第15話:隠れ家

 東京での仕事を終えて、九州某県に借りている家に向かった。

 生まれ育った故郷に帰っても、リョクリュウには会えない気がしたからだ。

 義理のある人たちへのお礼と挨拶は、東京に行く前にすましてある。


 仕事上の制約で、もう九州某県に住民票を移す事ができなくなった。

 それでも、心は九州某県の家に向かっている。

 2拠点生活が普通になれば、住民票を移しても誰も文句を言わなくなるだろう。


 事故で入院する前に挨拶した事のある区長さん、ハンバーガーショップの店主さん、鮮魚店の店主さんに再度挨拶して回った。


 以前と変わらない態度に心から安堵し感謝した。

 全く状況が変わってしまって、色々な噂も聞いているだろうに、有難い。

 定住する事はできないが、頻繁に来させてもらうと言って別れた。


 俺が何者でもなかった頃から、親切に対応してくださった、不動産会社の担当さんも変わらない態度で接してくれた。


 家賃は払っていたが、約束通り住む事もできなかった俺のために、定期的に家に来て管理してくれていた。


 これからも数カ月放置するかもしれないので、苦手な人付き合いを頑張った。

 借りた家で1人になれた時には、精魂尽きていた。


 リョクリュウが来るかもしれないから、朝まで起きて待つつもりだったが、いつのまにか寝てしまっていた。


 リョクリュウが生きているのは、最後の挨拶で分かっていた。

 俺を殺そうとした奴を返り討ちにしてくれているので、命の心配だけはしていなかったが、もう会えないかもしれないと、半ば諦めていた。


 殺し屋とはいえ、12人もの人間を咬み殺したグリーンイグアナだ。

 人間に見つかったら必ず殺処分される。

 俺は後で知ったのだが、自衛隊も動員して大捜索が行われていたらしい。


 発見された話を聞かないから、中国山地のどこかに隠れ住んでいるのだと思う。

 無事に生きていてくれるのが1番なので、発見されるかもしれない人里には近づいて欲しくないと思うと同時に、もう1度会ってちゃんとお礼をしたい気持ちもある。


 グリーンイグアナが、兵庫県の山奥から行った事もない九州の借家にたどり着けるとは思えないが、リョクリュウなら来てくれそうな希望もある。


 どちらかといえば、行った事もない九州の借家ではなく、少しの間一緒に住んでいた自宅に来てくれる可能性の方が高い。


 だが、不思議と俺の家には来ない気がしていた。

 来てくれるとしたら、九州の借家だと思っていた。

 だから大阪の家に立ち寄る事もなく、東京から直接九州某県の借家に来たのだ。


 ゴン、ゴン、ゴン


「シャ」


 リョクリュウの言葉に飛び起きた。

 知らぬ間に寝落ちしていたので、夜中にもかかわらず明かりが煌々とついている。

 勝手の分からない借家だが、間違って柱を蹴る事はない。


 リョクリュウの声は玄関ではなく土間の方から聞こえていた。

 道路から少しでも死角になる、土間の方から来たのだと思った。

 慌てて土間の扉を開けたが、心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いた。


 土間扉を開けると、とんでもなく大きくなったリョクリュウがいたのだ。

 本物のドラゴンとしか思えない巨体になったリョクリュウがいたのだ。


 最後に会った時にもコモドオオトカゲを超える巨体だったが、今では恐竜としか思えない大きさだった。


「良く戻って来てくれたね。

 家に入ってもらう心算だったのだけど、これだけ大きくなると無理だな」


「シャ」


 リョクリュウも家に入る気はなかったようだ。

 ついて来いと言うので、懐中電灯を持ってついて行った。

 思っていた通り、内部投稿で知らせていた農作業小屋についた。


「ここで一緒に暮らすか?

 ただ、無責任に今の仕事を放りだせないから、最長4年は長期不在する事が多くなるけど、それでも良いか?」


「シャ」


 リョクリュウはとても賢い。

 山中に隠れていたはずなのに、どこからどうやって知ったのか、俺の状況を知っているようで、今直ぐ一緒に暮らせないのを分かっていた。


 俺が長期入院しなければいけないくらいの大怪我を負った後、リョクリュウは中国山地を横断して、夜間に関門海峡を渡り九州に入ったそうだ。


 足立山を抜け、金剛山や雲取山や福知山といった北九州の山々を縦断して、八面山や鬼落山、大蔵山や西叡山を縄張りにしていると言う。


 これからもこの一帯の山々を縄張りにしつつ、俺が来たら会いに来てくれるというのだから、うれしくなってしまう。


「リョクリュウはその気になったら家の鍵を開けられるのか?」


「シャ」


 リョクリュウが家の鍵を開けられるのなら、自由に出入りできるように鍵を渡しておき、大好きなネットサーフィンができるようにしようと思った。


 だが、全長が10メートルにもなったリョクリュウの手や口では、普通の鍵は開けられないそうだ。


「リョクリュウが自由に出入りできる新しい農業用倉庫を建てて、自由にパソコンが使えるようにしようか?」


「シャ」


 リョクリュウも自由にパソコンを使いたいそうだが、余りにも大きくなり過ぎてしまったので、キーボードが使えないと嘆いた。


 キーボードが使えないとなると、タッチパネルの携帯やタブレットも使えない。

 普通のキーボードよりも大きな物、リョクリュウが使えるようなものがあればいいが、そんな物があるとは思えない。


 色々話して、ネットを使えるようになるのは後回しにする事にした。

 それよりも問題なのは、他の人間に見つからないように会う方法だった。

 残念ながら、今もマスゴミや一般投稿者に追い回される立場だ。


 責任を放棄できれば誰にも追い回さないと思うが、絶対ではない。

 どうせ追い回されるのなら、理想だけは実現したい。

 支援してくれた人たちとの約束は守りたい。


 仕方がないので、これからもリョクリュウと会うのは深夜だけにした。

 リョクリュウが俺以外の人間の気配を感じたら、会うのを諦めて逃げてもらう。

 そう決める頃には明け方になっていたので、残念だが分かれる事にした。

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