二日目

『えー、であるからでして、王国の歴史は百年の時を越え———』


 スキップ機能とかないかな?

 なんて思う、今日この頃。

 心地のいいビブラートな教師の声が教室内に響き渡り、堪え切れない睡魔がイクスを襲う。

 ぶっちゃけ、剣や体術、魔法の授業でなければすこぶる興味がない。

 将来家督を継ぐことになるだろうから政務関係の授業は聞かなければならないのだが、歴史なんて本当に興味がない。


「(しりとり)」

「(りんご)」


 とりあえず、寝ないように横のセレシアとアイコンタクトでしりとりを。


「(ごま)」

「(睫毛まつげの長いかっこいいご主人様が素敵です♪)」

「(スイートポテト)」

「(とにかくご主人様が大好きです♪)」

「(……水筒すいとう)」

「(後ろ姿はまるで英雄ヒーローのようで、私はいつも胸を高鳴らせております♪)」

「(うん、しりとりはやめよう。何がとは言わないが、このしりとりは夕陽の見える丘の上でロマンチックに聞きたい)」


 褒め倒される未来が見えると、早々に試合を放棄。

 横のメイドの愛がちょっと重たい。ほぼプロポーズ。


『ぐっ……こ、これも鍛錬……!』


 ふと、イクスの視界にクレアの姿が映る。

 ただ、どこか顔が赤く、何かを食いしばって耐えているように見えた。


「(あいつ、風邪でも引いてんのかな? やれやれまったく、ちゃんとお腹を温かくして寝なさいって言ったのに)」

「(ノーパンだからではないでしょうか?)」

「(ふぅーん……え、ノーパン?)」


 そんなこんなで、退屈な授業は進んでいった。



 ♦♦♦



『最近、クレア様ってずっとあのクズと一緒にいらっしゃるわよね』

『この前の模擬戦で下僕にするとかなんとか』

『クズめ……クレア様にそのような仕打ちを』

『なんか際どい格好をさせて楽しんでるみたいよ』


 入学して二日目であれば、まだ学園の色々に慣れていない。

 そのため、休憩時間となればイクスとセレシア、そこに加わる公爵家のご令嬢という構図に視線が集まり、ヒソヒソとした声が向けられる。

 とはいえ、ある意味神経が図太いイクスはそもそもそんな視線など気にならず―――


「お前、ノーパン登校とかナメてんの? 新しい趣味に目覚める前に自分の立場を見直したらどうなんだうぅん?」

「し、しかし私にはあとブラジャーしか残って……ッ!」

「俺はそれ以上を求めているわけじゃなくてそれ以下を望んでいるんだが!?」

「そう、なのか……」

「何故お前はそこでしょぼくれる!?」


 新手の鍛錬によって、どこか新しい何かが目覚めてしまったくっころ騎士。

 これが公爵家のご令嬢の姿だというのだから恐れ入る。


「ご主人様」


 ふと、隣……肩と肩ががっつり触れている状態のセレシアが、先程まで読んでいた新聞をイクスに見せる。


「最近は色々と物騒みたいですよ」

「物騒の前に、淑女としての尊厳をかなぐり捨てようとしている女の子の方が問題なんだが……んで、何が物騒だって?」

「ここです」


 セレシアが新聞の見出しを指差す。

 そこには、辺境にある教会が武装集団によって襲撃されたという記事が―――


「むっ、このことか」

「知ってんの?」

「割と最近騒いでいる話だぞ、主人。教会の影響力は大きい……貴族として頭に入れておいた方がいい問題だ」


 クレアはイクス達の対面に腰を下ろす。


「神を信じないという輩が『神の不在説』を提唱しようとしている。神がいるのであれば、神聖な場所が襲われたら助けてくれるだろう? と」


 なんかそういうイベントあったなぁ、と。イクスは少しだけ考え込む。


(確か、聖女ルートの話だっけ?)


 神の不在を謳うカルト集団が表に現れ、教会を脅かす。

 そこへ、聖女と仲良くなった主人公が襲われそうになった聖女を助け、その流れでカルト集団を殲滅しに行くという話。

 聖女ルートにおいて、好感度をしっかり上げられるイベントとして必ず通るストーリーだ。


(まぁ、その時イクスくんは出てこなかったし……うん、俺には関係ない話だな)


 だとは思うが、今は自分のことで精いっぱい。

 イクスは新聞に目を通しながら、ゲームのことを頭の片隅に追いやった。

 その時———


『こ、ここにイクスがいますっ!』

『あいつ、クレア様に酷いことを……ッ!』


 何やら教室の外が騒がしくなる。

 ふと三人揃って視線を向けると、ちょうどのタイミングで扉が開いた。

 そこには何人かの生徒の前に立つ……黒髪の少年。

 イクスはその少年を見て、思わず興奮してしまった。


(うぉっ! 主人公じゃん主人公くんじゃん!)


 ユリウス・グラン。

 子爵家の次男であり、設定上ではクレアと同じく正義感に溢れ、困った人間がいれば決して見捨てないといった心優しい性格の持ち主。

 そして、本ゲームの主人公として多くのヒロインと仲良くよろしくする男の子だ。

 そんな人間が、いきなりイクスのいる教室に現れた。


「あら、あの方はいつぞやご主人様が捜していらっしゃったフツメンではないですか」

「うむ、フツメンだな」

「お前ら、あれのどこがフツメンなんだ?」


 あのフェイスで多くのヒロインが「キャー!」していたというのに。

 まぁ、「キャー!」になった理由に今まで積み上げた好感度が影響しているのだろうが。

 とはいえ、イクスらぶなセレシアと「下僕」という立場が定着してしまったクレアにとっては「キャー!」にはならないらしい。


「ふふふ……まぁ、フツメン云々はどうでもいい。せっかく向こうから現れたんだ、ここは一発ちゃんと喧嘩を売って……もしくは向こうから吹っ掛けてくれないかなそしたら後先考えずぶん殴って力の差を味合わせることができるのにふふふ」

「主人、顔が凄いことになっているぞ」

「ふふっ、ご主人様の悪い顔……素敵です♪」


 三者三様。

 一人の少年が現れただけで違った反応を見せる。

 一方で、ユリウスは教室を見渡し、イクスを見つけるとゆっくりこちらまで近づいてくる。

 そして———


「イクス・バンディール……僕と決闘してもらおう!」


 そんなことを言い放ったのであった。









(キタァァァァァァァァァァァァァッ! そうそう、いいよ待ちに待ったシチュエーション! 俺の悪名とか今までの行いとかそういう気に食わないところから始ま───)

「僕が勝ったら、彼女……!」

「……ん?」

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