100%かわいい
フリオ
プロローグ
第1話 大谷グローブの行方
サンタクロースの格好をした先生が、職員室にいた。
横常 千夏は、学級日誌を取りに来た。小学校四年生にもなれば、サンタクロースが存在しないことは知っている。それでも、見てはいけないものを見た気分になった。どうしてだろう。サンタさんから学級日誌を受け取る。
姿を見られた先生が、慌てた様子だったのも、余計、見てはいけないものを見た気分を増幅させた。別に、慌てることはないのにね。あれじゃあ、あわてんぼうのサンタクロースだ。まだ、12月になったばかりだし。
窓の外は雪が降っていた。学校の廊下は寒かった。千夏から漏れる息も、白く色づいている。窓は結露していて、子供たちのキャンパスになっていた。絵描き歌で、描き方を覚えたアニメキャラが、増殖している。
教室にはストーブがあって、暖かかった。生徒が勝手に電源を点けてはいけない決まりなので、先生は一度教室に来て、ストーブを点けてくれた。それから、職員室に戻ってサンタに着替えたのだろう。
ストーブでは、クラスメイトの星見 夜空が濡れた靴下を乾かしていた。濡れた靴下をストーブで乾かそうとする光景は、よく見たことがあったけど、あれで実際に乾いた例を、千夏は知らない。だいたい、生乾きになる。
千夏は机の上に学級日誌を広げて、日付と今日の授業を書く。埋められる箇所を埋めていく。今日の出来事などの欄は、一日の終わりでないと書けない。創作して書くこともできたけど、ズルはしない。真実を書くのが重要なのは知っている。
千夏は文学少女だった。
やっぱり、他の子が書いた今日の出来事よりも、一線を画すような内容で書きたい。先生におっと言わせるのだ。とすれば、職員室に学級日誌を取りに行ったら、先生がサンタの格好をしていたというのはちょうど良いように感じる。
今日、何事もなかったら、先生がサンタの格好をしていた話を書くことに決める。
千夏が詳細な文章を頭の中で考えていると、サンタの格好をした先生が教室に入ってきた。突然のサプライズにクラスメイトは声を上げて驚いていた。先生が席に着くように促すと、生徒たちはパタパタと自分の席に座った。
ストーブの前にいた夜空も机に戻る。残念ながら、靴下は乾かなかったようだ。慌てて靴下を履いて、嫌そうな顔をしていた。生乾きの靴下を履くときに、気分が悪くなるのは、千夏も共感できる。
静かになった教室を見て、先生は口を開く。
「今日はみなさんにプレゼントがあります」
なるほどサンタさんの格好はそれが理由かと、千夏は納得する。先生は、教卓の下から段ボールを取り出す。段ボールかよ、と千夏は思う。サンタさんのプレゼントというテイなら、それっぽいボックスにリボンだろう。
先生は段ボールをカッターで開ける。
表情を見ると、先生が一番ワクワクしている。
段ボールが開かれる。席に座っていると、中は見えない。どうにかして覗こうとする生徒もいる。千夏はジッと待っている。先生が段ボールから、取り出したのは、一枚の手紙だった。
「『貴校ますますご清栄の事とお慶び申し上げます。
ロサンジェルス・エンゼルス・オブ・アナハイムのメジャーリーガー、大谷翔平です。
この手紙は、このたび私が学校に通う子供たちが野球に興味を持ってもらうために立ち上げたプログラムをご紹介するためのものです。
この3つの野球グローブは学校への寄付となります。
それ以上に私はこのグローブが、私たちの次の世代に夢を与え、勇気づけるためのシンボルとなることを望んでいます。それは、野球こそが、私が充実した人生を送る機会を与えてくれたスポーツだからです。
このグローブを学校でお互いに共有し、野球を楽しんでもらうために、私からのこの個人的なメッセージを学校の生徒たちに伝えていただければ幸いです。
この機会に、グローブの寄贈をさせていただけることに感謝いたします。
野球しようぜ。
大谷翔平』」
野球。
千夏は思わず立ち上がった。
段ボールの中には、3つのグローブが入っているのが見えた。
教室中の視線が集まり、千夏は座った。
野球に対して、何か、運命を感じたわけではない。
グローブ興味を持ったわけじゃない。
千夏は文学少女だった。
文学少女に手紙が届いた。
学級日誌に、書く内容を決めた。
『野球選手になる』
横常 千夏は、そう書いた。
星見 夜空は、次の日の日直だった。
学級日誌に書かれた短い宣言を見て、うんうんと満足そうに頷いていた。
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