言葉足らず

 さて、目の前の聖女様のお顔が真っ赤に染ってしまった。

 とはいえ、身に覚えのないイクスは首を傾げるばかり。

 ウルミレアは咳払いを一つ入れると、染まった頬を残したままおずおずと口を開いた。


「ち、ちなみに……それはどういった意味でしょうか?」


 イクスは「何言ってんだ?」と、少し真面目な顔で返答する。


「そのままの意味ですが?」

「〜〜〜ッ!?」


 またしても、ウルミレアの顔が茹でダコのように赤くなった。

 初心で清らか、更には環境が絞られているからこそこういった類いには慣れていないのだろう───下心ありきの遠巻きなアプローチなどではなく、こういった直球ストレートなお言葉を。

 しかし、ウルミレアは教会の聖女……三人のお姉ちゃん的な存在なのだ。

 もしかしたら、単に聖女の力がほしくて口にしたのかもしれない。

 ソフィーを助けたのも意図的で、正当な経由だとコンタクトが取れないからとわざと───


(い、いえ……ソフィーの情報は伏せておりました。意図して狙うのであれば、反宗教組織の人間だけ。しかし、もしそうなのであれば手中に加えるよりも今ここで私を殺せばいいだけのはず……)


 分からない。どうしてイクスがこのようなことを口にしているのか。

 言葉通りの意味なのか、それとも裏があるのか……信頼できる人なのは間違いない。いずれにせよ、ここはしっかり者の長女として安易に流されるわけにはいかないッッッ!!!


「な、何故……そのようなお願いをされたのか、聞いてもよろしいですか?」

「ふむ……」


 一方で、イクスは内心で少し不満に思っていた。


(なんでもいいって言ったから提案したのに……随分と渋るじゃないか、お財布の紐が固いケチんぼお姉さんめ)


 正直に言えば、今からでもこの提案を破棄して違うお願いにしてもいい。

 だが、一度思ってしまうと、これ以上のお願いは中々思いつかないわけで───


(……仕方ない。余計なことは考えず、この想いをぶつけるだけの俺の説得スキルをお見せする時がきたようだな)


 聖女の力はほしい。

 正直、エミリアにでも前のお礼を差し替えるようにしてお願いすればいいのかもしれないが、せっかく相手から「なんでも」と言っているのだ。

 迷っている感じが醸し出され始めたが、断られるかもしれない相手よりも断られる可能性が低いウルミレアにお願いした方が建設的である。

 だからこそ、イクスは真っ直ぐにウルミレアの瞳に向かって───


「俺のために、聖女おまえがほしいんだ」

「ッ!?」

「誰かじゃなくて、俺がほしいのは聖女きみだけなんだ」

「ッッッ!!!???」

「絶対に後悔はさせない。聖女おまえのために、必ずエミリアのことは命に変えても守ってやる」

「〜〜〜ッッッ!!!???」


 真摯な想い。

 嘘偽りないというのは、イクスの顔を見ていればよく分かる。

 まぁ、ただ言葉がというだけで。

 ウルミレアは、今まで浴びることのなかった直球ストレートすぎる言葉に、頭から湯気を発していた。


(な、何故私なのですか!? 先程初めましてだったはずですが!?)


 もうここまで聞いていれば、他の打算がないことは理解する。

 ただ、今度は「どうして自分なのか?」という疑問が浮かび上がってしまっていた。

 ウルミレアは血が繋がってはいないとはいえ、ソフィーやエミリアのように群を抜いて容姿が整っている。

 そこいらの男であれば、聖女という存在を抜きにしてもウルミレアという女性とお付き合いできれば大層喜ぶだろう。

 ウルミレアは自分の容姿が整っているということを、ある程度パーティーなどで向けられる男達の視線で理解はしていた。

 つまり、そこから考えられる結論は───


(ひと、めぼれ……っ!?)


 実際は違うのだが、乙女で男慣れしていない美人はそう思ってしまった。


「どうかされましたか? さっきから顔が赤いですけど……」


 イクスはさっきからよく分からない場面で顔を真っ赤にしているウルミレアを見て、密かに熱を心配していた。

 無理もない……先程まで大事な妹が行方不明だったのだから、精神的にも肉体的にも参ってしまうのもおかしな話ではないだろう───なんて、馬鹿な解釈違い。

 そんな阿呆は、テーブルから身を乗り出してウルミレアの顔を覗く。


「ふぇっ!?」


 眼前に迫る異性の顔。妹を助けてくれた英雄ヒーロー的存在。

 噂ではクズな男だと聞いていたが、今こうして話していると……そのような気配は感じられない。

 むしろ、

 だからからか、ウルミレアの心臓は聞こえてしまいそうなぐらい激しく高鳴ってしまった。


(で、ですが……イクス様と言えば、エミリアの口にしていた英雄様で、お慕いしていると……ソフィーもイクス様にだけは警戒心がなく、懐いていますし……お気持ちは嬉しいですが、ここで私が出しゃばって横取りするような真似は……)


 しかし、こんなに熱烈にアプローチをしてくれ、妹を助けてくれる心の優しい人がこの先も現れるだろうか?

 歳相応。女の子らしい考えが頭の中を渦巻き、考えが纏まらずにいる。

 なんでもするとは言ったし、それで妹が助かるのであればこの身を捧げる覚悟もある。イクスであれば大丈夫だと思っているのだが、妹達のことを考えると結論が出せない。


「なぁ、聖女様……」


 そこへ───


「首を、縦に振ってくれないか?」


 イクスの、ダメ押しともなろう真剣な想いが注がれた。


「ひゃ、ひゃい……」


 考えは纏まっていない。

 けれど、眼前に迫るイクスの瞳を向けられるとどうしても心臓が激しく高鳴ってしまい。

 顔が真っ赤に染まったウルミレアの首は、しっかりと縦に振られていた。

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