私は彼と似ていない

(あー……久しぶりですね、痛いと思うのは)


 広大な敷地に投げ出されたセレシアは、芝生の上に寝そべりながら空を見上げる。

 ここ最近、剣を握るイベントがなかったと言われたらそれまでなのだが、セレシアはそもそもあまり敗北を知らない。

 黒装束の男達を大勢相手にした時も、然程傷を負うことなく勝利を勝ち取ってきた。


 自分に勝てるイクスとだって、鍛錬以外で本気でり合うことなんてあまりない。

 だからこそ、こうして自分が仰向けになっている現状が久しく感じた。


(……あー、ほんと体が痛いです)


 だからといってここで終いにする理由はない。

 セレシアは体を起こし、ゆっくりと歩いてくるゼニスの姿へ視線を向けた。

 クレアは一撃の巻き添えを食らったのか……少し離れた場所で倒れている。

 胸が微かに上下しているのを確認し、セレシアは胸を撫で下ろす。

 とはいえ、気絶しているのは微動だにしていないことから分かるだろう。


(まぁ、責める気にはなれませんが)


 何せ、だ。

 正確に言うと、無数の金属が腕に纏わりついている。

 明らかに「タダでは済まない」ほど重たいのだと、一目で分かるぐらいの大きさ。

 だからこそ、あの一撃があったのだろう。自分の持っていた剣も中に入っており……自身の服も、何かに引っ掻かったように破れている。

 流石にアレに巻き込まれて「さぁ、もう一度立ち上がれ」と言うのは、学生の身であれば酷というものだ。


「これで終わるかい?」

「いいえ」


 セレシアは自然と、口元に笑みを浮かべる。


「こんな臨場感のある戦いを放置するほど……私は草食ではありませんよ」

「……素晴らしい向上心と言うべきかなんというか。君も随分変わっているね、愛らしいレディーは、はて一体誰に毒されたのかな?」


 その言葉を聞いて一瞬、セレシアの脳内にイクスの姿が思い浮かんだ。

 しかし、セレシアはすぐに否定する───


(誰よりも彼の影響なわけがありません、ね)


 セレシアは知っている。

 イクスが本当は心の底で戦いを嫌がっていることを。

 それでも、自分の評価のため、自身の命のため、そして……心のどこかにある「他者を守りたい」という優しさのために、彼は拳を握っている。

 それを、従者わたしは───よく知っている。


「今の私は、恩義のためだけに彼に付き従っているのではありません」


 セレシアは腰を落とす。


彼だからこそ、お慕いして付き従っているのです」

「……妬けるね」


 ゼニスもまた、巨腕の拳を握る。


「君みたいな子は、どこかの誰かに似ていそうだから余計に殴り難いんだ」


 一斉に地を駆ける。

 肉弾戦一本。とはいえ、ゼニスが腕を振るうと、校舎からパイプのような金属が一斉に襲いかかってきた。

 十本、いや二十本は越えるぐらいだろうか?

 セレシアは持ち前の身のこなしで躱していく。

 徐々に距離が詰まり、ようやく互いの拳の間合いに。


「随分と仲のよろしいメイドがいらっしゃったのですね……様」

「……私が誰か知っていたのかい?」

「えぇ、ご主人様のために色々調べるのはメイドの役目ですので」

「なら先んじてとりあえず訂正しておこう……メイドではなく、妹だ。素直でいつも私の後ろをついてくる可愛い女の子だよ」


 セレシアの蹴りが片腕に防がれる。

 そのタイミングを見計らい巨腕が振るわれるが、体勢を落としたセレシアの頭上の空を切った。


「ゼニス・イルーツ。没落した子爵家のご令嬢様ですよね?」

「……君とは年齢が離れているとは思うのだが、よくもまぁ昔のことを知っているものだ」


 だからといって、何が変わるわけでもない。

 容赦をするわけでも、見逃すわけもない。

 ただただ、圧巻とも呼べる近距離戦闘インファイトが繰り広げられていくだけ。

 その最中、

 しかし、二人の攻防は変わらない。

 他者が介入することもなく、拳と蹴りが───


「ッ!?」


 セレシアの体が巨腕に叩かれ、吹き飛ばされてしまった。

 ピンポン玉のように。無数の金属に引っ掻かれたのか、少しばかり血を撒き散らしながら地面を転がる。

 その時───


「ようや、く……私も主人の役に立つ時がきたぞッ!」


 ゼニスの巨腕の死角。

 そこにいつの間にか起き上がったクレアの体が現れる。

 ようやく現れた、第三者の介入。

 拳を叩き込むことはしない。その代わり、クレアは唇を噛み締めて自身の体をタックルの要領で押し付けた。


「チィッ! 大人しく寝ていればよかったものを!」

「残念ながら、私はそこの領域ステージに立つにはまだまだ技量が足りていないみたいだからな!」


 一瞬だけ、ゼニスの動きが止まる。

 しかし、すぐさまゼニスが腕を引き、散らばっていたパイプのような金属がクレアの背中を叩いた。

 クレアはそのまま地面へ崩れ落ちていく。

 そして───


「ナイスファイトです、クレア様」


 吹き飛ばされたはずのセレシアが目の前に現れる。

 咄嗟に、ゼニスは巨腕をセレシア目掛けて振るった。

 その際、セレシアは身を捻った───


「しまッ!?」

「お帰りなさいませ、相棒パートナー


 巨腕は一撃が重たい代わりに、死角が生まれやすい。

 腕を振るえば、軌道上の物体は肩と巨腕に遮られ、視界から外れる。

 この瞬間を、セレシアが見逃すわけがない───


「今日のこと、あとでご主人様に褒めていただけますかね?」


 ザシュッ、と。

 ゼニスの肩口から腰までにかけて、赤い血が零れる。


 徐々に力が……体温がなくなっていく感覚。

 意識も、みるみるうちに薄れ始めてきた。

 明らかに致命傷で、深すぎる傷だ。


「今すぐに治療を受ければ、死ぬことはないでしょう」


 こうして、従者と悪党の戦いは幕を下ろ───


「その代わり、今すぐ投降…………え?」














「ま、だ……死ぬわけ、には……ッ!」


 ゼニスは、唇を噛み締めた。

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