騎士お嬢様の変貌

 学園の一学年は全部で八クラス、総勢三百二十人ほどだ。

 全体で言うと千人ほどであり、この人数全てがほとんど貴族の子供達となる。

 そのため、望む人間と仲良くするためには運の要素が絡んだりしてしまう。

 学年が違ったり、同じクラスではなかったり。

 それ故に、そこからどうやってアクションを起こしていくか。今後社交界で生きていくための人脈作りが、ほとんどの生徒の裏の課題である。


 これはただシナリオが進み、キャラを育てていくゲームではなく、実際の世界になってしまったからこそ分かったものだろう。

 そして、実際にゲームの世界が現実の世界になってしまったからこそ───


「ご主人様、調べてみたのですが……どうやら『ユリウス』という男性は八のクラスにいらっしゃるようです」

「ふむ」


 模擬戦という剣術の授業が終わり、セレシアは空いた休憩中にそのようなことを口にした。


「流石にクラスの番号までは分からんかったからな、うん。なら何かイベントがあればどさくさに紛れて八のクラスに喧嘩を売ればまた機会が生まれ……」

「喧嘩を売りに行くイベントが都合よく発生すればいいですが……して、お知り合いなのですか、その方は?」

「あ、いや……お知り合いではないんですけど」


 しどろもどろになり、思わず視線を逸らしてしまうイクス。

 それもそのはず。

 ユリウスという名前はの名前なのだから。

 面識があるわけではないが、知っているのは知っている。

 しかし、それをセレシアに言ったところで「はい? ゲーム、ですか?」と首を傾げられるのがオチ。

 というより、この手の転生系は基本他人に口外していけないという暗黙のルールがある……と、イクスはかつて愛読していた漫画や小説で学んでいた。というより、そもそも自分ですらちゃんと理解してない。


(まぁ、でもクレアはともかく他のヒロインと絡めばワンチャン出てくるか? いや、でもゲームだと一人のヒロインに対してのシナリオしかなかったし、今が誰のとか正直分かんないし……うーむ)


 なんて様子で頭を悩ませるイクス。

 そんなラブな主人ほっぺを、セレシアはツンツンし始める。

 その時、ふと教室の中が一気にざわついた。


『お、おい……見ろよ、あれ!』

『な、なんかちょっとえっちじゃない……?』

『クレア様があのような格好を!? しかし、何故か目が離せない……ッ!』

『イクス・バンディール……恐ろしい男だ』


 何事かと首を傾げていると、ゆっくりとイクスの前に一人の女の子が現れる。

 その女の子は───


「こ、この私がこのような格好など……ッ!」


 髪をサイドにまとめ、胸元やスカートを見えるか見えないかの限界まで攻めた制服を着ていた───で。


「……セレシア」

「ご主人様のほっぺはぷにぷにで可愛いですね」

「セレシア」

「あ、そうです。帰って新しい茶葉を」

「セレシア、聞くんだ! 俺も騎士っ子がギャルに変貌した挙句に着けてはいけないオプションまで着けていたら流石に説明を求めたいッッッ!!!」


 仮にも……そう、仮にもだ。

 クレアはヒロインではないとしても王族に次ぐ公爵家のご令嬢。

 更には、クレアは真面目という言葉を体現していそうな性格をしていた女の子である。

 それが如何にも原宿や渋谷を拠点としていそうなギャルに変貌しただけでも驚くというのに、首輪までつけていれば驚かざるを得ない。


「ご安心ください……角度によってはチョーカーです」

「リードがある時点でどの角度もアウトなんだよ!? これじゃあ、誤解が上塗りされて悪名が変態に変わっちまうよ!?」

「しかし、好みでは?」

「うむ、好みだ。首輪以外はな……ッ!」


 正直な男である。


「だからこそダメだ! もうこの際タピっていそうな格好はいいから、せめて首輪だけでもどの角度からでも分かるチョーカーにしなさい!」

「かしこまりました」


 そう言って、いつの間にか準備していたチョーカーを懐から取り出し、羞恥で顔を真っ赤にするクレアの首輪と交換していくセレシア。

 その時、クレアはチラッと何故か縋るような目を───


「は、外すのか……?」

「どうしてお前はしょんぼりしてるわけ?」

「こ、この恥ずかしい格好はメンタルを鍛える特訓なのだろう!? も、もしや私にはまだレベルが足りないと言いたいのか……ッ!?」

「お前はなんの話をしている!?」


 イクスの強さの秘訣を知れると期待していたクレア。

 どうやら、この格好は鍛錬の一つだと思っていたようだ。とはいえ、中々チャレンジャーではあるなとは思うが。


「よくお似合いですよ、クレアさん」

「うーむ……私はこのような格好はしたことがないため恥ずかしいんだが、先輩がそういうのであれば少しばかり安心する」

「ふふっ、その姿であれば精神的な成長を見込めます……頑張ってメンタルを鍛えてくださいね♪」

「あぁ!」


 少し前まで「平民なのに失礼だぞ!」的な発言をしていたのに随分と仲良くなったものだ。

 なんて、イクスは大きなため息をついて思った。


「しかし、主人よ」

「主人?」

「いやなに、下僕となるのであれば対等というわけにもいかんだろう? 当然、一時的とはいえ仕える者に対しての敬意は持たねばならん」


 変に真面目というかなんというか。

 しかし、ここは悪役イクスくん。

 公爵家のご令嬢からの主人発言に───


「(な、なんだろう……この背筋がゾクゾクする感覚と鼻の下が伸びてしまいそうな興奮は? 頭を垂れる稲穂おなごを見るのが気持ちいいぞ……!)」

「(ご主人様は時折Sっ気が出ますよね)」


 こういうところは、中身が悪役のイクスに寄ってきてしまっているのかもしれない。

 もちろん、自分のせいではないのに馬鹿にされている中身のイクスの鬱憤も関連しているのだろうが。


「ごほんっ! んで、なんの話だっけ?」

「うむ、先程気になっていたのだが……」


 クレアがチラリと、教室の入り口の方を向く。

 それにつられてイクス達も視線を向けると、そこにはを着けた愛らしい顔をしている女の子がこちらを覗き込んでいる姿があり───


「ッ!?」


 視線が合うと、顔を真っ赤にして逃げ去ってしまった。


「主人は噂のに何かをしたのか?」

「……ご主人様」


 したなぁ、なんて言えなかった。

 それは横から向けられる美少女のジト目が突き刺さっていたから。

 とりあえずセレシアから、クレアの色っぽくなった胸元へ視線を移した思春期イクスくんであった。

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