模擬戦終了
悔しそうに顔を歪めるクレア。
現実を理解し、己が「クズ」と名高い男に負けてよっぽど悔しいのだろう。
ゲームの設定では、正義感に溢れて騎士を目指して鍛錬を積み続けた努力家でありながらも、負けず嫌い。
勝てる勝負のはずなに、地べたに己が座っていることが受け入れられていないご様子だ。
そして───
(ふっ、ふははははははははははははははははははははははっっっ!!!)
イクスは、それはそれはもう大層喜んでいた。
(来たぞ、圧倒的な実力を見せつける第一歩! ドッキリ番組大成功の印のプラカードでも掲げてやろうかうぅん!?)
目的は、己の実力を見せつけること。
あくまで相手は学生で講師のような目に明らかな「強い相手」ではないものの、こうも圧倒すればイクスの実力も分かるだろう。
(それに、クレアはゲームで主人公と共にラスボスを倒すキャラクター……サブポジションでヒロインではないとはいえ、学生の中ではそれなりに腕の立つ女の子だ)
おまけに、クレアの家は公爵家で騎士家系。
クレアも幼少の頃から剣の腕を磨いており、その素性は社交界に顔を出す貴族であれば周知しているはず。
であれば、そんな女の子を倒したイクスの立ち位置は自ずと分かる。
(ふふふ……周りの悔しがる顔と驚く顔を見られるって分かっただけで笑いが止まらん)
なんとも悪役らしい不敵な笑みを浮かべるイクスはバッ! と、観衆へと振り返った。
さぁ、クズと馬鹿にした男の実力を垣間見たギャラリー達の反応は如何にッッッ!?
『なぁ、今何が起こったんだ?』
『さぁ? クレア様がコケただけじゃないか?』
『そこにつけ込んで勝利宣言か……想像通り汚ぇ野郎だぜ』
そうでもなかった。
(どォじでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!???)
イクス膝から崩れ落ち、そのまま地面へ拳を叩きつける。
明らかに期待していた反応とは違う。
恐れおののいたり、驚いたり、悔しがっている表情は傍から見受けられない。
どうやら、イクスが何をしたのか分からなくて、自分が想像できる範囲の結論を出したみたいだ。
(要するに、ご主人様のレベルが高すぎた……ということでしょうか)
周囲の反応と主人の嘆き悲しむ姿を見て、セレシアは思う。
イクスが何かをしたようなモーションは残っていたものの、恐らく「イクス=強い」という
要するに、理解ができなくて単純な現実逃避をしてしまったのだ。
(周囲に見せつけるために強くなったというのに、実際に見てもらうと理解されないとは……なんともままならないものですね)
セレシアは小さくため息をつき、ステージへと上がる。
とりあえず、傍付きのメイドのすべきことは悲しむ主人へ膝枕となでなでをしてメンタルを整えること。
そう、これはメイドとしての役目───
(ですが、理解者は私だけというポジションが強まって私は少し嬉しいですけどね。さて、弱ったところにつけ込んで好感度アップです♪)
……その、これは強かなメイドとしての、役目である。
(クソッ……クソッ!)
一方で、イクスとは違う意味で地面に座っていたクレアは悔しそうな顔をしたままだった。
(私が負けた!? あのクズに!?)
自分が聞いていたイクスは、クズであった。
鍛錬など行わず、堕落し切った日々を送り、ふんぞり返った曲がった性格をしている。
そんな相手に、毎日剣を振ってきた自分が負けた。何か不正でもしたのか? と、自然とそう思わざるを得───
(……いや、あの動きに不正はない。むしろ努力の積み上げを感じる)
剣を振り続けていたからこそ分かる。
今の動きは、日々の鍛錬によって培われた
何せ、自分もそこを目指しているのだから。
───もしも、クレアが年相応の子供であれば、この結果に納得などしなかっただろう。
しかし、ある意味純粋。己の信じる正義と信念に忠実だからこそ、ゆっくりとこの敗北が受け入れられていく。
むしろ、違った感情まで芽生え始めて、
(一体、どのような鍛錬をすればあのような領域まで辿り着けるのか……)
手も足も出なかった。
懐まで潜り込むまではよかった……と思いたいが、今思えばわざと潜らせたのでは? なんて思ってしまうほど、その差を見せつけられてしまった。
(……気になる)
チラッと、クレアはイクスの方を見る。
(傍にいれば、その秘訣が分かるか?)
クレアは立ち上がり、さめざめと泣きながらセレシアの胸に顔を埋めるイクスへと近づいた。
「私の負けだ、イクス・バンディール」
「……お前だけだよぉ、そう言ってくれるのぉ」
「よしよし、ご主人様が凄いことは私も知っておりますよー」
クレアが負けを認めてくれたということは、自分との力量の差を理解してくれたということ。
その他大勢には理解してもらえなかったが、主要のキャラクターが理解してくれたということで、イクスの涙もクレアを見て若干引いていく。
そして───
「望み通り、私はお前の下僕になろう!」
「……なんでそんな胸張って嬉しそうに言うの?」
なんか望む反応とは違う返答がきた。
「ふむ、そうだな……差し当たって、私はメイド服に着替えればいいのか?」
「待て待て待て、お前は校内学生服の人間しかいないのに、自ら目立ちにいくのか!? アイドル枠でも確立させようとしてんのその喋り方で!?」
「お待ちください、メイドは一人で充分です! ここは首輪を着けさせるべきです!」
「ぐっ……首輪を着けさせるとは! 公爵家の令嬢として恥ずべき姿……だがッ! それで少しでも秘訣が分かるというのであれば受け入れるしか……ッ!」
「だからお前はなんで受け入れる方向なの!?」
確かに、一ヶ月間舎弟を要求したのはしたが、そこまでは望んでいない。
しかし、当人はあたかも「イクスの指示で〜」という方向で受け入れようとしていて───
(違う、そうじゃないっ! 俺は逆らってこられないような立場を確立させたかっただけであって、高度な
イクスはもう一度地面へ拳を叩きつけ、心の底から出る涙を流すのであった。
「いいですか、下僕というからには使用人である私が先輩です。私の言うことはちゃんと聞くように」
「むっ、そうか……確かに、私は貴族だが仕える以上は先輩後輩はハッキリさせないといけないな」
「つきましては、ご主人様が好きそうなチョイスにこの改造した制服を───」
「んなっ!? な、なななななななななんだこのスカートの短さは!? 胸元もはしたなく開いて!? クッ……だが、主人が望むというのであれば……ッ!」
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