第3話:襲撃
恐怖の余り家の中に戻ろうとしたが、買い物に行かないと生鮮野菜がない。
俺だけなら冷凍食材や卵だけで十分だが、グリーンイグアナの食べる物がない。
仕方がないので、自転車用のヘルメットを信じて駐輪場所に移動した。
玄関から駐輪場所にしている所までは、母親のために造ったスロープを使って大回りする時もあれば、手すりを潜って最短距離で移動する時もある。
今回は、手すりの下をくぐって駐輪場所に移動した。
そうすれば数歩で自転車の所まで行ける。
一瞬鴉たちから目を離したが、襲ってはこなかった。
だが、目を離した時に、思いっきり怖い想像をしてしまった。
後頭部を鴉に突かれ死んでいる自分の姿を想像してしまった。
鴉を警戒しつつ自転車のロックを解除して乗る。
自宅駐車場の前を通っている、道路に立っている電柱に陣取る鴉たち。
整骨院をしていた平屋プレハブの屋根、右側に陣取る鴉たち。
二階建ての隣家、左側に陣取る鴉たち。
俺が自転車をこいで道に出たとたん、一斉に飛び立ちやがった。
「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」
俺がこぎ進むのをつけ回すように上空を旋回する。
単なる脅しなのか、隙を見つけて襲ってくる気なのか?
武器になる刃物なんて持ち歩けないから、警官に言い訳できるステッキしかない。
自分が使っていた登山用ステッキは昨日失ってしまったので、母が生前使っていた足の不自由な人用のステッキを、自転車の前かごに入れてある。
恐ろしい殺気を感じて、わざと自転車を倒して身を低くした。
視界の片隅を鴉が通り抜ける、あの勢いで突かれたら確実に死ぬ。
殺す気で、背後から頭を狙って急降下してきたのは明らかだ。
俺の家の周囲は鴉の縄張りではないし、鴉が攻撃的になる子育て季節でもない。
明らかに昨日の恨みを晴らすために襲い掛かっている。
何度も鴉の襲撃から逃げられとは思えない。
自転車から下りて、左手で押しながら自宅に戻る。
右手には母の形見となったステッキを持ち、鴉を殺す覚悟を固める。
相手が俺を殺す気ならば、遠慮なく返り討ちにしてやる!
表向きは自信満々に振舞いながら、内心ではガタガタ震えていた。
1羽でも恐ろしい鴉が30羽以上いるのだから、ビビるのが当然だ。
ステッキを警戒したのか、鴉は二度と襲ってこなかった。
襲ってはこなかったが、恨みを忘れてはいなかった。
俺の移動する上空を旋回して、隙を狙い続けていた。
家に入ってから何度か確認したが、玄関と勝手口の両方を見張っていやがった。
兵糧攻めをするほど賢いとは思えないが、現実問題として買い物に行けない。
自分だけなら、不経済に目を瞑ってずっと出前で済ます事もできるが、グリーンイグアナの生鮮野菜は店屋物では手に入らない。
時々冷凍肉を10キロ単位で買っているECサイトでも生鮮野菜は買えるが、自宅に配達されるのに数日かかってしまう。
仕方がないので、これまでは不経済だから使わなかったネットスーパーを利用する事にした。
見切り品などは買えないし、店頭価格よりも高いのだが、頭を鴉に突かれて大穴が開くよりは、ちょっと高い買い物をする方がいい。
問題は、俺の住んでいる住所を配送範囲にしているネットスーパーがあるかだ。
幸いな事に、俺の家が配送範囲になっているネットスーパーがあった。
グリーンイグアナには小松菜とチンゲン菜が良いとネットに書いてあったが、同時に高いとも書いてあり、経済的に飼うなら大根の葉かもやしが良いと書いてあった。
大根の葉だけは買えないので、もやしを主食にして飼う事にした。
自分が食べる分も考えて、小松菜とチンゲン菜、大根とキャベツ、レタスとセロリ、トマトと胡瓜、大量のもやしを買った。
生鮮野菜を食べない場合や、ネットスーパーの配送範囲をから外れてしまう事も考えて、ECサイトでイグアナフードも注文しておいた。
食材を買いに回る時間が減った分、小説を読んで書いて投稿する時間が増える。
万年書籍化できない二流の投稿者だが、数多く投稿していると、月に3万円から20万円は稼げるようになる。
1日に1話余分に書ければ、それが10円になる事もあれば、1000円になる事も有るので、身体や心に問題がない時は書けるだけ書く。
1話書いて集中が途切れる度に、外を見て鴉の様子を確かめる。
小窓を少しだけ開けて確かめる度に、鴉と視線が合う。
執念深く狙っているのだろうが、何故小窓を破壊しないのだろう?
大きな窓は金属のシャッターを降ろしているから、攻撃しないのは分かる。
だが小窓には金属シャッターがない、割ろうと思えば簡単にガラスを割れる。
ガラスの破片で自分がケガをする事を警戒しているのだろうか?
ネットスーパーとECサイトで買い物ができるなら、割高なのを除けば、基本引きこもっている俺には何の実害もない。
足腰が弱るのだけは問題だが、本当に心配ならば家の中で身体を動かせばいいだけなので、それほど悲壮感はなかった。
ただ、鴉が業を煮やして小窓を壊した時が問題だった。
全ての小窓を何度も割られてしまったら、引き籠り用に貯めた貯金など直ぐになくなってしまう。
そんな最悪の場合に備えて、市役所などの害獣害鳥駆除を調べてみた。
困った事に、地元の市役所では駆除してくれないとあった。
害虫薬は配布してくれるが、虫はもちろん獣も鳥も駆除してくれない。
「御注文の品を御届に参りました」
夕方になって、朝注文した食材が届いたが、配送の人の挙動がおかしい。
まあ、家の周囲を鴉に取り囲まれているのだからしかたがない。
食材を受け取って、グリーンイグアナに与える分だけ一階浴室に置いた。
自分で買いに行く時よりも量が多いので、一階と二階の冷蔵庫に分けて入れる。
朝よりも落ち着いていられるのは、ネットで調べた鴉駆除の費用が、思っていたよりも安かったからだ。
大体の業者が2万円前後だったが、最も興味を持った鷹匠による駆除が、交通費別で月8回、期間が3カ月から6カ月で30万円だった。
静岡に会社が有るので、交通費を考えるととても頼めない。
そこで自分で鷹や鷲を飼えないか調べてみた。
ハリスホークで20万円から25万円、大鷹の40万から50万までなら買えるが、自分でちゃんと御世話できそうになかった。
猫だとカラスに襲われるだけだが、犬ならカラスも恐れて逃げるかと思ったら、子育て時期には大型犬が相手でも襲うと書いてあった。
まして相手は鴉だ、犬猫では追い払えないのが分かった。
「うっわ、何でここにいる?!」
悪い癖が出て、熱中して色々調べていた。
ひと通り調べて冷めたインスタントコーヒーに手をやると、視界の端にグリーンイグアナが入り、椅子から飛び上がりそうになるくらい驚いた!
俺を襲う気で背後から近づいたのかと恐怖したが、そんな殺気はなかった。
グリーンイグアナは俺の事など全く気にしておらず、モニターをじっと見ている。
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