お泊まり(大聖堂)

「それで、泊まることになったんですか……」


 寝間着姿のセレシアが、トランプを一枚引いて場に捨てる。

 ことババ抜きにおいて、カードが減れば勝利へと近づいて嬉しいものなのだが……どうしてか、美しい顔に似合う笑みなのではなくじとーッとした瞳を向けられていた。


「しかし、まさかこのような形で大聖堂に足を踏み入れることができるなんてな。これはかなり自慢できる話だぞ」


 クレアは揃わなかったのか、引いてすぐに渋い顔を見せる。


「俺だってこんな形になるとは思わなかったんだよ。っていうか、初めは早く帰りたいオーラを出しまくってたはずなのに」


 依頼を受けると言ってから、イクスは何故か大聖堂に泊まることになった。

 騎士団がより警戒を強めているとはいえ危ないからと、一緒にいた方がエミリアを護衛しやすいからと、ウルミレアから押し切られたような形だ。


『わ、分かりました……あなたが望むのであれば、この身を差し上げましょう。ですが、エミリアやソフィーには内緒にしていただけないでしょうか? ま、まだ心の準備ができておらず……』


 ただ、終始顔が赤かったような気がしたが……まぁ、気にすることもないだろう。

 そして、そこへセレシアとクレアが合流。二人共襲撃した黒装束の男達と戦闘していたのか、服が真っ赤に染まっていたために入浴、流れで一緒に泊まることになったのだ。


「あら、あがりですね」

「俺もだ」

「ぬぐっ!」


 今は就寝前の暇つぶし。

 トランプが何故か部屋にあったので、ババ抜きに興じていたのだが―――


「「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ」」

「ぐっ……これも、一つの鍛錬なのか……ッ!」

「「靴下ズルいぞ下をぬーげ、ぬーげ」」

「んんっ……これが、先輩と主人のいびり……!」


 クレアが頬を染め、どこか艶っぽい息を吐き出しながら靴下ではなくズボンを脱いでいく。

 柔肌に張り付くベージュのおぱんちゅが露になり、イクスくんの視線がさらに吸い寄せられた。

 その時———


「英雄様、いらっしゃいますか!?」

「イクス、いる?」


 バンッ! と。

 勢いよく部屋が開け放たれる。

 そして、目の当たりにした―――一人の女の子が下半身を露出している姿を。


「な、ななななななななななななななななななんで下着一枚なんですか!?」

「風邪引いちゃうよ?」


 盛大に顔を真っ赤にさせるエミリア。

 加えて、純心この上ないまだ思春期を迎えていない、首を傾げるソフィー。

 まぁ、聖女三人が大聖堂に住んでいるのであれば、こうして現れるのは可能性としてあったわけで。


「し、知らない二人に私の下着姿が……んんっ」

「おいこら、お前なんで今興奮した?」

「し、しししししししししししてなどいないっ!」


 最近変な方向に進化しているくっころ枠騎士ちゃんであった。


「っていうか、ソフィー。もう大丈夫なのか? 今まで大変だったって話を聞いたぞ?」

「う、うん……大丈夫」


 おずおずと、ソフィーはイクスの下へ近づいて腰を下ろす。

 どこか頭を差し出してきたような感じだったので撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。

 妹がいればこんな感じなのかなぁ、と。ふと感慨深くなった。


「珍しいです……ソフィーは滅多に他人へ懐かないですのに」

「主人は意外と子供ウケするのだな」

「……ばーか」


 傍から直球ストレートな何かが聞こえた。


「ごほんっ! 英雄様、お話はお伺いしました」


 ソフィーが近づいてきたタイミングで、エミリアも同じように横に並ぶ。


「ありがとうございます、英雄様。お手数おかけしますが、これからどうぞよろしくお願いしたします」

「おう、気にするな。聖女がもらえるって話だからな」

「ふぇっ?」


 少し意味が分からないと、エミリアは首を傾げる。

 するとそこへ、高度技術をフルで無駄遣いするアイコンタクトが飛ばされた。


「(一体、なんのお話なのですか?)」

「(いや、今回のお礼に力を貸してもらおうかなって。ほら、どんだけ怪我しても治してくれるんだったら鍛錬し放題じゃん。筋肉に鞭叩き放題だし、Mっ子筋肉大喜び)」

「(なるほど、甲斐甲斐しいメイドのお世話はもういらないと……ぐすん)」

「(言ってないよ、ほしいよセレシアの介抱!?)」


 それとこれとは話は別。

 メイドのお世話はなんだかんだイクスくんにはご褒美。なくなっては困るため、全力でアイコンタクトを飛ばした。


「しかし、大聖堂に足を踏み入れてしまいましたね……私が英雄様のために連れてきてあげたかったのですが」


 シュンと、項垂れるエミリア。

 そういえば、そんな話もあったような気がする。すっかりここ最近の変な日々で頭から抜けてしまっていた。


「ほ、他に何かほしいものはありませんか? この前のお礼の代わりに!」

「え、じゃあ権力」

「分かりましたっ!」

「分かっちゃったのか」


 分かってほしくなかったなぁ、と。

 冗談で言ったイクスは頬を引き攣らせた。


「そういえば、ご主人様」

「ん?」

「その子が、例の捜していた女の子なのですよね?」


 セレシアが絶賛頭を撫でられているソフィーに視線を落とす。

 随分懐いている女の子だ。


「あぁ、そうだな」

「……なるほど」

「ん? どうかしたか? そんな「肝心なことが頭から抜けて苦労が全部水の泡になってしまいましたねおいたわしや」みたいな発言を躊躇している顔をして」

「いえ、本当にそう思っている手前言い難いのですが……」


 イクスは首を傾げる。

 すると、セレシアの発言の意味を理解したのか―――パンツ一枚の露出騎士が閃いたかのように口を開いた。


「主人、そういえば!」


 そして———


「決闘の内容は捜索対象の女の子をというものではなかったか!?」


 そう、あくまで今回の決闘は『依頼を達成するために冒険者ギルドへ連れて行く』こと。

 ここは大聖堂で、依頼主の要望には応えているものの、冒険者ギルドとしての依頼は達成できていない。

 加えて、今回無事見つかったことで冒険者ギルドに提示した依頼は取り下げられるだろう。

 つまり―――


「決闘、無効ですね……」

「しまったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 その日、新鮮な男の叫びが大聖堂中に響いて少し騒ぎになったのだが……まぁ、余談である。

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