家族
自分だって、善と悪ぐらいの区別はついている。
皆から幼いと呼ばれる年齢だったとしても「やってはいけないこと」ぐらいは理解しているつもり。
今やっていることは、もちろん悪だ。
まだ誰も殺したことはないが、殺そうと動いている自分は間違いなく悪だろう。
でもきっと、仲間の皆は……
何せ、同じ集団に属しているにもかかわらず、実行する時は除け者。皆よりも強い私が「切り札」だからと参加させてすらもらえない。
私達は有象無象の悪党集団だ。
存在自体がそもそも誰かの幸せを奪っており、皆が皆家族でも友人でもない。
同情する必要もない、愛する必要もない、身を慮る必要もない。
けれど、時折感じてしまう───皆、自分を家族のように接してくれる、と。
姉だったり、娘だったり、姪だったり。
傷の舐め合い。でも、正直に言う……心地がよかった。
全てを奪われた私にとって、第二の家族と言っても差し支えない。
きっと、今日私を参加させてくれたのは、皆がもう一緒にいられないからだ。
捕まる人もいると思う、運よく逃げられる人もいると思う……死んでしまう、人もいると思う。
所詮は学生。しかも、一年生しかいない時だ。
そんな自分達が遅れを取るとは思えない───けれど、ゼニスは言っていた。学年に何人かは化け物みたいな者が入学してくるのだと。
それは事実、当たっていた。
私も自分が化け物な部類に入っていると思っていたけど、同じぐらいの化け物がいた。
だから、最後ぐらいは皆で……ってことなんだと思う。
そういえば、ゼニスがここを襲撃する前に言っていた───
『聖女を殺す時は呼んでくれ。逆に負けそうになったら逃げてほしい……大丈夫、私達も分が悪いと思ったら尻尾を巻いて逃げるさ』
流石の私も分かる。
私に殺しをさせたくなくて、自分達は逃げるつもりなんてないくせに私を生かそうとしていることぐらい───
(許してほしいですね……)
頬に走る痛みに耐えながら、アルルは体を起こす。
少し先には、聖女を守るように校舎の前へ立ちはだかるイクスの姿が。
相手は満身創痍。けれど、片腕をもがれ、巨人を倒されてもなお魔力が尽きる様子もない。
一方で、アルルの方は魔力が残り僅かだ。
所詮、スペックがぶっ飛んでいても、魔法頼りの女の子。
魔力が尽きてしまえば、どこにでもいる女の子とそう変わらない。
言いつけを守るのであれば、残りの魔力を振り絞って逃走に費やした方がいいのだろう。
だが───
「堕ちる時は、一緒……ですッ!」
アルルは駆け出す。
全身の痛みを堪えながら。
聖女さえ殺してしまえば。
女神の御使いとして崇められている彼女が死ねば、神は「そもそも存在しない」のだと証明ができる。
何せ、自分唯一の駒を放棄するような所業なのだから。
他の人に聞けば「馬鹿じゃないの?」と思うかもしれない。しかし、信徒だった自分は分かる───それが、どれだけ信徒に事実を突きつけるものなのかということを。
「私だけ逃げるってのは、無理な話でいやがりますよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」
イクスの懐に潜り込む。
赤い線が振るわれ、触れた瞬間にアルルの体が燃え上がった。
耐えられるだけであって、痛いのは痛い。
それでも、アルルはイクスの背後に回って拳を振るった。
案の定、目が慣れたイクスが首を捻り、空を切る。もう一度アルルの頬に赤い拳が突き刺さった。
───だが、それでいい。
「最後の、最後……ッ!」
アルルの体は聖女のいる校舎の壁まで吹き飛ばされる。
アルルは獰猛に笑い、残りの魔力を振り絞って校舎へ拳を叩き付けた。
「さぁ、
校舎が、崩れ落ちる。
♦️♦️♦️
もちろん、イクスの邪魔にならないようにしていたエミリアは屋上に残ったままだ。
校舎が崩れれば足場は消え、エミリアの体は瓦礫と共に落下する。
「ッ!?」
突如訪れる浮遊感。
戦闘に慣れていないエミリアが対処できるわけがなく、落下という事実と恐怖が一気に襲いかかる。
(死、ぬ……ッ!?)
助けを求めたかった。
けれども、落下の速度と風圧で上手く声がでない。
さらに崩れる順番が遅い瓦礫が、エミリアの上から落下してくる。
上手く着地できたとしても、上からの瓦礫に押し潰されて……まず助からないだろう。
(英雄様……ッ!)
思わず目を瞑り、少年の姿を思い浮かべてしまった。
一度死にそうになった自分を助けてくれた
今もなお、自分のために拳を握ってくれた少年。
思い浮かべたところで、どうなることもないはずなのに。
しかし、それでも───
「……一度「助けたい」って認めたんなら、最後まで突き通すべきだろ」
ガガガガガガガガガガガガガッッッ!!! と。
瓦礫の崩れ落ちる音が一気に耳に響き渡った。
浮遊感もいつの間にか消え、覚悟していたはずの死が一向に訪れない。
その代わり、体を包み込む体温だけが……聞きたかった声と共に訪れる。
「大丈夫か? もし大丈夫じゃなくても、擦り傷ぐらいは多めに見てほしいところだけど」
ゆっくりと目を開ける。
そこには、額から血を流しているイクスが、自分の顔を覗く姿があった。
崩落に突っ込み、エミリアを宙で受け止め、そのまま瓦礫から守った。
文字通り───身を呈して。
恐怖から解放されたエミリアの瞳に、思わず涙が浮かんでしまった。
「えいゆう、さまぁ……!」
エミリアが無事なことを確認したイクスは安堵した表情を見せたあと、エミリアをゆっくり座らせて立ち上がる。
彼が向かう先は───瓦礫の傍で膝を着く、アルルの姿が。
「……そろそろ終わりにしよう」
殺せなかった。
その事実に打ちひしががれているのか、アルルは呆然とイクスを見上げるだけだった。
そして───
「……………………ぇ?」
アルルの口から、そんな声が漏れた。
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