人捜し
基本的に、詳細なルールは決闘を挑んだ側が決める。
もちろん、決闘内容は公平に執り行えるよう立会人がしっかりと確認はするが、公平な範囲内であれば挑んだ側が設定していい。
一見、公平じゃなくない? と思うかもしれないが、決闘では貴族としての器も試される。
要するに「お前、器広いんだからもちろん、胸を借りるこっちが決めてもいいよなぁ?」ということだ。
そして―――
「なん、で……俺が人捜しなんぞ……ッ!」
───イクスの手には、人捜しのための依頼書が握られていた。
「うぉぉぉぉぉいッ! なんで決闘っていうスペシャルなイベントが迷子の子猫ちゃんを捜すってキューティーなイベントになってんだッッッ!!!」
決闘を申し込まれてからのその日の放課後。
イクスは街中に呼び出され、現在ユリウスの胸倉を掴んで抗議をしていた。
「僕の家は兄が継ぐから、僕は冒険者としての道を進もうとしててね。入学する前から活動してるんだよ、だからこういう依頼も受けられる」
「いいんだよ、そんな興味もない野郎のキャラ説明なんて! 剣は!? 魔法は!? 盛り上がるギャラリーは!? 血と汗が滲む臨場感は!?」
「いや、君と僕との話にギャラリーのいるいないは些事だろう? どうせ争うなら、結果が人のためになることの方がいいと思うんだ」
どこで主人公らしさを出してんだと、イクスは唇を噛み締める。
一方で、傍で見守っているセレシアは「あらお優しい」と、クレアは「うむ、素晴らしい」と、誰一人としてイクスに同調していなかった。
「そんな、馬鹿な……」
決闘の内容は挑まれた方が決められる。
このままこんな勝負をしてしまえば、周囲や主人公に力の差を見せつけることなどできない。
「これじゃあ、お前を好きなだけぶん殴って火炙りにできないじゃないか……ッ!」
「……その理由だけでも一般的な決闘から離した理由になると思うんだけどね」
ご尤もである。
「ハッ! いや、確か決闘の内容は双方の合意の元に決められる……つまり、俺が首を横に振って中指を立てれば済むだけの話なのでは!?」
イクスくん、あったまいいー! なんて、ふと思いついた妙案にイクスは下卑た笑みを浮かべ始める。
すると、ユリウスは───
「へぇ、逃げるんだ」
「は?」
「自分の有利な内容じゃないと受けたくないなら、初めからそう言えばいいのに」
挑発するように、笑みを浮かべる。
しかし、あまり人を挑発することに慣れていないのか、どこか棒読みで頬が引き攣っていた。
だが、そんなことにイクスが気づくわけがない。
何せ、相手は因縁とも呼べるゲームの主人公なのだから。
「こん、の……やってやろうじゃねぇかァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッッッ!!!」
「チョロいな、主人は」
「ふふっ、そこが可愛らしいのではないですか♪」
かくして、決闘は双方の同意によって纏まった。
ユリウスは近くのベンチに腰を下ろし、改めて依頼書をイクス達に向ける。
「今回の依頼は、この紙に描かれている女の子を捜すこと。そして、保護して冒険者ギルドまで送り届けることだ」
「……随分荒っぽい絵ですね。これでは鑑定人にお金を積ませても価値なんて分かりませんよ」
「首に大きなロザリオを下げているらしい。それが結構珍しいものだからすぐに分かる……だって」
イクス達も依頼書を眺める。
しかし、イクスは改めて目を通して首を傾げた。
「……名前とか年齢とかも非公開なのか? これ、迷子の子猫ちゃんを捜す前にまず探偵を雇わなきゃいけないレベルで情報不足だろ」
「主人、人捜しの依頼で情報不足は珍しくない。依頼主が迷子自体を伏せておきたい時とか、個人情報が今後も広がらないようにしたいとかの理由でな……冒険者ギルド依頼を出すってことは、多くの人に情報が見られるということなんだ」
「ふぅーん……まぁ、バストとかウエストとかヒップとか、隠したいことはあるもんな」
「……そもそも、そんな限定的な乙女の事情を載せるわけないだろう」
男は気になるもんな、と。
興味津々のイクスくんは酷く納得した。
「決闘の立会人は冒険者ギルドの受付嬢にお願いしておいたから、最終的に連れて来た時点で勝敗は決まる……んだけど、そういえば君が勝った時の条件を聞いていなかったね」
「ん? そんなの金輪際一切逆らわず、すれ違った際は必ず頭を下げ、これから「イクス様」って呼ぶだけでいいぞ」
「だけっていう内容にしては無理があるよね」
本当であれば実力で逆らわないようにしたかったが、こうなってしまえば仕方ない。
これから破滅フラグが立たないように決闘で縛りつけておけば、とりあえずの根本的な目的は達成される。
まぁ、ぶん殴れない不満はあるものの、今回ばかりはそうする方がいいと判断した。
「あの、ユリウス様。この人捜しには私達も参加してもよろしいのでしょうか?」
「うん、別に構わないよ」
「……よろしいので? 人は多い方がいいと言うのは、誰にでも分かる鉄則だと思いますが」
「その方が見つけられる可能性が高まるんだ、僕だけの私利でその子を助けられる可能性は下げたくない」
流石は主人公と言うべきか。
その発言が悩むことなく出てくる辺り、人のよさが窺える。
「といっても、負けるつもりはないから。尤も、協力してくれる友達はこっちにもいるしね……もちろん、公平に二人ほど」
「……ご主人様には出てこないワードが飛び出ました」
「お、おおおおおおおおおお俺だって頑張ればランドセルを背負ったまま友達百人できるわいっ!」
ユリウスは何やら慌てて弁明するイクスを他所に、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃ、時間も限られているし早速始めよう───期限は見つかるまで。一日でも一週間でも大丈夫だから」
「ぐぬぬ……すました顔をしやがって! 友達百人のプレイボーイに負けるかってんだッッッ!!!」
そして───
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、くそッ! なんでキューティーなイベントが一気に野郎にケツを追われるハメになってんだ!?」
その日の陽が落ち始めた頃。
イクスは人気のない路地裏を走っていた。
背後には、黒い装束にお面をつけた男達が何人も迫っており、腕には小柄な少女が抱えられている。
その子の首からは大きなロザリオがぶら下がっており、
「イクス、前っ!」
「ッ!?」
イクスはスライディングの要領でしゃがみ、すぐさま頭上へ一振りのナイフが横切った。
指先から赤い線を伸ばしているイクスも合わせるように振るい、直後にナイフを持った男が燃え上がる。
「ちくしょう、スリリングな鬼ごっこ……ッ! こんなの、子供が遊び感覚で挑んだらお母さん達泣いちゃうぞ!」
「ご、ごめんなさい……私のせいで……ッ!」
「いいから黙って俺の服でも掴んでろ! お前のせいじゃないってことはその顔見てれば分かるよ!」
「で、でも───」
「お前は安心して
「〜〜〜ッ!?」
泣き出しそうで、どこか頬が染まっている少女を抱えたままイクスは跳躍し、屋根の上に登る。
そして、どこにいるかも分からない男に向かって叫ぶのであった。
「ふざけんなよ……マジであの主人公、俺になんの荷物を背負わせやがった!?」
時は、四時間前まで遡る───
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