やり残したこと

 ゼニスの家は、いわゆる信徒の家系だった。


 と言いつつ、単に親の代から宗教にのめり込み、ゼニスが影響を受けたというだけ。

 とはいえ、信徒になってからというもの……ゼニスの家には笑顔が広がっていた。


『神は誰もを笑顔にさせるべく動き、信徒も主たる神の意を尊重せよ』


 優しくなった。

 困っている人がいれば手を差し伸べ、常に両親は誰かに寄り添おうとした。

 結果、領民からの支持は上がり、皆領主である両親を慕うようになる。

 ゼニスも、そんな親の背中を見て「自分も」と、主たる女神の存在を信じて信徒になった。

 一人の妹も、姉の背中を追うように教会に通い始めた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 私ね、今日神父様に褒められたの!」

「あぁ、そうか……お前は真面目で優しいからな、神父様が褒めてくださるのも分かるよ」


 しかし、そんな日も悲しいことに終わりを迎える───


「お、と……お母、さん?」


 両親が殺された。

 救いの手を差し伸べようとした人から、搾取されるような形で。

 要するに、貧困を名乗って屋敷に侵入し、金目のものを盗むために隙を見て両親を殺したのだ。

 それは、ゼニスが王都の学園から帰ってきた時に発覚する。

 妹も……両親の傍らで、両親と同じ道を辿っていた。


「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 両親が死に、満足に領地経営の術を学んでいないゼニスが維持できるわけもなし。

 初めは親族や知人の貴族が手を貸してくれたが搾取され……ついに、ゼニスの家は没落してしまう。


 ───神を恨んだ。


 あぁ、信じた神はクソッタレだったと。

 あれだけ熱心に信じ、教えのために尽くしていたのに、何も救ってくれなかった。

 神は結局……いないんじゃないか。


 そう思い、途方に暮れていた時にゼニスは今の集団に出会った。

 皆、同じ不幸を背負い、神に見捨てられ、現実を思い知った者達。

 彼らは神の不在を証明し、自分達と同じ末路を辿る人間が現れないように立ち上がったのだとか。


 ───ゼニスは優しい女の子だ。


 自分のような不幸な誰かを生まないように、立ち上がろうと決意するのに時間はかからなかった。

 それがたとえ、己が悪党に染まったとしても。

 幸いにして、ゼニスは学園の中でもかなりの実力者だった。

 有象無象が集まり、まともに教育を受けていない人間の中よりも優れ、やがて集団内で発言力が増していく。


 クズな教会内部の大司教……欲に駆られ、自分の立場を上げるために利害が一致した自分達に資金を提供し、仕事を与える。

 仕事をこなし、自分達は聖女を殺すために動く日々を、ゼニスは送っていた。


 そして、ある日のことだった───


「私も、あなた達の仲間に加えてください……絶対に、神様はいないんだって証明したいんです……ッ!」


 村が焼き捨てられ、そこで生き残った女の子が現れた。

 ゼニスと同じ境遇。村の人間が行き倒れている人を神の教えに従って救った結果……村が焼かれてしまったらしい。

 結局、その人間は野盗で、殺戮を楽しむクズだったという。

 その少女───アルルは、酷く復讐心に駆られていた。

 絶望のドン底にいた。

 野盗は結局国に始末されたのだが、アルルの気は全く晴れなかった。


 ───ゼニスは、アルルを妹と重ねてしまった。


 妹はこんな顔はしてないのに。

 妹はこんな絶望めいた復讐心に駆られていたことはないのに。

 ただ、同じ歳ぐらいのアルルに最愛の妹を重ねてしまったのだ。

 同じ釜の飯を食べ、一緒に時を過ごしていくにつれて、その想いは強くなってしまう。

 それは決してゼニスだけでなく、他のメンバーも同様に家族のような印象をアルルに抱いた。


 普段は明るい子なのだ。

 ただ根強い復讐心があるだけで、もしも彼女の身に降りかかった不幸がなければ、可愛らしい女の子のまま綺麗な青春でも謳歌していただろう。


 あぁ、分かっているとも。

 誰かを殺そうとしている自分が、自分の大切なものを幸せにしたいなどとお門違いもいいところなのだということは。

 大切な、もう一つの家族。

 それでもアルルだけは、誰も殺してほしくない。生き残ってほしい。


 だから───



 ♦️♦️♦️



「………………ぇ?」


 アルルの口から呆けた声が漏れる。

 その表情は驚いているような、信じられないといったような、そんなもの。

 イクスもまたアルルと同じように驚き、目を見開いてしまう。


 何せ、が、割って入るようにして現れたのだから。


「…………ぅ……ぁ……」


 どうやっていきなり目の前に現れたかは分からない。

 ような気がしたが、そんなことは二人も気にしなかった。

 それよりも、肩口から腰まで斬られた深い傷と、そこから溢れる血に意識が向いてしまって。


 明らかな重傷。

 足は今にでも崩れ落ちそうなほど覚束ない。

 うわ言を呟くだけで、イクスに視線すら向けられていなかった。

 それでもなお、アルルを庇うようにしてイクスの前へと立つ。


「ゼ、ゼニス……?」


 アルルの声に、ゼニスは応えない。


「………………」




 さぁ、皆が待っている地獄へ向かう準備をしよう。

 その前に、アルルやり残したことだけはしっかりと守らやり切らなければ。

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