エピローグ②
あれから二週間ほどが経った。
『神の不在』を謳うカルト集団は、見事に瓦解を始めた。
それは、資金を提供していた教会内部の大司教の一人の名前が挙がり、粛清されたからだろう。
どうやら、聖女ありきの教皇を失脚させるべく、カルト集団に加担していたらしい。
ゲームをしていたイクスも詳細までは把握していなかったため、話を聞いた時は「へぇー、そうなんだぁ」と少しの驚きと大半の興味のなさを見せた。
アルルやゼニスといった、集団のボス的な立場の二人が協力的でなければ尻尾は掴めなかったはず。
二人や他の男達の処罰は分からないが、一度選択を投げた身としては少しでも軽くなってくれるのを祈るばかりだ。
そして、事態の収束が見えてきたということで、イクス達は世界で最も穢れのない場所から出て行かなければならなくなり―――
「やーだー! イクスと一緒にいるー!」
荷物を纏めているイクスの背後から服を引っ張るソフィー。
子供らしいというかなんというか。
イクスも「聖女もちゃんと人間なんだなぁ」と、微笑ましい感情を抱いた。
「と言ってもなぁ……本来はお兄ちゃん、ここにいちゃいけない人間なんだよ。ほら、男子禁制の更衣室にお兄ちゃんが紛れ込んだらおかしいだろ?」
「……イクスになら見られてもいいもん」
「大人になってから、もう一度同じセリフを聞かせてくれたら喜んで———」
「何を仰っているのですか」
スパァァァァァァァァァンッッッ!!! と。
破壊音にも似た音がイクスの頭部から響き割った。
「そういうのは、現在進行形で見る価値のある私に向けて言うセリフです。何を今の内から未来から希望を託しているのですか」
「……………」
「しゅ、主人……大丈夫か? その、首がおかしな方向に曲がっているぞ?」
「イクス、大丈夫?」
荷造りを手伝っていたクレアと、ソフィーがイクスの顔を覗き込んで心配する。
気にしないでと言いたいところだが、本当に痛くて何も声が出てこない。
まったく、女の子の嫉妬は可愛いなぁ! なんて、背後でスリッパを片手に頬を膨らませるセレシアに言ってあげたかった。二度目がないように。
「ソフィー様、あまりご主人様を困らせてはいけませんよ。ご主人様だって、ソフィー様と離れ離れになるのは寂しいのですから」
「あ、あぁ、そうだとも! 主人はソフィーのことが好きだからな、きっと寂しく思っているはずさ!」
「……ほんと?」
「もちろんだ!」
イクスは首を手で捻って強制的に元に戻し、ソフィーの方を向く。
そして、力強く頷いた。
「こんな可愛い妹と離れ離れになって寂しく思わないお兄ちゃんがいるか!? この前のクッキーだって、お兄ちゃんは未だ食べずに保管してあるんだぞ!? 額縁があるなら額縁を着けて飾って入館料をせしめたいぐらいだ!」
「正直、ここまで寂しがっていたとは思わなかったぞ」
「むぅ……もしや、私の
予想以上に入れ込んでいたご様子。
力説するイクスを見て、クレアは頬を引き攣らせ、セレシアはさらに頬を膨らませた。
「……分かった、イクスが我慢するらな私も我慢する」
「分かってくれたか、いい子だぞソフィー」
「で、でもっ! たまにでいいから遊びに来てね! お手紙も、いっぱい書くから!」
「………………」
土下座してでも、残らせてもらおうかな?
なんて、妹の可愛らしさに当てられて一緒にいようとするイクスであった。
しかし、そのあとすぐに何かを思い返したかのように二人を見る。
「そういえば、二人共。ありがとうな」
「ん? どうしたんだ、主人?」
「いきなりお礼など、珍しいですね」
「いやさ、ちゃんと言ってなかったなーって……ほら、あのカルト集団と戦ってくれただろ?」
本当にいまさらなことに、セレシアもクレアも首を傾げる。
「ぶっちゃけ、セレシアとクレアがいなかったらしんどかったし。あのお姉ちゃん、普通に強くてさ。二人でこられたら流石に死んでたし……セレシアもクレアも、体を張って戦ってくれたじゃん」
何を言ってるんだろう、と。クレアは思った。
確かに、自分は薄水色の髪をした女性と戦った。まったく役には立っていなかったが、それでも立ち向かおうとしたのは一年生と……聖女を助けたかったからだ。
助けたエミリア達からお礼を言われるのであれば、言われるのも分かる。
だが、同じように体を張って自分以上に拳を握ったイクスからお礼が飛び出るのはおかしな話。
しかし、意が分かったのか。
セレシアは頬を緩め、熱の篭った眼差しを向けて小さく頭を下げた。
「もったいなきお言葉です。ご主人様の優しさのお力添えができたのであれば、これ以上の本望はございません」
「お、おぅ……どうした? 滅多に見ないメイド臭が漂ってお兄さんは少し怖いぞ」
「ふふっ、では怖がらせないようご主人様が大好きで見慣れているメイドスタイルでお返事します♪」
「うぉい、やめろ抱き着くな頬擦りするな! ここには可愛い妹が見てるんだぞ教育に悪かったらどうする!?」
抱き着いてきたセレシアを必死に引き剥がそうとするイクス。
本来なら親しい美少女からのスキンシップはばっちこいなのだが、いかんせんここにはソフィーがいる。
嫌われないためにも、現在進行形で頬を膨らませているので今すぐにでも引き剥がさなければッッッ!!!
「ご主人様」
「まずは離れろお前———」
「お疲れ様でした。やはり、ご主人様は最高にかっこいいです」
突然の労いに、イクスは思わず固まってしまう。
疲れた、本当に疲れた。
主人公との決闘から、大きなことに巻き込まれた。
それでも、ちゃんと誰かの笑顔が守られ、自分もどこか強くなったような気がする。
だから、イクスは―――
「当たり前だろ、俺は
どのヒロインのルートでも死ぬ悪役。
認めたくなくて、今日という日まで生き残るために力を磨いてきた。
今回も、実際のシナリオとは違うものの、しっかりと己の身に降りかかる破滅フラグがあった。
でも、関係あるか。
これからも、イクスはヒロイン達から生まれる破滅フラグを実力で叩き折っていく―――
「といっても、流石にしばらくは落ち着きたいところだな! もうしばらくはゆっくり鍛錬でもしたいっ!」
「ご主人様、アリス様からもらった通信用の魔道具が鳴っていますよ?」
「……ほんと、スマホみたいだな―――もしもし?」
『あ、もしもしイクスくん!? あのさ、今ちょっと大丈夫!?』
魔道具越しから聞こえてきた少女の声。
どこか焦っているように聞こえ、イクスは思わず首を傾げる。
そして———
『あ、あのさ……その、土地がほしいって言ってたじゃん? あの件で、お父さんがイクスくんに会いたいって……」
……変なフラグが立ったなぁ。
なんて、少し前の自分のセリフが無事に回収されたことに、イクスはさめざめと泣くのであった。
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お久しぶりです、楓原こうたです。
本編、完結になります!
最後までお付き合いしていただいた読者の皆様、ありがとうございました!🙇💦
【書籍化決定】悪役貴族が開き直って破滅フラグを"実力"で叩き折っていたら、いつの間にかヒロイン達から英雄視されるようになった件 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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