンにしては背が高いし、オークにしては痩せてましてよ! そもそも、傘を差してましたわ!」


「ま、ま、ま、拙い! スーパー拙い! ポ、ポ、ポ、ポーションンンー!」


 俺は首元に何かを注射され、注ぎ込まれる。


「しょ、所長! それは臨床試験もまだのスピードアップドーピングですわ!」


「な、な、な、なんだってー! じ、じ、じ、じゃ、ディス ポーション!」


 また首元に何かを注射され、注ぎ込まれた。


「しょ、所長! そちらは基礎研究中で動物実験において致死率五パーセントのデックスアップドーピングですわ!」


「オーマイガッシュ! エリクサーどこ行ったの!?」


「もとよりございません! 所長! もしかして、ここぞとばかりに実験してませんの!?」


「そ、そ、そ、そんなことなーいよ! あぁ、君のハイヒール! それでケース クローズ!」


 身体が生暖かい光に包まれた。

 全身の痛みが消えていく。

 しかし、意識が朦朧としたまま。

 目の焦点が一向に合わない。


「しょ、所長! この子、ダンジョン学園の生徒さんみたいですわ!」


「ノーブルかコモナーか、それがプロブレム!」


「平民の子みたいですわ!」


「オゥ アメージング! 荷台に乗せてこのまま向かい、正門の中で捨てましょう!」


「了解ですわ!」


 そこで俺は完全に意識が落ちた。



 

 あれ? 何処かに寝かされてる?

 しかも寒いし、冷たい。


「意識が戻ったかしら、一番君?」


 俺は傍に誰かの存在を感じ、身じろぎした。

 と同時に、花の良い香りが鼻腔をくすぐる。


「あぁ、もうしばらく横になってなさい。体力が一時的とは言えゼロまで落ちたから。高入生の寮がここだけと言う話だから、玄関に寝かしておくわ。そうそう、うちの所長がごめんなさい。迷惑料と口止め料として少なくない額のDPを振り込みました。足りないことはないと思いますが、貴重品を壊してたらごめんなさいね。とこんな事を伝えても、確と覚えてられないでしょうけど。それでは、ごきげんよう」


 良い香りが去って行く。

 それから五分経過後、身体が急速に回復したのを感じた。


「くそっ、酷い目にあった」


 学ランがボロボロである。

 然もありなん。

 車にはねられたのだから。

 しかも、三千cc以上はあるピックアップトラックだった気がする。

 よく即死しなかったもんだ。

 ステータスが上がったお陰だろうか?

 あと、何ではねられたんだっけ?


――ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・


 スマホのアラームが鳴った。


「あぁ、朝活の時間か・・・」


 死にかけたばかりだけど、行くか。

 ジョブレベル上げる為にも、生き残る為にも、死にかけた程度で休んでる暇なんか俺には無いのだから。

 それに、ステータスを上げておくメリットはさっき享受したばかりだ。

 ならば、新入生合同合宿までに出来る事はやっておくべし。

 俺はバックパックを寮の棚から取り、雨の下、重たい足を引きずりながら地下広場に向かった。


 ダンジョンの入口のある地下広場に着くと、今回も先に来ている人がいた。

 それも複数名。

 一人は俺に背を向けてはいるが、腰の大太刀と綺麗すぎる黒髪で一目瞭然だ。


「おはようございます、雲類鷲うるわし先輩。今朝もお姿を拝し、嬉しく思います」


 そう、三年A組のトップ層が一人、雲類鷲 黒羽うるわし くろはだ。

 に加えて、


栗花落つゆり先輩、四十九院つるしいん先輩もおはようございます」


 もいらっしゃってた。

 四十九院先輩は実に個性的なワンドを持つ、茶髪のツインテール美女として有名である。

 勿論、雲類鷲先輩のパーティーメンバーでもあった。


 雲類鷲先輩が振り返った。

 その笑顔が尊い。

 他二人は共に眉間に皺が寄っている所為か、尚更尊く感じる。


「おはよう、い・・・」


 ところがである、俺を視界に入れたであろう瞬間にご尊顔が固まったのである。

 ま、俺の学ランがボロボロだしな。

 こんな無様な姿、御貴族様のお目汚し。

 栗花落、四十九院両先輩が俺の姿を目にして終始顔を曇らせるも仕方がなかった。


「その姿、如何しましたか?」


 と言ったのは雲類鷲先輩だった。

 平民とは言えこんな姿をしているのだ、流石に気になるらしい。

 俺は・・・あれ?

 何でだっけ?

 <攻略データベース>に確認してみる。

 あー、そうだった、そうだった。

 とは言え・・・


「朝活前に海でも見てみようと思い向かったところ、トラックにはねられた次第です。朝から妙な事を考えた私の自業自得ですね」


 と一部を誤魔化して答えた。

 すると、雲類鷲先輩の背後で栗花落先輩が、


「土砂降りの雨の中海へ? 正気だろうか?」


 と怪訝な顔で四十九院先輩に話し掛けていた。


「分かりませんが、正気ならば尚更怪しいかと」


 と返したのは四十九院先輩。

 そらそうだ。

 俺だってそう思う。

 なんなら、何かしらの犯罪を疑っただろう。

 ところがである、雲類鷲先輩は違った。


「よくぞそこまで、この短期間に鍛え上げました。この雲類鷲、嬉しく思います」


 と雨で濡れた俺の髪を、頭をなでなでしたのであった。

 超うれしい。

 更に、


「学制服は学園の支給品です。購買が開き次第、新しい制服に替えなさい」


 追加の言葉を賜った。

 俺は嬉しさの余り、頬が緩むのを抑えられないでいた。

 そして礼の言葉を述べる。


「こんな私めに何と有り難きお言葉。この一番、終生忘れないと誓います」


 すると、雲類鷲先輩は


「この私と終生の・・・誓い?」


 と言ったかと思うと背後に控える二人の方に物凄い勢いで顔を向けた。

 というか、顔を背けられた。

 また俺は変な事を言ってしまったのだろうか?

 その証拠に、栗花落、四十九院両先輩が物凄い顔で俺を睨んでいる。

 顔に殺すと書いてある、そんな感じだ。


「そ、それではこれにて御前を失礼させて頂きます!」


 俺は逃げる様にダンジョンエントリーする。

 刹那、


「お待ちなさい! 私も参ります!」


「えっ、黒羽!?」


 俺は腰に強烈なタックルを受けたと同時に燐光に触れた。

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