第15話 悪の予定人間は虚しい勝利を得る

 いよいよ月山の誕生日がやってきた。

 全てが決着する日だ。

 モチベーションは完璧である。


 今日、サプライズは終わりを迎える。

 僕が終わらせる。

 本日の為に様々な予定を作っておいた。

 どう上手く立ち回るかが重要だろう。


 きっと苦戦が予想される。

 だが、やり通して見せる。

 さあ、サプライズよ。かかってこい。

 僕の予定で叩き潰してやる。


 昼休みが始まり、もうすぐ月山へのサプライズというその時に、僕は大げさに声を上げた。


「あれ!?」


 僕の声を聞いた日野が、首を傾げていた。


「ん? どうした、下田君」


「クラッカーが無い!」


「なに?」


「カバンに入れていたはずなんだ。カバンごと無くなっている」


 ざわめく教室。

 これからサプライズというタイミングでまさかのトラブルが発生だ。

 これが重要である。

 『今から始めるぞ』という時に挫かれるのが、人は最も動揺する。


 しかも内緒のサプライズなのに、教室が騒ぎになる。

 この時点でグダグダ感が増して一気に皆の士気が下がる。

 先制攻撃は成功。

 サプライズに大ダメージが入った。


「と、とにかく、下田君のカバンを探そう」


 そうしてグループの皆が僕のカバンを探し始める。


「あ。下田君のカバン、見つかったよ。これでしょ?」


 あっさりとカバンは見つかった。当然だ。

 僕が事前に見つけやすい場所に置いていたからな。

 そして、僕のカバンを開けた女子が大きな声を上げた。


「なにこれ! 酷い!」


 カバンの中からは大量のクラッカーが出て来た。



 グチャグチャに潰された状態で。



 もちろん、これは僕が事前にやっておいたことだ。

 ちょっとサプライズに対する怒りが乗ってしまったのもあって、グチャグチャに潰されたクラッカーからは、犯人からの悪意が滲み出ているようだった。


「どういうこと? 誰かが下田君のカバンを盗んで、クラッカーを潰したって事?」


「そんな……じゃあ、月山さんへのサプライズは、どうなるの?」


 グループの全員が日野に不安な視線を向ける。

 その視線を日野は黙って受け止めていた。

 さあ、ここからだ。

 どう出る、日野?


 今からまともにサプライズなんてできないぞ。

 これが僕の答えだ。

 だが、以前の反応から日野は僕の考えを読んで対策してそうな気もする。

 それを更に超えなければならない。


 そのための予定は、大量に作っている。

 どんなサプライズが来ても無駄だぞ。

 来るがいい。

 あんたの全てを超えてやる。



「サプライズは、中止しよう」



「え?」


 日野の言葉に、真っ先に僕が疑問の声を出してしまった。

 …………これで、終わり?

 サプライズは、止められたのか?

 僕の勝ちなのか?


 どういう事だ。

 日野は僕の妨害を読んでいたんじゃなかったのか?

 奴は言っていた。『サプライズはどうしてもやり遂げなければならない』と。

 あの時は凄まじい気迫を感じた。

 だからこそ、もっと粘ってくると思ったのに。


「仕方ないさ。騒ぎが大きくなりすぎた。もうサプライズどころじゃない」


 本気でサプライズを中止するようだ。

 日野は寂しそうな目をしている。

 もしかして、僕がここまでするとは思ってなかったのだろうか。

 確かにクラッカーを潰したのはちょっとやりすぎただろうが。

 それが日野の中でショックだったかもしれない。

 でも、悪いな。

 手加減したら、サプライズは止められなかったんだ。


 とにかく、これで決着。

 思ったよりあっさりだったが、僕がサプライズに勝ったのだ。



「……許せない」



 その時、女子の一人が呟いた。

 そして、それが周りに伝染していく。


「誰だよ! こんなことやったの!」


「クラスの誰かに決まってるでしょ! 最っっっ低!」


 恐ろしいほどの悪意。

 クラスの全員が怒り狂っている。


「絶対に犯人を見つけ出してやる!」


 そして、犯人探しが始まる。

 更なる憎悪が広まっていく。


「下田ぁ! てめえがカバンを盗られたせいだぞ!」


「ご、ごめん」


 僕はあくまで被害者を演出する。

 そうする事でクラスの空気は更に悪くなる。

 その結果……



「やめろ!!!」



 『王』である日野は、止めざるを得ない。

 日野がいい奴なのは、この前の会話で分かっていた。

 悪いけど、それを利用させてもらう。

 こんな僕を悪人と呼ぶのなら、そう呼べばいい。


「誰かのせいにするなんて、やめよう。犯人探しもしなくていい。そんな事に意味は無い」


 王の言う事は絶対だ。

 これで犯人を捜す空気は萎んでいく。

 だが、簡単に悪意はなくならず、グループの恨み言は続いていた。


「なんで犯人は、こんな事をやったんだろう?」


「人を困らせて、喜ぶクズなんだよ。そういう奴、いるよな」


「あたしたち上位グループに嫉妬してたんだろうね~。よくある話だよ」


「陰湿すぎる。気持ち悪くて吐きそう。同じ空気を吸ってると思いたくない」


「きっと病気なんだよ。友達も彼女もいないんだろうな。誓って言うけど、そういう奴の将来って、絶対に惨めになるよ」


 まるで世界中の全ての人間から『死ね』と言われているようだった。


「楽しいサプライズになるはずだったのに。どうしてこんな……酷いよ」


 泣いている女子もいた。

 最初の日、今泉から僕を庇おうとしてくれた子だ。

 一瞬、日野と目が合った気がした。


 奴は言っていた。

 『誰も悪者にならない世界がいい』……と。

 もしかすると、彼はそんな道を模索していたのかもしれない。

 そう思うと、責められているような気がした。


 『もっと良いやり方があっただろ』……と。


 悪いな。これが僕のやり方だ。

 こうするしかなかったんだ。


 ………………くそ。


 だから、サプライズは嫌いだ。

 そんなもの、最初からこの世界に存在しなければ、誰も傷つく事は無かったのに。


 言える事は、ただ一つ。

 これで月山は悲しまなくて済む。

 それだけでいい。

 僕が欲しいのは、その結果だけだ。

 そしてこれは僕が決意してやった事だ。

 だから、後悔は無い。


 僕はこの虚しく不毛な戦いに、勝利したのだ。

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