偶然のヒロイン

 イクス達はユリウスと別れたあと、とりあえずの作戦会議をするために近くのカフェへとやって来ていた。

 店内も開放的なテラスにもかなり人の姿があり、繁盛した賑わいを見せる中でイクスはテーブルに地図を広げる。


「んで、これからどうするかなんだが……」


 横にはジュースをちびちびと美味しそうに飲むセレシア、対面には広げた地図へ真剣な顔を向けるクレアの姿。

 この二人の表情はかなり違う。これだけで、どちらがどうこの人捜しに取り組んでいるのかが分かるだろう。


「定石的に考えれば、別れて捜して行くしかないだろうな。ただ、この王都を三人で捜すとなると骨が折れるが……」

「更に骨が折れるようなお話を。前提として、この街にいるかどうかも分かりません」


 セレシアの言う通り、人捜しはあくまで王都の冒険者ギルドから依頼を受けただけで、対象の人間が王都にいるかは分からない。

 こういう失踪が単に迷子なのか、それとも何かしらの事件に巻き込まれたか、あるいはもうこの世にいないのか。

 この依頼の裏に隠された情報の重さによっては、王都の外まで広がる可能性は高い。


「とはいえ、いきなり海から宝石なんか探すかよ。まずは池の中から探してみないと始まらん」


 イクスは地図を指差し、クレアに視線を向ける。


「とりあえず、三手に別れよう。クレアはこっちで───」

「私とご主人様はこちらですね」

「ず、ずるいぞ! だったら私もそっちにする!」

「三手って言ったよなァ!?」


 別れるという言葉が無に帰ってしまった。


「しかし、ご主人様。見つけた時にしろ、見つからなかった時にしろ、連絡手段は必要では?」

「スマホがあればなぁ……懐かしいなぁ……」

「スマホ? スマホとはなんだ!? 新しい鍛錬か!?」

「黙れベージュぱんちゅ騎士」

「な、ななななななななんでまた知っているんだ!? さっき履いたばっかりなんだぞ!?」


 セレシアがこっそり教えてくれた……ということは言わないでおこう。

 それにしても、中々攻めた色っぽい下着を着けてくるものである。


「まぁ、でも連絡手段がないと辛いよなぁ……そうじゃないと、時間と集合場所を予め決めておかなきゃならないし───」


 そう愚痴っていた時だった。


「あれ、イクスくん?」


 本当に偶然に。

 飲み物を持っているアリスが姿を見せ、通り過ぎようとしていた足を止めた。


「あ、ヒロイン」

「ヒロイン?」

「な、なんでもない……気にしないでくれ」


 聞き慣れない単語に可愛らしく首を傾げるアリス。

 イクスは誤魔化すように咳払いを入れ、素早く話題を変えた。


「アリスはどうしてここにいるんだ? 友達と優雅なお茶タイム?」

「ううん、ちょっと近況を確認しに来ただけ」

「近況?」

「ここ、私が経営してるお店だからね」


 イクスだけでなく、セレシアとクレアも驚いた顔を見せる。

 何せ、こんな若いのに自ら店を持っているのだから。

 しかも、王都という国の中心で、これだけの繁盛を見せている。

 流石は世界的に有名な商会の娘か。

 改めて、イクスは同い歳の女の子の手腕に感嘆する。


「はぁー……凄いな、アリスは」

「あははは……本来はあんまり顔は出さなくて裏方が多いんだけどね。でもちょっと……」


 ジトーっと。

 何やらセレシアとクレアから視線を向けられる。

 何故だろう、不思議だ美少女からの視線怖い。なんて思った鈍感イクスくんであった。


「そ、それで……イクスくんは今日どうしたの?」


 アリスは「座ってもいい?」と、イクスからの了承をもらってクレアの横に腰を下ろす。


「あぁ、ちょっと決闘しててな」

「イ、イクスくんは相変わらず血気盛んだねぇ……でも、なんかかっこいい」

「ん? なんでかっこいいかは分からんが……そんで、人捜しをすることになった」


 イクスはユリウスからもらった依頼書をアリスに見せる。

 すると、アリスは目を通したあとにすぐ考え込み始め───


「……もしかしてさ、連絡手段とかほしかったりする?」

「ふふふ、お嬢さんはエスパーかい?」


 ドンピシャでほしいものを言い当てられました。


「試作段階だけど、最近うちの商会で通信専用の魔道具を開発してて、その試作があるんだけど……使う?」

「いいのか!?」


 まさかの棚からぼたもちに、イクスは立ち上がって食い気味に顔を近づける。

 そのせいでアリスの頬が真っ赤に染ったのだが……アリスはどうにか激しく高鳴る心臓を抑えて口を開いた。


「う、うん……英雄様……じゃなかった、イクスくんのためだし、人助けっていう話なら協力しないわけにはいかないよ」

「ありがとう! マジでありがとう!」

「アリス、私からも礼を言うぞ!」

「あはははは……なんだかむず痒いなぁ」


 照れるように頬を掻くアリス。

 流石はヒロインというべきか、その仕草が大変可愛らしく、発言が男の理想を体現したようなものであった。

 イクスは内心で「こりゃ、ヒロインに選ばれるのも無理ないわぁ」なんて、対面の残念サブキャラを見て少しばかり感動していた。


(こ、これでイクスくんとお話する機会増えた、よね……?)


 ただ思っていたのとは違う、乙女らしい理由が裏に潜んでいるのだが……そこにイクスが気づくことはなかった。


「あと、私も王都のお店の人に聞いてみるよ。こう見えても、商会繋がりで結構ツテがあるからね!」

「ほんっっっっっっっっっと頼りになりますっ!!!」



 ───本来であれば、アリスがイクスに対してここまですることはなかっただろう。


 しかし、これもシナリオに抗った結果か、はたまた執念から引き起こした結果か。

 逆らうことさえなければシナリオの変化など興味もないイクスは、どうしてアリスが手を貸してくれたのか……気にする様子もなかった。



「む? どうしたのだ、セレシア? 先程から頬を膨らませているが」

「むぅー……伏兵現る、ですか。ご主人様のたらしっぷりには困ったものです」

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