ほしいもの

 ウルミレアから、事情の説明が始まった。


 どうやら、今回ソフィーが襲われていたのは『神の不在』を謳うカルト集団。

 巡礼のために訪れていた教会が襲撃され、行方不明となっていたのがソフィーだったらしい。

 教会の騎士や冒険者ギルドにお願いをして捜索していた状態であり、そこへようやくイクスが連れてきてくれた。

 後程事情は詳しく聞くことにはなるが、恐らく護衛の人間達のおかげで王都までやって来られたのだろう。

 どこかへ逃げ込むこともできた。そうはならなかったのは、きっと自分がいることで生まれる被害を本能で避けたからこそだと思われる。

 ソフィーは恐らく今回の件でしばらく大聖堂からは出ないだろう。

 しかし―――


「エミリアだけは違います。あの子は学園へ通わなければなりません」

「辞めちゃえばいいのに」


 っていうか、辞めろ。

 なんて心の中でヘイトを吐いたイクス。


「それができたら苦労しませんよ。エミリアは教会とこの国が懇意にしている友好の証として通っているのです。こちらの事情で退学や休学を行えば、国との関係に亀裂が入るかもしれません」


 国は巨大な組織だ。

 本来であれば人一人の命に関わり、安全を考慮するべきなのだろうが、政治とは簡単にいかないもの。

 それが象徴とも呼べる人間だとしても変わらず、教会としても頭では納得しなければならない話。

 いくら国側が認めたとしても、他国からしてみれば「いざこざがあったか?」などと、今築いている関係に横槍を入れられかねない。


「そこで、学園に通っているあなたにお願いしたいのです……様」


 知られてら、と。

 イクスは頬を引き攣らせる。


「教師とかにお願いすればいいでしょうに」

「教師よりも生徒の方が動きやすく、同じ時間を過ごすのであれば教師を選ぶ理由がありません。ましてや、ここまでソフィーを守りながら辿り着いたあなたであれば、腕には問題ないでしょう」

「うーむ……」


 腕を組み、イクスは酷く真剣な表情で頭を悩ませる。

 その思考の中身は―――


(すっっっっっっっっっっげぇやりたくねぇ)


 こんなもんである。


(いや、だって相手は破滅フラグを平気でおっ立てるヒロイン様だろ? 死ね……とまでは思わんが、こっちとしては休学とか退学してもらう方が助かる)


 ヒロインが一人いなくなるだけで心の持ちようが違う。

 いくら腕っぷしでフラグを叩き折るつもりであっても、心配事がないのであればそっちの方が楽なのだ。

 それを、わざわざ自分が重たい腰を上げてまで守りたいかと言われると別。


(ほんと、変な荷物を背負わせやがって、あの主人公……絶対決闘なしにぶん殴ってやる)


 ただ、こうして悩んでいる時点で葛藤がある証左。

 平気で入学早々遅刻を決め込む人間が重鎮相手に気を遣って決めかねているとは考え難い。


(……つまるところ、って思ってる俺がいるってことなんだよなぁ)


 マジでどうすっかなぁ、と。

 イクスは内心で頭を掻く。

 すると―――


(いや、待てよ……そういえば、このカルト集団ってボス的な人間がいたよな?)


 ボスというより、リーダーに仕えている戦闘要員のこと。

 聖女のシナリオでは主人公もかなり苦戦した相手であり、中盤のイベントのボス的な立ち位置に立っていた。


(つまるところ、このまま俺がヒロインの傍に居続けたら出会う可能性がある……!?)


 もし、イクスの内心をセレシア辺りが聞いていたら「はぁ、また戦闘狂バトルジャンキー思考ですかやれやれ」と肩を竦めていただろう。

 しかし、イクスにとっては正常そのもの。

 何せ、強い敵と戦えばより強くなると相場が決まっているのだから―――


(ふふふ……最近、実力を見せつけるばかりの保守的な思考ばかりだったからたまにはちゃんと気を引き締めていかないと三段腹のおデブちゃんになっちゃうし、案外いい話なのかもふふふ)


 そうと決まれば、と。

 イクスは顔を上げ、力強く頷いた。


「お任せください、聖女様! この俺が! エミリアのことを守ってご覧にいれましょう!」

「本当ですか? ありがとうございます、イクス様」


 ウルミレアがホッと胸を撫で下ろす。


「首を横に振られたら、以前不問にした「エミリアに水をぶっかけた」という話を掘り返そうと思っていましたが……杞憂でした」


 イクスもホッと胸を撫で下ろした。


「そうなれば、当初お話ししていた条件を擦り合わせましょう」

「条件?」

「えぇ、聖女は教会の象徴……いわば、心臓です。私を含め、それが守られるのであれば相応の対価はお支払いいたします。私個人としても、妹のような彼女を守っていただけるのであればなんでも望むものを提示する覚悟はあります」

「ふーむ……」


 対価のことがすっぽり頭から離れていたイクス。

 またまた、腕を組んで頭を悩ませる。


(対価とかあんまり興味がないし、かといって「いらない」って言うと引き留められそうで嫌だし……)


 何かいい案はないものか。

 そんな考えの元、イクスはまだまだ頭を悩ませる。


(そういえば、聖女って治癒が得意なんだよな? だったら、怪我しても治してもらえる……そうすれば、鍛錬し放題じゃね?)


 毎日一緒というわけにはいかないが、たまに付き合ってくれる時に文句を言わずに治してくれる人間がいたら嬉しい。さらに強くなれるやったね。

 我ながら妙案だと、イクスの顔に笑みが浮かぶ。

 そして———




「だったら、聖女あなたがほしい」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ふぇっ!?」


 ―――ウルミレアの顔が真っ赤に染まった。

 風邪かな? なんて思ったイクスであった。

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