屋上で

「ふぅーん、そんなことがあったんだねぇ」


 もぐもぐと、可愛らしく弁当を頬張るアリスが視界に映り、和やかな空気が漂う。

 そんな人気の少ない屋上での昼下がり。

 イクス達が大聖堂から登校という異例を成し遂げ、「手伝ってもらったから」と、イクスはアリスへ事の顛末を話した。


「どう斜めに転んだら大聖堂からの重役出勤になったのか不思議だったけど、そういうことなのかぁ」

「重役出勤したのは主に可愛い妹のせいだけどな」

「妹?」


 懐かしい、脳裏に浮かび上がるソフィーの姿。

 朝方登校しようとすると「行かないで」と上目遣いに袖を引っ張られ、ごねられたおかげで昼前の登校になったのだ。

 そのせいで、聖女と一緒にやって来たイクス達は注目の的。

 教師達からの楽しい説教が終わって、現在へと至る。


「気にするな……俺には可愛い妹ができて、ちょっぴりセレシアと本気の喧嘩をしただけだ」

「ちょっぴり?」


 妹分のお願いを聞かないわけにはいかないイクスと、「私よりもその女の話を聞くのですか……!」というセレシアとでかなり激しい喧嘩になったのは、また別のお話である。


「まぁ、そういうことなら改めて納得できたよ」

「納得?」


 チラリと、アリスはイクスの後ろに視線を向ける。


『え、英雄様にご飯を食べさせてあげたいんですっ! いいじゃないですか、セレシアさんはいつも一緒なんですから!』

『ダメといったらダメなんです。ご主人様のそういうお世話はメイドの特権ですぽっと出のヒロインに入る隙間はありません』

『お、落ち着け二人共! 一応ここには他の生徒も───』

『『黙れ水玉おぱんちゅ!!』』

『な、なんで私の下着を常時把握しているんだ!?』


 そこには、激しく言い争っている二人(+水玉おぱんちゅ)の姿があった。


「……この光景、ようやく納得できた」

「よく納得できたな」


 俺はまだ納得できてないのに、と。

 アリスの適応能力に舌を巻いたイクスであった。


「でも、本格的に狙い始めるなんて……ちょっと心配だなぁ」

「心配?」

「そうそう、例のカルト集団の話ね」


 弁当箱を置き、アリスは面倒臭そうに空を見上げる。


「人の命……が心配っていうのは前提として、商人としての視点でも争いごとって悩みの種の一つだからさ」

「そうなのか?」

「うん、戦争だったら食料や武器の需要が高まって繁盛する商人も増えるけど、そうじゃない場合は痛手の場合が多い。たとえば、戦場が街になって店が潰れちゃうとか、食料ほしさに強奪してくるとか」


 戦争は国や領主が行うもので、限りこそあるものの財源は正規の場所から支払われる。

 それは、戦争といえども正規で行っているからだ。

 一方で、そうでないいざこざにはルールも倫理もない。需要が生まれる側面、その需要を金で解決しようとしないケースもある。

 加えて、ただただとばっちりを受けて被害が出る可能性だってある。しかも、そうなってしまった場合の被害の補填先は生まれない。どこにも請求できず、ただただ泣き寝入りの場合が多い。


「あ、今の発言は商人としてだからね? いち個人としては、誰かが泣かないように早く解決してほしいって思ってるかな」

「……流石ヒロイン」

「ヒロイン?」


 相変わらず心優しいこって、と。

 イクスは可愛らしく首を傾げるアリスを見て思った。


(俺としても護衛解消とかも含めて、早期解決を計りたいものだが……)


 ゲームでカルト集団こそ登場するものの、シナリオではあまり明確に記載はされていなかった。

 突然現れて、突然ヒロイン達を襲って、ボスのような存在を倒したら教会側がいつの間にか解決していた。

 こうしてよく分からず何も動けないのは、ゲームが裏側の事実まではっきりした現実になった弊害だろう。

 現れるのを待つしかない。今の現状は、ざっとこんなもんだ。


「にしても、『神の不在』かぁ……」

「ん? どうかしたか?」

「ううん、ちょっと変なこと思っただけ」


 アリスはイクスを見て、ゆっくりと口を開く。


「イクスくんは神様っていると思う?」

「あー……いるんじゃね?」


 じゃなかったら転生なんてしてないと思うし。

 実際、神様にしかできなさそうなことを体験しているので、二択を迫られれば首を縦に振るしかない。

 しかし、そうでないアリスは苦笑いを浮かべて───


「聖女様のいる手前、あんまり言いたくはないんだけど……私はいないって思っちゃうんだ」


 小さな声で、そう呟いた。


「理由は聞いてもいいのか?」

「んー……でも、安直だよ?」

「理由なんて誰に聞いても安直だろ、実験を積み重ねた研究の発表会じゃないんだし」

「ふふっ、確かにね」


 アリスは後ろで騒いでいる光景───その中のエミリアを見て、ふと苦笑いを浮かべる。

 そして───


「神様がいたらさ、自分を慕ってくれる女の子を不幸な目に遭わせないと思うんだよ」


 言わんとしていることは分かる。

 極端な話とも受け取れる。

 不敬であると、罵る人もいるかもしれない。

 同調する人間だって現れるかもしれない。


 これはあくまで、一人の女の子としての発言。

 イクスはそれを受けて……思わず笑ってしまった。


「ははッ、!」

「ちょ、なんで笑うの!?」

「悪い悪い、できればその勢いで思い切り神様の頭に溶岩でも流してやれ!」

「流石にバチが当たるんじゃない、こんなこと言った手前で反論するのもなんだけど!」


 別にアリスとは違って、イクスは神様がいると思っている派だ。

 しかしながら、確かにアリスの言う通り。

 可愛い女の子が危ない目に遭うような環境ができ上がっている時点で、いないのも同義。だ。

 こんな悪役がでしゃばっている時点で、性根が曲がっているに違いない。

 それに───


「安心しろ、俺も神様は嫌いだ」

「私は言ってないけど!?」


 こんな世界に送った神様に一回殴りたいと思っている。

 もちろん、色んな意味で。

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