第6話:弱肉強食

 思っていた通り、新聞配達の合間を縫ってグリーンイグアナが帰ってきた。

 騒動にならないように気を使ってくれたと思う自分は、狂っているのか?

 爬虫類のグリーンイグアナにそんな知能がないのは分かっているのに。


 そんなグリーンイグアナを主人公にした小説を書き始めた。

 グリーンイグアナと鴉が、種族の存亡を賭けて戦うファンタジーだ。

 初動は悪く、インセンティブは稼げそうになかったが、別にかまわない。


 最近の精神的な負担が少しでも軽くなればそれで良い。

 色々あって、自責の念が激しくて、心が病んでいる自覚があるのだ。

 顔も知らないが、警察官や猟友会の人が数多く傷ついたのだ。


 それと、書籍化を狙って書くのは止めたが、インセンティブ狙いで、書きたくもない題材で書くと、どうしても精神が削られる。


 特に隣家の三姉妹やお爺さんに対する自責の念で毎日悪夢を見る。

 家を捨てて引っ越して行った人たちへの自責の念も半端ない。

 何かで代償させないと、本当に病んでしまいそうな予感があったのだ。


「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」

 

 執筆に熱中している間に夜が明けたのか、鴉の泣き声が聞こえて来た。

 これまでは一切泣かずに、視線と旋回飛行と急降下で威嚇していたのに。

 やはり昨晩グリーンイグアナが出て行ったのは、鴉に対する攻撃なのか?


「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」


 金属シャッターを下ろした窓は分からないが、小窓に鴉の影が映る。

 グリーンイグアナの攻撃に対する報復に、小窓を割る気になったのかもしれない。


 二重ガラスを何度も修理する金などないから、鴉に壊されたら板でも張り付けるしかない。


「シャアアアアア!」


 グリーンイグアナが本気で怒ったのか、これまで聞いた事がない威嚇をした。

 初めて会った日にも威嚇していたが、これほどではなかった。

 側で聞いていた俺が、大小便を漏らしそうになるくらい怖い威嚇だった。


「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、ガッシャーン」」」」」


 下、一階からガラスの割れる音がした。

 急いで一階に下りると、台所の小窓と勝手口、洗面室の勝手口、浴室とトイレの小窓が割られていて、ガラスが散乱していた。


 急いで警察と市役所に連絡したが、どうにもできないと言われた。

 弁護士協会と動物愛護団体に被害を弁済してもらえるのかと相談したが、逆に脅されてしまった。


 以前偏向報道の為に取材に来ていたテレビ局2社に電話したが、けんもほろろ、全く相手にしてもらえなかった。


 自分で修理したくても、家の外に出たら殺されてしまうかもしれない。

 誰かに修理を御願いしようとも考えたが、その人が殺されたら心がつぶれる。

 それでなくても毎日三姉妹やお爺さんの悪夢にうなされているのだ。


 怒りと絶望で壊れそうになる心を何とかしたくて、動物愛護団体、日弁連、テレビ局に対する抗議文を投稿する。


 誰も拡散してくれなくても、逆に連中に叩かれて炎上する事になっても、黙っていて心が潰れて狂うよりはいい。


 一階の割られたところはゴミ袋と段ボールを使って塞いだ。

 塞いで二階を戻るとまた壊される。

 壊されたままにしていると、動物の死体やゴミを家の中に放り込まれる。


 しかたがないので、その現場を動画や静止画に取って、動物愛護団体と日弁連とテレビ局のせいでこんな事になっていると動画投稿する。


 グリーンイグアナが威嚇したからか、二階の小窓は割られなかった。

 グリーンイグアナが二階に居座っているから安全なのだろうか?

 俺が一階に居座って鴉を撃退したら襲ってこないのか?


 家の中に投げ込まれた動物の死体とゴミを片付けている間は、何もしてこない。

 亡父が鶏の解体に使っていた包丁を手に持ってじっと待つ。

 割られた小窓の中で一番大きな、風呂場の窓に絞って鴉の嫌がらせを待つ。


 心臓が早鐘のように鼓動して痛いくらいだ。

 下手をしたら鴉に目を啄まれて失明するかもしれない。

 最悪の場合は、脳にまで達して死ぬ事になるかもしれない。


 もう心を病んでいるのだろう、最悪の事を考えても怖くなかった。

 三姉妹やお爺さんへの罪悪感で死にたくなっているのかもしれない。

 捨て鉢な気持ちなのだろう、期待するような感覚で鴉の襲撃を待った。


「シャアアアアア!」


 二階からグリーンイグアナの威嚇が聞こえて来た。

 これまでは、威嚇を聞くと恐怖で動けなくなっていたのに、今回は逆で、高揚感で身体が軽くなり、何も考えていないのに自然と解体包丁を前に突き出していた。


「ギャア、ギャア、ギャア、ギャア、ギャア」


 俺の突きだした解体包丁に自ら飛び込むように鴉が刺さった。

 深々と刺さった解体包丁を思わず手放してしまった。

 上手く急所に刺さったのか、直ぐに鴉が動かなくなった。


 心を鬼にして鴉の脚をタコ糸で縛り、鴉に割られた浴室小窓の外に吊るした。

 普通のカラスは、同じカラスが殺されて吊り下げられていると、恐れて近づかないとネット記事に書いてあったからだ。


 カラスと鴉では、狡賢さも凶暴さも違うので、同じ反応をするとは限らない。

 もしかしたら、更に怒り狂って激しく襲ってくるかもしれない。

 そう思って、ゴミ袋と段ボールで風呂場の窓を塞いで、今度は台所で待った。


 右手に鴉を1羽殺した解体包丁を持って待つ。

 少しは冷静になれたのか、防御の事も考えるようになった。

 一番大きな鍋蓋を左手に持って盾代わりにする。


 襲撃を諦めてくれればそれが1番なのだが、鴉なの性格を考えると期待薄だ。

 やるかやられるか、そのどちらかしかないと、弱気になりそうな自分を叱咤する。


 じりじりと時間だけが過ぎていく。

 もう襲ってこないという期待と、風呂場の方を襲って馬鹿にする気かもしれないという不安、ネットスーパーの配達員を襲うかもしれないという恐怖に苛まれる。


「シャアアアアア!」


 また二階からグリーンイグアナの威嚇が聞こえて来た。

 今度も心が解き放たれるような気持になり、無意識に右手を突き出していた。

 そしてまた、鴉が解体包丁に突き刺さっている。


 信じられない事に、朝から陽が暮れるまでの間に、7羽もの鴉を仕留めた。

 いや、午前中も早い間に仕留める事ができた。

 その全てを、ガラスを割られた勝手口や小窓の前に吊るして鴉を威圧した。


 御前の後半、10時頃からは鴉の襲撃もなくなり、恐れていたネットスーパーの配達員襲撃もなかった。

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