第2話:飼育
普段は人通りが少ない旧村の道だが、たまたま人も車も多かった。
そのお陰か、恐れていた鴉の追撃はなかった。
体力も筋力も自宅までギリギリもった。
俺だけが暮らすようになった自宅、その一階LDKにトカゲを入れた。
急いで大窓の金属シャッターを下ろして鴉の襲撃に備えた。
一階の戸締りを終えたら二階に上がって金属シャッターを下ろす。
大きな窓には金属シャッターがあるが、風呂場やトイレの小さな窓にはない。
鴉が噂通り狡賢く執念深いなら、金属シャッターのないガラス窓を破るだろう。
やれるだけの事をやったら、後は運を天に任せるしかない。
母が亡くなってから、前庭に建てた整骨院から自宅二階に回線を引き直したパソコンを使って、助けたトカゲが何なのか調べた。
体色が鮮やかな緑で、不揃いな鱗に覆われゴツゴツトとしている。
背中には恐竜のような棘があって、指には細く鋭い爪がある。
少なくとも中型犬位にまでは育つトカゲ……は検索で見つからなかった。
特徴の幾つかを加えたり減らしたりして、ようやく当てはまるモノが見つかった。
グリーンイグアナ……最大全長180センチメートルだと?!
あれ以上大きくなるというのか?!
思いっきり後悔したが、今更捨てる事も殺す事もできない。
自分が悪食だという自覚はあるが、鶏肉のように美味しいとはあるが、あんな気味の悪い奴を殺して喰う気にはならない。
あの恐ろしい姿を思い出して、現実に立ち返った。
可愛がっていたアメリカザリガニを処分した時の事を思い出した。
グリーンイグアナは特定外来生物に指定されているのか?
調べたら、グリーンイグアナは生態系被害防止外来種に指定されていた。
殺処分される事はないし、飼育届も必要なかったので少し安心したが。
だがアメリカザリガニの前例がある、何時繁殖を禁じられるか分からない……
いや、繁殖など最初から考えていなかった。
反射的に助けてしまっただけで、飼う気もなかった。
犬や猫なら飼っても好いと思っていたが、2メートル近くなるイグアナは無理!
飼うのは無理だが、ケガが治るまではお世話するしかない。
幸い肉食ではなく草食なので、喰い殺される心配はないだろう。
傷薬でも塗ってやろう二階から一階に下りたのだが……無理、怖い!
幸い一階のLDKは母親が亡くなってから使っていない。
二階の冷蔵庫に入り切らない冷凍食品の出し入れに使うくらいだ。
仏間の畳を駄目にされたくないので、二階に上がる時にロックしよう。
草食であまり臭くはないだろうが、糞尿で汚されるのは嫌だ。
言う事を聞くとは思わないが、最初からあきらめる気にはなれない。
「いいか、トイレはここにするんだ」
母が亡くなってから使っていない一階の浴室をグリーンイグアナのトイレにした。
糞が固形で大きければ、トイレットペーパーで取ってトイレに流せばいい。
小さかったり液状だったりしたら、諦めて浴室の排水に流せばいい。
内心ではLDKのフローリングに垂れ流された糞尿を拭き掃除する自分の姿を思い起こしながら、厳しく言い聞かせた。
本当は餌の葉物野菜と一緒に一階浴室に閉じ込めたかったが、ガラス戸を破壊される方が糞尿を始末するよりも嫌なので、諦めて一階のLDKは開放した。
一階のLDKと洗面室と浴室はグリーンイグアナ専用にする。
母が寝ていた6畳間と玄関を挟んだ向かいにある仏間は封鎖する。
餌を与えてトイレの場所も教えたので、自分の世界に籠った。
働くのも人に合わせるのも大嫌いなので、整骨院を廃業してからは、ネットの世界で細々と稼いで生きている。
趣味と実益を兼ねて、小説を読んでは書くの繰り返し。
家を出るのは、寝たきりにならないように散歩をする時と食材を買う時だけ。
とんでもない現実から目を背けるように大好きな小説を読む。
決まった時間まで小説を書き、一度一階に下りて糞尿の有無を確認する。
大きなキャベツが丸々1個を食べ切られていたので、外側から半分くらいむいて使ったキャベツを浴室に置いておく。
食事とトイレの場所は浴室だと覚えてくれれば良いのだが……
手早く自分の食事を作る。
今日はグリーンイグアナに与えたキャベツを食べる予定だった。
外側のかたい葉は煮物、少しやわらかくなった葉は炒め物、とてもやわらかい内側の葉を千切りにして食べる心算だったのに、残念だ。
豚肉の炒め物、玉子焼きLL6個分、レンチンしてポン酢をかけた冷凍洋野菜、釜揚げうどん2玉を作って食べる。
ほとんど毎日変わらないメニューだが、好きなモノ以外を食べる気はない。
働きたくないなら節約するしかない。
安い食材の中で好きなモノだけを選んで腹一杯にする生活をしている。
食事が終わったらもう一度一階に下りて糞尿の確認をする。
LDKで粗相をしていないのを確かめて二階の浴室で熱い風呂に入る。
身体に悪いのは分かっているが、浸かってから更に追い焚きするのが大好きだ。
風呂から出てもう一度一階に下りて粗相の確認をする。
何所にも糞尿の跡がないのを確信してから二階に上がって眠る。
腹が苦しくなるほど食べて、満腹の状態で寝るのが大好きなのだ。
本当は飯の前に風呂に入り、食べて直ぐに眠りたい。
だが、それでは食事中や食後の汗で身体が臭くなってしまう。
実際には寝汗をかくから関係ないのだが、いつの間にか習慣になっている。
5時に目が覚めて直ぐに一階に下りてグリーンイグアナの糞尿チェック。
何所にも汚れがなくて安心したが、糞尿の間隔が気になる。
二階に戻って目覚めのインスタントコーヒーを飲みながらネットで確認。
小さい時には1日3回も排便するとあった。
鴉に襲われたショックで便秘になっているのだろうか?
熱い湯で入浴するのが好きだと書いてある。
二階の風呂に入れる気はならないし、そもそも二階に上げるのは怖い。
不経済だが、便秘で死なせてしまったら鴉に襲われながら助けた意味がない。
何より寝覚めが悪すぎるし、俺の性格だと悪夢を見るに違いない。
急いで一階に下りて風呂を自動ではる。
「40度の風呂を自動ではるから、適温なら入りなさい。
昨日も言ったけれど、糞尿はここにする、良いね?」
意味を分かってくれるとは思わないが、犬猫と同じように言って聞かせる。
誰かと話したい訳ではないが、久しぶりに言葉を発した。
そのまま二階に上がってお気に入りの小説を読み、インセンティブを稼ぐ小説を書いて投稿する。
気がつくと激安スーパーの開店時間になっていた。
グリーンイグアナにキャベツを与えたせいで生鮮野菜がなくなってしまった。
食費が増えるのは痛いが、犬猫だったら予防接種代がもっと高額になっていたと自分を慰めて、買い物に行く身支度をする。
一階に下りて確認すると、浴室の洗い場で排泄をしていた。
下痢ではないが、ギリギリトイレットペーパーで掴める程度の軟便だった。
「流してきれいにするから、洗面室で休んでいろ」
言葉を理解しているとは思えないが、追い立てるようなゼスチャーをしたのが良かったのか、グリーンイグアナが浴室から洗面室に移動した。
ちゃんと排便できていたのを、ほっと安心する事ができたせいか、大して抵抗もなくトイレットペーパーを使って掴めた、尿もふき取ってトイレで流す事ができた。
手早く浴室の床を洗い、浴槽は湯を張ったまま蓋をしないでおいた。
こうしておけば好きな時に風呂に入れるだろう。
買い出しの時に使う大型のリュックを背負い外に出る……が、鴉がいる!
パッと見ただけで、30羽以上の鴉が電柱や隣家の屋根にいる。
どう考えての昨日の事を恨んで狙っているとしか思えない、どうする?!
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