第7話:日課

 鴉が襲撃してきた日も、グリーンイグアナは外に出ると言ってきた。

 比較的夜に弱い鴉を襲いに行くのだろうと思われた。


「頼むぞ、近所の人達の仇を討ってくれ。

 俺の所為だと分かっているだけに、胸が痛んで苦しかったんだ」


 グリーンイグアナは何の感情も感じられない目を向けて来る。

 爬虫類に感情をあるとは思えないが、普通の爬虫類には思えなくなっている。

 その日も玄関に布団を敷いてグリーンイグアナの帰りを待った。

 

 グリーイグアナは新聞配達の合間を縫って戻ってきた。

 悠々とした態度で、鴉など相手にもならないと言っているかのようだった。

 そんな態度を見ても、完全には安心できなかった。


 今日も鴉と戦う事になるかもしれないと思っていた。

 鴉の血をたっぷり吸った解体包丁は、砥石で磨いて切味を保つようにした。

 三姉妹やお爺さんへの罪悪感から逃れるためには、覚悟を決めてやるしかない。


 だが、覚悟を決めて待っていたのに、鴉が襲ってこない。

 7羽もの鴉の死骸を、割られた勝手口と小窓の前に吊るしているから、それを恐れているのだろうとは思うが、鴉の狡賢さと凶暴さを知っているので、罠を疑う。


 鴉の襲撃のせいで執筆できないし、自責の念から見る悪夢のせいで寝不足だし、つい寝落ちしそうになってしまう。


 もう一階の勝手口と小窓のガラスは割られてしまっている。

 隙を見せて壊されるのは、急場しのぎに張ったゴミ袋と段ボールだ。

 それくらいなら又壊されても大した事は無いので、二階に上がって執筆した。


 数は力、文字数は力だ、駄作でも読んでもらえたらインセンティブがもらえる。

 小窓の修理代は無理でも、毎日の食費くらいは稼ぎたい。

 多くの人に受け入れてもらえてPVが稼げたら、月に20万円になることもある。


 夢中で書いているうちに晩飯の時間になっていた。

 急いで一階の浴室と洗面室をチェックすると、グリーンイグアナの食堂代わりにしている洗面室のキャベツともやしがなく、浴室に糞がしてあった。


 気がついた時には、グリーンイグアナは二階にいたのだが、知らないうちに一階に下りたのだろう。

 心配が少し減ったのと、自責の念も軽くなったのか、熱中して書けた。


 豚タンの塩焼き、豚タンを焼く時に出た肉汁で炒めた野菜、LL4個分の玉子焼きと4個分の目玉焼き、釜揚げうどん2玉の晩飯を食べ終えた。

 録り貯めたアニメを少し見てから熱い湯に入って、執筆の疲れを癒した。


 人が出歩かなくなった深夜、またグリーンイグアナが外に出ると言ってきた。

 言葉を発する訳ではないが、態度で言ってきた。

 自分で鍵もチェーンロックも開けられるのに、律儀なものだ。


「気を付けて行ってくるんだぞ、無理するんじゃないぞ」


 俺の言葉に身体をねじるように振り返ったが、何も言わずに出て行った。

 グリーンイグアナがしゃべる訳もないのに、会話ができる気になっている。

 苦笑しながらグリーンイグアナを玄関で待つ準備をする。

 

 いちいち自分の布団を二階から降ろすのが面倒になって、仏間にしている和室の押し入れから、母が亡くなってから使わなくなった来客用の布団を出した。


 来客用の布団を、足の悪かった母のためにバリアフリーにした玄関に敷いて、グリーンイグアナの帰りを待った。


 不安が減り、自責の念が軽くなったからか、悪夢を見ることなく爆睡できた。

 グリーンイグアナが帰ってきて玄関を叩くまで爆睡していた。


「御帰り、けがはしていないか?」


 返事はしなかったが、僅かに頭を下げたように感じた。

 目で挨拶してくれたようにも感じた。

 別の意味で精神を病んでいるのかもしれない。


 グリーンイグアナは、夜になると毎日出かけて行った。

 鴉と戦っているのは明らかだったが、手助けする勇気がなかった。

 頑張れと応援するだけの自分に、反吐が出る思いだった。


 反政府反与党のテレビ局2つが、鴉の死骸を吊るしているのを非難するニュースを繰り返し流したが、苦情文と苦情動画を投稿した報復だろう。


 朝から晩まで日本中の動物愛護団体から嫌がらせの苦情電話が来た。

 狂いそうになったので、固定電話は回線を外し携帯は電源を切った。

 その事実を、このままでは自殺するしかないという動画にして投稿した。


 テレビ局の偏向報道と動物愛護団体の嫌がらせに憤っている人は、地方の農家を筆頭に数多くいたのだろう、一斉に苦情の電話とメールを送ってくれた。


 テレビ局に広告を出す企業や、動物愛護団体に寄付する企業がいるから、地道に生きている人が苦しみ、誰にも知られずに命を絶つと動画を投稿した。


 俺が企業名を出して非難したのが良かったのだろう。

 その企業にも抗議の電話とメールが殺到したそうだ。

 後はどうなってもいい、何も投稿しない方が自殺したと勘違いしてくれるだろう。


 昼間表に現れる鴉の数が減って行った。

 二十日後には自宅を見張る鴉は一羽もいなくなったが、グリーンイグアナの夜歩きは続いた。


 俺の家を見張らに来なくなっただけで、営巣地にはまだまだいるのだろう。

 グリーンイグアナと鴉の死闘が続いていると思うと、胸が痛くなった。


 争う事になった最初の原因は分からないので、グリーンイグアナと鴉のどちらの方が悪いとも言えない。


 ただ、身勝手だとは重々承知しているが、グリーンイグアナの肩を持ってしまう。

 勝手口と小窓のガラスを割った鴉を恨んでしまう。


 どちらの方が悪いかも分からないのに、犬か猫が襲われていると勘違いして、グリーンイグアナを助けた事が原因なのに、本当に俺は身勝手な性格だ。


「呼びかけたいから名前を付けても良いか?」


 一緒に暮らしていたのに、名前も付けていなかった。

 元々爬虫類と両生類が大嫌いで、大き過ぎるグリーンイグアナが怖くて、ケガが治ったら頑張って引き取り手を探す心算だった。


 飼えなくなった爬虫類を引き取ってくれる、静岡の動物園は確認してあった。

 爬虫類の里親募集のサイトも確認してあった。

 鴉の件があってそれどころではなかったが、飼い主を探す気だった。


 だが、2カ月以上一緒に暮らしていると、見た目が恐ろしくても慣れる。

 他の爬虫類は無条件で怖いのに、それほど怖くなくなる。

 それどころか、よく言う事を聞いてくれるのもあって、情もわいてくる。


 何時の間にか、グリーンイグアナが自ら出て行かない限り、一緒に暮らしても好いと思うようになっていた。


 一緒に暮らすのなら、名前くらいはつけないといけない気がした。

 一緒に暮らす気がないのなら、名前は受け入れないだろう。

 最初に受けた恩だけでここにいるなら、鴉を滅ぼしたら勝手に出て行くだろう。


「緑竜(リョクリュウ)と呼びたいのだが、嫌なじゃないか?

 リョクリュウでよければ頭を立てに動かしてくれ。

 リョクリュウが嫌なら頭を横に動かしてくれ」

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