第二章

第11話 放課後デートの誘い

 三日目の早朝。

 俺はルーティンである朝活に向かう。

 勿論、


「おはようございます、雲類鷲うるわし先輩」


 貴族相手に礼は欠かさず。

 麗しきご令嬢相手なら猶更である。

 それにしても、相も変わらずお美しい。

 しかもただ美しいだけでなく、確固たる意志が滲み出ている。

 これ程の女性が、主人公が挨拶するだけで口説き落とされるなんて未だに信じられない。

 ・・・おっと、いけない。


「それに、栗花落つゆり先輩」


 無論、貴族でない先輩に対してもだ。

 良かった情報収集を怠っていなくて。

 一方の名前が出なかった場合、「貴様、雲類鷲の名を知って、私の名を知らんのか!」との理由で斬られてたかもだし。

 それにしても、大太刀とツーハンデッドソードのペアか。

 二人してどんだけ斬りたいんだろ?


「この子だれ?」


 と言ったのは栗花落先輩だった。


「今年の新入生よ。名前は一番一いちばんはじめ。うふふ、おはよう。今日も朝から精が出ますね、一番君」 


 雲類鷲先輩の微笑み。

 全身が蕩けそうになる。


「うん、随分と頑張ってるみたいですね。その調子ですよ」


 しかも、何故かお褒めのお言葉まで賜った。

 人に認められるって嬉しい!

 それが美人なら猶更である。

 俺は素直に、


「ありがとうございます! 凄く嬉しいです!」


 礼を述べた。


「そ、そう言う意味で言った訳では・・・」


 俺は何か余計な事を言ったのだろうか?

 雲類鷲先輩に顔を背けられてしまう。

 一方の栗花落先輩はそんな雲類鷲先輩の姿を目にし、眉間に皺を寄せた。

 これは良くない。


「も、申し訳ございません。これにて失礼させていただきます」


 俺はこれ以上の不興を買わないよう、急ぎ足でダンジョンエントリーした。

 ようこそダンジョン。

 今日も一日、宜しくお願い致します。


 午前七時。

 定刻通りにダンジョンアウト。

 今回は二時間弱で七匹のブルースライムを狩れた。

 先日より二匹多いのはステータスが上がったからである。

 これまでは二撃必要だったのが、一撃で倒せるようになったのだ。

 その分移動距離が伸び、魔物ブルースライムとの遭遇機会が増えたからである。

 加えて、今まで以上に耳が良くなった気がした。


 討伐数以外のステータスにも変化があった。

 その項目は、ジョブレベル。

 一から二に上がったのだ。

 ノービス一での討伐数が二十五匹を超えたからである。

 一方のメインレベルは上がらず。

 レベル五だとレベル一の魔物を狩っても経験値は得られないので仕方がない。

 そう言う仕様なのだ。


 からのアイテム拾い。

 本日の収穫は『目立つ蛇革ベルト』のみ。

 一見して奇抜なベルトにしか見えないコレ、何と装備すると隠密性が上がるらしい。

 何で?


 それに、正直に言うと耐久性が上がるアイテムの方が今は有り難い。

 凄惨な死が待ち受ける身としては、少しでも防御力を上げて死を遠ざけたいのだ。

 が、無いよりはマシ。

 俺は今ある真新しい黒革ベルトを外し、奇抜なベルトを装着した。

 ・・・ヘッドホンを首に掛け、奇抜な蛇革ベルトを腰に巻いた男子高校生。

 ちょっとヤンチャ坊主な気もするが、気にしたら負けだな。


 慌ただしく寮に戻り朝食を流し込む。

 その後、駆け足で教室へと向かった。


「おはよう、一番君」


「おはよ運河さん」


「あれ?」


 なんか違うと首をこてん倒す運河を尻目に、俺は自席に座った。


「ハジメ、おせーな。もっと早く来いよ!」


「なんだ。剛田は俺がいないと会話する相手に困るのか?」


 可哀想なヤツ。

 仕方がないから、学校にいる間は多めに構ってあげよう。


「ちげーよ! 揶揄からかい甲斐のある奴がいねーからだよ!」


 剛田はそれだけ言うと自席に去った。

 俺は思った、先の台詞は肯定したに等しくないか? と。


「剛田君、かわいい」


 と運河が零した。

 え、何?

 運河ってああいうのがタイプなの?

 たで食う虫も好き好き、とはよく言ったものだ。


「ハジメ君、おはよう。今日も頑張ろうね!」


 と八月一日ほずみが言った。


「おはよう、八月一日。で何を頑張るんだ?」


「勿論青春だよ?」


「「「寒っ」」」


 俺と運河、それに八月一日と一緒に現れていた小鳥遊たかなしの声が重なる。


「おはよう、小鳥遊さん。悪いけど八月一日を何とかしてくれ」


 俺は懇願した。


「おはよう、一番君、運河さん。あれは無理。もう手遅れよ」


「そりゃご愁傷様だな、小鳥遊さん」


「紅が手遅れだからって、どうして私がご愁傷様と言われるのよ?」


「そりゃねぇ、運河さん?」


「わ、私!? お、お二人は、い、一緒にダンジョンエントリーする仲だからじゃないでしょうか!?」


「それを言ったら、ハジメ君と運河さんもそうだよね?」


 八月一日の返しに、運河は声を詰まらせる。


「ま、そう言う事にしとこうよ、運河さん」


「そ、そうですね」


「そう言えばハジメ君はレベル幾つまで上がった?」


 と俺に訊ねる八月一日。


「急に話題を変えたな。ま、答えるけど五に上がったよ」


「へー、そいつは凄いや」


 ふふふ、凄かろう?

 あ、もしかして二階層に行ったと勘違いした?

 俺は訂正しようとするも、


「あ、先生来たよ」


 小鳥遊の言葉に止めざるを得なかった。


「ま、いっか。後で話す機会もあるだろうしな」




 午前中の授業とその後のランチは何事も無く終わり、午後の授業が開始される。

 E組とF組の生徒が地下広場に集まり、今か今かとダンジョンエントリーを待ち構えていた。


「今日も出席番号順の四人一組で合同するように。二階層およびフロアボスの部屋には決して立ち入らないこと。良いですね」


 と言ったのは春夏冬あきなし先生だ。

 隣で竹刀先生が、うんうんと頷いている。

 やがてE組の一班から順にダンジョンエントリーした。


 ダンジョンに入ると全員で先ずはアプリを使って位置を確認する。


「フロアボスの間が結構近いね」


 と八月一日が言った。

 すると小鳥遊が、


「このメンバーだと厳しいわよ。それに先生がダメと言ったでしょう」


 と言った。


「ただ言ってみただけだよ」


「もう。そう言う事は口にしない方が良いわよ、紅?」


 小鳥遊は八月一日のお母さんか。


「分かりました~。それじゃ、行こう。僕達の冒険に!」


 八月一日と小鳥遊が並んで先に進む。

 その後を俺と運河が続いた。


「なぁ、俺達は何を見せられてるんだ?」


「わ、私に聞かないでくださいよぉ」


 そんなアイコンタクトを交わしながら。


「そう言えば、ハジメ君はレベル五になったんだよね? 放課後は二階層に降りるの? だったら一緒に行こうよ」


 突然、八月一日が後ろを振り返り言った。


「もう、紅ったら。そう言う事は相談・・・」


 小鳥遊は前を警戒しながら呟く。

 それが耳に入った訳ではないが、


「いや、まだ二階層に降りる気はないかな」


 と答えた。

 二階層に出る魔物モンスターのレベルは三。

 レベル六にまで上げる事が可能だ。

 だが、それは通常のレベルアップ。

 俺がしたいのはそれじゃない。

 ステータス値上昇幅増大特典の付く、レベル八以上の魔物と戦った上でのレベルアップなのだから。

 俺はその事を説明した。


「でも、それだと二階層には永遠に降りられないわ」


 と小鳥遊が指摘する。


「そう、それが問題なんだよね。学外のダンジョンでも良いからレベル八以上の魔物をお手軽に狩れる場所があると良いんだけど」


「この辺りで聞いた事無いわよね、そんな所」


 小鳥遊が運河に話を振った。

 二人は中学は違えど共に地元出身なのだ。

 運河はコクコクと肯定を返した。

 

 その後会話は終わり再びダンジョンを征く。

 やがて運河がおもむろに近付いてきた。

 そして口にした、


「あの、今日の放課後空いてますか? 出来たら一緒にダンジョンに入りませんか?」


 放課後デートの誘いを、と思いたい俺がいた。


「え、うん。でも、俺で良いの?」


 剛田がタイプなんでしょ? と暗に問うた。


「う、うん。一番君が良いの」


 と運河は上目遣いで言った。

 やばっ。

 頬が熱い。

 耳から熱を感じる。


「だって、一番君は二階層にはまだ行かないって言ってたから。それに一人で入るのまだ怖くて・・・」


 あ、護衛代りか。

 危うく勘違いする所だったぜ。

 まぁ、レベル八の魔物を安全に狩れる手段が見つかるまでの間は、ブルースライムを狩ってジョブレベルを上げようと思ってたから良いけどな。

 ただし、


「条件が一つある。それは・・・」


 俺の出した条件に運河はしぶしぶ頷いた。

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