護衛開始

 さて、忘れてはいけないことが一つある。

 聖女を助け、聖女からお願いされ、聖女を守ることになったが……元を辿ってみたらあら不思議。

 全ての元凶───ユリウスは何一つ特筆したイベントがないじゃないか。

 これはいけない。変なことに巻き込まれたというのに彼だけ何も起こらないなんて。

 だから、イクスは───


「……殴り込みに行こう」

「ダメですよ!?」


 魔法の授業。

 剣術の際に足を踏み入れた場所とは違う訓練場で、イクスは順番待ちの間にそんなことを呟いた。

 なお、正面ではクラスメイトが一生懸命に魔法を撃ち、横では合同授業で一緒になった聖女のエミリアの姿がある。


「違うんだ、深い意味はない。単純に楽しく友達百人目指して青春を謳歌している野郎に一発殴るか溶岩をかけるかしないと気が済まないってだけで」

「弁明になってませんよ!?」

「しかし、大将!」

「ダメなものはダメです! 誰のことを仰っているのか分かりませんが、人を傷つける行いは「めっ!」なんですから! 英雄様が望むなら、私がお友達になります……だから、ね?」


 別に友達が多いあいつの嫉妬しているとかそういうのではないのだが。

 とりあえず、「めっ!」が可愛い。流石ヒロイン。

 しかし、止められたことは止められたので可愛らしくブーイングをしてみせる。


(っていうか、あいつは捜索対象が聖女だったってことは知ってんのか?)


 依頼が取り消されれば、依頼を受けた人間には連絡が届く。

 そのため、今もまだ決闘が続いている……とは思っていないだろうが、相手が誰だかは教えてもらっていないはず。

 ただ、事前に知っていた可能性もあるわけで。

 知っていて手伝わせたのか? なんて疑問が、イクスの頭に浮かび上がる。


(だって、こんなイベントもこんな展開もなかったわけだし)


 そりゃ、自分が好き勝手動いていればシナリオに変化が起こるのは分かっている。

 けれども、何かしらの意図があったのでは? なんて思ってしまうのも仕方ない。


「そういえば、英雄様。今日も大聖堂にお泊りしてくれるんですか?」


 つぶらな瞳のエミリアが顔を覗き込んでくる。


「ソフィーが寂しがるからな。今、セレシアにお泊り道具を準備させている。迷わずお泊まり一択だ」

「そうなんですね! 嬉しいですっ!」


 花が咲くような笑み。

 本当に嬉しいのだと、気恥ずかしくなるぐらいに伝わってくる。


(っていうか……イクスくんって、こいつに水をぶっかけたんだよな?)


 それなのに好意的。

 いくら目の前で実力を見せつけたからといって、こうも変わるものなのだろうか?

 イクスは思わず疑問に思ってしまったが「逆らう様子もないしいっか」と、 花の咲くような可愛らしい笑顔を見て考えを捨てた。


「私、誰かをお家に招くの初めてなので、不謹慎かもしれないですけど……少しだけ楽しみに思ってしまいます」

「ん? 初めてなの?」

「大聖堂に入られる人は限られていますから。もちろん、巡礼やパーティーに参加する際に誰かのお家に泊まることはあるんですけど……」

「ふぅーん」


 そんな相手がこんな悪役でいいのか?

 普通に思ってしまった。


「ですので、ソフィーも喜ぶと思います。あの子は、人見知りなので……友達という存在ができたことは英雄様が思っている以上に嬉しいはずですから」

「友達っていうより、お兄ちゃん感覚じゃね?」

「ふふっ、そうですね」


 ふと、イクスは昨日から今朝までのことを思い出す―――


『イクス、もう行っちゃうの……?』

『やだっ! イクスと同じベッドで寝る!』

『イクス! 私ね、お菓子作るのが得意でね! あとで食べさせてあげるねっ!』


 うん、友達というより妹だ。

 なんて懐いてくるソフィーを思い出し、改めて認識したイクスであった。


「そういえば、護衛をするのはいいが……解決する見通しとかあるのか?」

「一応、兆しはあるみたいです。教会の騎士団が何人か捕まえて尋問しているのですが、頭の情報がチラホラ出てきているらしく」

「頭が潰れれば、下も瓦解するからな。尻尾を切られないように上半身から潰すのはいい考えだと思う」

「はいっ! ですので、そこまで英雄様を困らせるようなことはないと思います!」


 現在進行形で困らせられていることは伏せておこう。

 この状況で言ったら野暮だ。

 イクスはそっと口から出そうになった言葉を胸にしまう。

 すると、エミリアは何故か唐突に頬を染め———


「あ、あの……英雄様、以前仰っていたお礼のことなんですけど」

「ん?」

「権力がほしいとのことで、考えてみたのですが……私と結婚したら―――」

『イクス・バンディール! 早く来い、お前の番だ!』


 エミリアの言葉を、講師の声が遮る。

 何を言おうとしていたのか気になるところではあるが、怒られるのも面倒臭いのでイクスは立ち上がる。


「んじゃ、行ってくる」

「あぅ……行ってらっしゃいませ、英雄様」


 しょんぼりとするエミリア。

 本当に何を言いかけたのか気になるなぁ、と。

 イクスはエミリアの可愛らしい顔を見て思うのであった。







『うぉっ!? なんだ、赤い巨人が現れたぞ!?』

『的が全部壊れた!?』

『やめろイクス・バンディール! 分かったから、周囲の生徒に被害が出る!』

「フハハハハハ! 見ろ、そして恐れおののけ! これがイクス様だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

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