第3話 サプライズ大嫌い同盟

「あたしさ、サプライズって嫌いなんだよね~」


 ほう? サプライズが嫌い……ね。


「あ、ごめん。今の忘れて。このクラスでこんなこと言ったら、ダメだよね」


 月山は慌てて口元を抑えた。

 この世界クラスにおいて、確かに今のは失言だろう。

 だが……


「いや、今の話、続けてくれないか?」


「…………へ?」


 月山が信じられないものを見るような目で僕を見てきた。


「僕も同じだ。サプライズが嫌いな、バグったゴミ虫だよ」


 月山と同じようにをしてしまう僕。


 おいおい、僕はなにをやっているんだ。

 『現状維持』はどうした?

 自分の気持ちなんて、隠して生きていくんじゃなかったのか?


 そんな心の声が聞こえて来たが、それ以上に月山に対する興味の方が僕の中で上回ってしまった。

 こんなのは初めてだ。

 教室で同じ『バグ』と出会えたことが、僕はよほど嬉しかったらしい。


「へえ。やっぱり下田君も、同じなんだ。うん、そんな気がしたんだよね。あたしたち、仲間だね!」


 月山も同じだったようで、彼女は目を輝かせていた。意外と感情豊かなタイプなのかもしれない。

 本当に、嬉しそうな表情だ。

 僕みたいなゴミ虫のバグが同類で嫌じゃないのかね。


 まあ、やってしまった事を後悔するのは非効率だ。

 僕としても、一人くらいは胸の内を明かしたい相手が欲しかった思いもあった。

 人と関わらなさそうなあの月山が話かけて来たんだ。

 しかも、それがタブーとされるサプライズの否定。

 これで興味を持つなという方が無理な話だ。

 向こうが本音を出してきたのならば、こちらも本音を見せるのが礼儀というものだろう。


「ただ、ちょっとだけ声のトーンを落とそうか。僕らの話は日野グループに聞かれたらまずい」


「う、しまった。ごめん」


 さっきの大きなため息もそうだが、月山の声は目立つ。聞かれていたんじゃないか?

 まあ、日野グループはでかい声で盛り上がっているから、大丈夫だとは思うのだが……


「あたし、思った事が勝手に口に出ちゃうことがあるんだ。はあ~」


 項垂れる月山。

 なんとドジッ子という意外な属性を持っていたようだ。

 ただ、彼女の絵を思い出すと、なんとなく分かる気がする。

 月山は僕と違って、本音を隠すのが苦手なのだ。

 愚直とも言えるくらい真っ直ぐで、正直な性格だ。

 本人が隠そうと思っていても隠しきれない強い意志と自我を持っている。

 まあ、それくらいの心が無ければ、あんな絵は描けないか。


 だからこそ、上位グループが絶賛するサプライズというには流されない。

 そんなのは関係なく、自分の好き嫌いをはっきりして、その思いが自然と溢れ出す。

 まさしく自由だ。

 その性格が周りから好かれるかと問われると、難しいだろう。

 むしろ嫌われる危険性の方が高く、空気を読む事ができない無能人間の烙印を押されてしまう。


 だが、好みで言えば、僕はそういったタイプの人間が好きだ。

 ま、単純に『サプライズ嫌い』という部分に同調しただけかもしれないけど。


「ねえ。下田君は、サプライズのどこが嫌いなの?」


「世の中には、驚かされるのが好きじゃない人間も存在する」


「あ~分かる。だよね~」


 声のトーンを落とした事で必然的に距離を縮めてくる月山。


 …………って、近っっ!?


 この子は距離感や人の目を気にしないのだろうか。

 いや、そういうのを気にしない自由さが、月山らしさと言えるのかもしれない。

 そんな様々な意味での自由人である月山が、神妙な面持ちで語り始めた。


「祝ってくれるのは嬉しいよ。でも、いきなりビックリさせられたら、感謝より『怖い』って気持ちの方が上回っちゃうんだ」


 そう、苦手な人間にとってサプライズはでしかない。

 特に予定を重視する僕にとっては、予想外のアプローチは計り知れないほど恐ろしい。

 これがサプライズが苦手な理由その1。

 他にもある。


「それと、『目立つのが苦手』という人間にとって、大げさに盛り上げられるのは非常に困る」


「うん! それ!」


 完全に共感してくれた月山が指を刺してきた。

 分かる人には分かるようだ。

 スポットライトを当てられたくない人間だっている。

 例えば、僕みたいな変人は自分を隠して生きていかなければならない。


 その手の人間にとって、大げさに祝われて事を大きくされるのは本当に勘弁だ。

 まあ、この二つはまだ許容範囲だ。

 ここからが最大の問題点となる。

 サプライズが流行っているこのクラス『限定』で決定的に厄介な価値観が発生している。


「あたしが一番嫌なのは、サプライズでうまく反応できなくてになった時。それで周りから呆れられたりする。思い出したら、泣きそうになる」


 これだな。

 露骨に嫌な顔はされないだろうが「うわ~こいつ、反応薄いな~」みたいな相手の心の声が聞こえてくる。

 実際は違うかもしれないが『そう思われているかもしれない』と感じてしまう事が大きなストレスなのだ。


 ただ、それだけなら別にいいんだ。

 この『サプライズが絶対正義』とされている今のクラスの空気は、そんなレベルじゃない。

 僕からすると、もはや『狂っている』としか言えない現象が起きていた。


 月山は『呆れられたりする』と言っていたが、あれはそんな生易しいものじゃなかった。

 月山が絵のコンテストで受賞した翌日、彼女を祝うつもりのサプライズが行われた時の事を僕は思い出した。

 あの地獄は、二カ月前の出来事だ。

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