第14話 予定人間、陽キャグループの王と約束をする

 日野グループに潜入して数日が過ぎた。

 僕も少しずつ慣れてきたようで、だんだんと対応に疲労が無くなってきた。

 そんなある日、日野がグループ全体に対して声を上げる。


「みんな、聞いてくれ。月山君へのサプライズは最高のものにしたい。そこには絶対に外せないポイントがある」


 月山へのサプライズにはポイントがあるらしい。

 奴のこだわりというわけだ。


「究極のサプライズとは、究極の盛り上げ。そこに必須なのは『クラッカー』だ」


 そうだな。日野はいつもサプライズには大量のクラッカーを使う。


「逆に言うなら、クラッカーが無ければ、サプライズをする意味も無い。クラッカーは絶対の神具なのだ! クラッカーが無いサプライズなど、やらない方がマシだ!」


 今、なんと言った?

 クラッカーが無いサプライズは、やらない?


 それは逆に言えば、どうにかしてクラッカーを潰せば、サプライズも中止させる事ができるんじゃないのか?


 これに賭ける価値はある。

 サプライズの弱点を発見したかもしれない。

 やってみよう。クラッカーを潰して、サプライズを崩壊させるのだ。


 一瞬で僕の脳内で予定が組み上がる。

 サプライズを潰す必勝の予定。

 そうして全ての予定表の制作が完了した。

 後は実行するだけだ。


「日野君!」


「む、どうした下田君?」


「クラッカーは、僕が用意したい」


「ほう? いいだろう。君をクラッカー係に任命する!」


 僕自らがクラッカー係となる。

 自分で用意したクラッカーを自分で潰す。

 いわゆるマッチポンプというやつである。


 これで日野グループに被害は出ない。僕なりの配慮でもある。

 この作戦が決まれば、日野はサプライズを中止するはずだ。


 完璧なサプライズにこだわるのが奴の弱点。

 意気消沈させて、サプライズをやめさせるのだ。


「頼んだぞ、下田君」


 無事にクラッカー係に選ばれた。

 後はクラッカーを購入して使用不能にするだけ。

 決行するのは月山の誕生日の当日だ。

 買い直す時間を与えないように、ギリギリで実行するのがポイントである。


 わざわざ苦労して日野グループに入った甲斐があった。

 これで僕にも勝率が出てきたぞ。

 放課後、僕はさっそくクラッカーを購入する。

 後は当日までひたすら待つだけ。


 そうして、準備を終えて家に帰ろうとしたら、日野と鉢合わせをした。


「やあ、下田君じゃないか。クラッカー係、おつかれさん!」


 日野の奴、珍しく単独行動をしていたらしい。


「ちょっと、そこで待っていてくれ」


 そのまま、コンビニの方へ走り出す日野。

 帰って来た時にはアイスを2本、手に持っていた。


「ほら、俺からの奢りだ。今日は暑いからな。食え」


 そうして、嬉しそうな表情でアイスを差し出してきた。


「なあに。金の事なら気にするな。俺は金持ちなんだ。なんたって、医者の息子だからな。ふははは」


 こいつ、本当に行動が読めないな。やりにくい男だ。

 とはいえ、その部分も考慮してたくさん予定を立てたので、対応は可能だ。

 ここで断るのは印象が悪い。

 甘んじて受け入れるのが吉だろう。


「ありがとう、いただくよ」


 用意していた台詞を言って、アイスを受け取った。

 ちなみにアイスは僕の大好きなチョコバーだった。


「下田君、そのアイスが好きだろ? 既にリサーチ済みなのだよ。どうだ? これは俺からのサプライズだ」


「おお、大正解だよ。驚いたな~」


「ふふふ、今回のサプライズは、少しは下田君の心に響いたか?」


「うん。ビックリした」


「…………いや、あまり響いていなかったみたいだな。残念」


 なにがおかしいのか、笑いながらアイスを食べ始める日野。

 僕の方は少しドキリとした。

 色々と見透かされているみたいだ。

 やはり、日野が最も厄介かもしれない。


「俺はな、サプライズが大好きなんだ。なんと言えばいいかな、人が驚いた顔を見るのが好きなのだ。性格悪いだろ? ふふ」


「そんな事ないよ」


 これは本心だ。

 少なくとも、性格が悪いってのに関しては、僕の方が上だろう。

 日野が悪いわけではない。

 悪いのはサプライズと、それを絶対正義とするこの世界だ。


「だが、下田君は俺のサプライズでは、心が動かないようだ。前の誕生日サプライズの時もそうだった」


「そんな事ないよ。凄く驚いたよ。やっぱり、日野君は凄いね」


「くく、嘘をつくなよ。俺はそういうの、分かるんだぜ」


 くそ、完全に見透かされている。

 本当に厄介な男だ。

 日野はそんな僕を見て、なぜか嬉しそうに笑っていた。


「どうも下田君は、先読み能力が強いようだ。いや、違うな。どちらかと言うと、異常な執着か。例えば、予定を作るのが好きで、それに見立てて色々と先読みをしている。こんなところか」


 こいつ。そんな事まで分かるのか!?

 超能力者かよ!


「なんか、色々と詳しいんだね」


「まあ、精神科医の息子だからな」


 そういえば、日野は医者の息子の地位を持っていた。

 精神科医だったのか。

 人の心理とかも詳しいようだ。成績も学年でトップだった。


 高スペックな上にこんな芸当まで持っているとは、本当に反則じみた男である。

 日野はアイスを食べ終えた後、立ち上がって空を見上げた。



「下田君がやろうとしている事を、止める気は無い」



 どういう意味だ。

 僕のやる事が分かっているのか?

 でも、止めない。

 つまりサプライズを潰すことを見過ごしてくれるって事なのか。


 もしそうなら、いっそここで日野に全てを話してしまうか?


 月山はサプライズが嫌いで、それをやめて欲しい。その事を直接伝える。

 今の日野なら、それを分かってもらえる気がする。


「だが、俺も今回のサプライズを止めるつもりは無い。このサプライズは、どうしてもやり遂げなければならないんだ」


 なんだそれ。

 やっぱりサプライズを止めないって事か。

 クラスの王である日野は、皆の期待を裏切るわけにはいかない。そういう事なのか。

 そのまま立ち去る直前、日野は意味深な台詞を残していった。



「なあ、下田君。があれば、いいな」



 悪者? 悪者ってなんだ?

 僕の事か?


「君のやる事の邪魔はしない。その代わり、一つだけをしてくれ」


「約束?」


 その日、僕と日野は一つの約束をした。

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