魔力適性

『まずはランニング、屋敷150周!』

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』


『次に腹筋腕立てスクワット一万回!』

『う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』


『まだまだァ! 続いて素振り二万回!』

『う、ぬぐ……ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ』


 さて、屋敷に帰りいつものこと。

 学園があったために時間も限られてしまうが、イクスに休みなどはない。

 破滅フラグを叩き折るために必要な鍛錬は今日も変わらず継続。

 その代わり、いつもと違うのは「私も一緒にやるぞ!」と、新たに加わったメンバーだろう。

 日が沈んで松明の光が灯る中、セレシアはいつものようにタオルと飲み物を準備しながら、


「ご主人様ご主人様」

「ん? なんだ? 気遣い上手のメイドさんが素振り中に声をかけるなんて珍しい」


 イクスはセレシアに声を掛けられ、ふと手を止める。

 そして、セレシアはそれを確認した後、チラリと横を向いて───


「死んでしまいます」

「む?」

「約一名、瀕死です」


 あらいけない。

 地面にお嬢さんが一人倒れてしまっている。


「この程度で音を上げるなど情けない。いつものMっ子根性は馬車に置いてきたのか?」

「ぜぇ……ぜぇ……しゅ、主人はいつもこんなメニューを……?」

「ふっ……無論だな」


 初めこそキツかったものの、慣れればどうってことない。

 これも、見返してやりたいという世界に向けた執念の賜物だろう。


「ご主人様のメニューは過激なのです。私ほどの人間でなければ、陸に打ち上げられた魚になるのは必然です」

「……魚食べたい」

「ふふっ、夜ご飯は魚にしましょうか」


 横の死体を見て食欲がそそられたイクスであった。


「まぁ、死体を眺めながら剣を振るのは気が引けるしなぁ……いい時間だし、そろそろ魔力適性を上げに行くか」

「むっ、魔力適性だと!?」


 ガバッと、くっころ騎士が起き上がる。

 恐らく、聞き慣れない鍛錬フレーズに興味を引かれたのだろう。


「魔力適性とは、属性に合った魔力の適性のことだよな!?」

「お、おぅ……その認識で構わない」


 魔力適性は、簡単に言ってしまえば「得意なジャンル」というものだ。

 魔力は目に見えないだけでしっかりと色が付随しており、魔法の色と合致した場合、より溶け込めるもの。

 溶け込めやすいと魔法の威力が上がったり、強大な魔法を扱えたりするのだ。


「私もやるぞ! というより、やらせてくれ!」

「さっきまで地べたとキスしていた女子のテンションが高い……なんでそんなに気合いが入ってるわけ?」

「恥ずかしい話、私は魔法が苦手でな。どうやら魔力適性がどの色も軒並み低いらしい」


 そんなキャラだっけ? と。

 イクスは少しばかり思い出そうとしたが、やがて……諦めた。

 なんかこいつのこと、キャラが濃すぎて正直もうどうでもいいというかなんというか。


「よし、そこまで言うならついて来い。厚かましいピンクおぱんちゅ騎士よ!」

「し、下着は黒のレースに変えたぞ!?」

「……なんで?」


 いつの間にか百二十点を狙いにいっていたクレアであった。



 ♦️♦️♦️



 そして───


「……主人」

「ん? なんだ、もう下着がびっしょりか?」

「主人!」

「みなまで言うな……お前の言いたいことは分かっている」


 イクスは正面を向く。

 そこには、が映っており、


「火力が足りない……そう言いたいんだろう?」

「死ぬぞと言いたいんだっ!」


 現在、屋敷の離れ。

 イクスの鍛錬用で作られた部屋は全て石で作られている。

 そのため、耐火性抜群。巨大な焼却炉状態になっており、部屋を開けただけで素晴らしい火の海が完成していた。

 そんな部屋の目の前に立たされたクレアは、文字通り額に汗を浮かべてイクスの腰にしがみついている。

 なお、セレシアは夜ご飯の準備のために離脱である。


「ん? 服は燃えないように特注の耐火性運動着に着替えさせたのに、不服なのか?」

「衣服ではなく命の心配をしているんだ!」


 クレアがしがみつきながら首を何度も横に振る。


「さぁ、今から俺達の未来に向けて飛び込もう!」

「さ、流石に今の主人に掴まれたら抵抗できないんだ! 私を殺したい気持ちは朝の一件で重々理解しているが、流石に私もキスもしてないのに死にたくはない!」

「まぁ、落ち着けって」

「わ、私の初めても奪っていいし、大きくはないがこの胸もパンツも好きにしてい───」

「本当に落ち着け君は慎みを持った淑女だろう!?」


 女性としての尊厳も色々もすべて捨て去ろうとしているクレアを引き剥がし、イクスは咳払いを一つ入れる。


「ごほんっ! これは立派な訓練なんだ」

「く、訓練……?」

「あぁ、そうだ。俺の魔力適性は赤だからな」


 人が魔法を撃って無事な現象ときがある。

 たとえば、物凄い冷たい氷を生み出して持とうとする。

 その際、どうして使用者の手は低温であるにもかかわらず無事なのか? それは魔力適性が影響しており、色と同じ現象であれば本人の体は勝手に順応されるからだ。


「こうやって魔法を扱う際、俺に影響はない。なのに、他人には影響する……つまりは、自身が引き起こした現象に自身の何かが耐性あるという証左に他ならない」


 イクスは自身の手から赤い線を生み出してクレアに見せつける。


「では、耐性とはなんなのか? 個人に明確な差があるのなら、魔力適性でしかあり得ないんだよ」

「……ということは、火に慣れれば自ずと適性は上がっていくと?」

「そういうことだ」


 耐性=適性。

 この方程式は成り立っており、適性を上げるなら自身の耐性を上げるのが効率的なのだ。

 これは、主人公が学園を卒業したあとのイベントで偶然にも発見する方程式である。


「だが、普通にこんな火の海にダイビングしたら死ぬだろう?」

「死にそうになったら出てくればいい。そして、またチャレンジだ」

「ま、待ってくれ……! まだ、私は心の準備が───」

「念の為、髪が焼けては敵わないためにこの耐火性の帽子を被るように」

「本当に行くのか!? 流石の私もかなりの抵抗しかないんだがッ!?」


 そんなつべこべを言っているクレアへ、イクスは強引に髪を纏めて帽子を被らせる。

 そして、華奢な女の子の手を握り───


「さぁ、共に行こう! 昨日の自分を超えるために!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 ───このあと、屋敷では「イクス様が公爵家のご令嬢を泣かせた」という噂が立った。

 なお、泣かせただけでなく色々と水っぽい何かを流したのだが……これは彼女の名誉のためにも墓に持っていこうと誓ったイクスであった。



「主人、確かに赤の魔法が前より使えるようになったんだが……なんだろうな、前よりも色々失った気がするんだ」

「気にするな、そういう時期もある」

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