第2話 野球が最高にかわいいと気づいてしまった天才
横常 千夏はみんなからトコちゃんと呼ばれている。ハーフの女の子で、運動神経が抜群。そして、宝の持ち腐れのようにインドア派で、金髪美少女、さらに文学少女だった。
稲穂のように黄金の髪は、クルクルとクセっ毛。
かわいい指数100%
指折数えて、10/10のかわいい。
そんなかわいい女の子が、野球に興味を持った。
大谷グローブは予約制だった。よく図書室で本を借りる千夏だが、一番人気の本でもこんなに予約で埋まることはない。千夏が大谷グローブに触ることができたのは、冬休みが開けて、二月になる頃だった。
新潟は二月でも雪が積もっている。
千夏は大谷グローブを抱えて、近所の公園に訪れた。
長靴を履いて、ザクザクと進む。足を取られるほどの積雪量はない。新潟の子供は足腰が強い。雪道でも簡単に歩くことができる。千夏ほどの運動神経があれば、余裕だった。
遊具は撤去されていて、木々は葉を枯らしている。
侘しい公園に、輝く一等星がポツリ。
「ホントに来た。本気なんだ」
「うん」
公園には星見 夜空がいた。
ピンクと黒のグローブを抱えて、硬式のボールを握っていた。
ちょっと、カッコいい。
「わたしに野球を教えて」
◇◇◇
野球が最高にかわいいと気づいてしまった天才、星見 夜空。
千夏が小学校三年生のときから、教室には空席が一つあった。そこが夜空の席だった。夜空は不登校だった。夜空は成績が上位で、運動神経も良かった。50メートル走の記録では、千夏のすぐ下に、夜空の名前があったくらいだ。
いじめがあったという話もない。
病気をしたという、話も聞かない。
夜空は健康優良不良少女だった。
野球が最高にかわいいと気づいてしまったのは、小学校四年生の夏休み。女子プロ野球の二軍戦が、興行として地元の地方球場で行われた。お父さんに連れられて、夜空もその試合をバックネット裏の特等席で観戦していた。
座っているだけで、汗が出るほど、暑い日だった。お父さんから借りた野球帽を被って、直射日光を避ける。手に持っていたアクエリアスのペットボトルに水滴が浮かび、汗のように垂れている。
夜空の目に焼き付いているのは、その年のドラフトで入団した若手のプロスペクト投手と、衰えた助っ人外国人の打者の対決だった。スタンドには声を出して応援するおじさんが一人いた。「かっ飛ばせ かっ飛ばせ カラバイヨ」と大きな声で繰り返す。
両手に持ったメガホンを叩き、リズムを作る。
外国人選手はカラバイヨというらしい。地方開催の二軍戦にも応援に来る熱心なファンが、女子野球にはついていた。野球がすごいのか、カラバイヨがすごいのか、夜空にはどちらか分からない。
雲一つない、快晴。太陽が眩しい。午前中のこの時間は、スタンドに影を作らない。2回表、ノーアウト、ランナーなし。なにも、野球の試合において、特別な場面ではなかった。
しかし、夜空にとって、野球の未来にとっては、特別な場面となった。
ストレートと、カーブで2ストライクに追い込んだ、三球目。
高めに投げられた、ストレート。
それまで、ピクリとも反応しなかった、バッターは、ボールをしごきあげるようなスイングをする。木製バットがメキッと鳴り、打球が空高く上がる。バットが折れたのだろう。木片が、グラウンドに飛び散った。
フラフラと上がったボールは、マウンドの付近に飛んだ。
ピッチャーが捕るのかなと、夜空は思った。なぜなら、ピッチャーが一番、ボールに近いから。フライを直接捕ったら、アウトになる。その程度の知識なら夜空にもあった。
しかし、投手は打球に背中を向けた。
「え?」
ロジンバックに手をかける。
背番号は18番。
ポニーテールが揺れる。
サードの選手が打球を追いかけ、マウンドまで走ってきて、大きな声とジェスチャーを上げて、フライを捕球する。これで、1アウト。記録はサードフライ。助っ人外国人は、何事もなかったかのようにベンチに下がる。
18番は、サードの選手からボールを受け取る。
打席に打者を迎え入れて、ワインドアップで投球動作に入る。
「かわいい」
このときの、夜空の感覚は、野球の当事者でも、理解することが難しい。この18番の選手から、ありありと見てとれる、エースの品格に対して、かわいいと思ったわけではないのだ。エースの品格を見て、エースではなく、野球がかわいいと気づいた。
もっと漠然とした、グラウンド全体をバックネット裏から俯瞰して見たときの、野球というスポーツを現代において構成する営み、過程、信念、楽しさ、辛さ、その他、例えば、大谷グローブなどを含めて、かわいい。
絶対的なかわいい。
「かわいい?」
18番の選手が、首を傾げる。
試合が終わった後の駐車場で、ファンと交流する機会があった。女子プロ野球選手はアイドル的な人気の選手も多く、地方の興行にも多くの人が足を運んだ。二軍戦だと観客も減るけど、コアなファンにとっては選手との交流の良い機会だった。
「はい! 野球ってかわいいですね」
夜空は18番の選手にとって、特に印象的な少女だった。野球がかわいいなんて、思ったこともない。18番も、このくらいの年のころは、野球が好きだった。甲子園を目指すための厳しい練習で、その気持ちは忘れていた。プロ野球選手になってようやく、野球の面白さ、楽しさを思い出したのだ。
「野球やってるの?」
「今日から始めます。帰ったら、素振りします」
「あ、じゃあ、これあげる」
18番は木製バットをケースから取り出した。プロが試合で使うバットだ。
「いいんですか!」
「うん。打撃も自信があったんだけど、プロでは出番がないみたい。指名打者って知ってる? ピッチャーの代わりに、打ってくれるんだって。だから、わたしは使わないの。せっかく用意してもらったから、よかったら使って」
「ありがとうございます!」
小学校四年生が使うには、プロが使う木製バットはかなり重い。家に帰って、さっそく素振りをしてみるが、全く振れない。へなちょこスイングを庭に来た野生の小鳥に笑われる。
夜空の両親はキノコ王だった。キノコ王のお屋敷にある庭は、ミニ野球くらいならできる広さだった。地面も土なので、運動をしても膝に優しい。足首を痛めないように、準備運動は入念に行う。
夜空は、新潟の田舎で生まれた。
ネイビー混じりの黒髪。
星空を映したような瞳。
木製バットは750グラム。
夜空のかわいい指数は100%
最初の敵は小鳥3匹。
一日目、夜空のへなちょこスイングを見ながら、小鳥はピヨピヨ歌っている。まさに、小鳥遊という雰囲気で、小鳥にとって、夜空は恐れるに足りない存在だった。パワーG。ミートG。かわいいSSS。重たさに負けて、波を打つ。スイングの終わり、バットのヘッドが、ペタンと地面に着く。ピヨピヨスイング。汗をかく。お風呂に入る。
二日目、筋肉痛で、腕がプルプル震えている。スイングをしてみるけど、激痛で涙が溢れる。その様子を見て、小鳥たちはピヨピヨ笑う。何も知らない小鳥にとって、人間の努力というのが、ただの自傷行為に見えた。汗と涙を流す。お風呂に入る。
三日目、手にマメができている。木製バットを握るだけで痛い。調べてみると、バッティンググローブというものがあるらしい。家に無かったので、軍手で代用する。スイングすると、マメが潰れて血が出る。軍手の白が、赤に染まる。
小鳥たちは、血を見て引いていた。
ピヨピヨ鳴くのを止めて、息を飲んでいた。
血と汗と涙を流す。お風呂に入る。
十日目、スイングをする。小鳥が飛び飛び立った。
◇◇◇
【名前】…星見 夜空
【性格】…天才
【学年】…小4・10歳
【投打】…右投げ・右打ち
【弾道】…3
【ミート】…1G
【パワー】…5G
【走力】…10F
【肩力】…2G
【守備】…1G
【捕球】…20E
【野手特殊能力】…ムード×
【備考】…野球が最高にかわいいと気づいてしまった
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