模擬戦

 まず、それぞれの実力が分からなければ、カリキュラムが組めない。

 国一番の教育機関を誇っているからか、その部分の手厚さはしっかりしているようで。


 数多くある授業の一つ───剣術の授業が始まり、講師の先生からは伝達通り模擬戦を行うという話になった。

 そして───


「では、ろうか……イクス・バンディール!」


 木剣を片手に、訓練場の数あるステージの一つで、クレアはイクスに向かって指をさす。

 周囲には、模擬戦待機のための生徒達の姿が。

 合同授業であるが故に、その人数は多い───加えて、公爵家のご令嬢とクズと名高い伯爵家の子息が戦うという話が広がったというのも、理由として挙げられるだろう。


(ふふふ……ギャラリーの数がいい感じに多いな。セレシアにお願いして話を広めてもらった甲斐があったぜ)


 同じステージの上で、イクスは堪え切れない笑みを浮かべる。

 イクスの目的は、あくまで実力を知らしめること。人数が多ければ多いほど、目的に近づけて嬉しいのだ。


「何故笑う? 今のところ、面白い話などないだろう?」


 笑っているイクスに、クレアは首を傾げる。


「いやいや、目立ちたがりな男の子にとったらこれ以上の状況はないんだ……ステージに立って、いっぱいお客さんもいたらアイドルは喜ぶもんだろう?」

「……恥が拡散されるだけだと思うがな」

「そりゃ、蓋を開けてみないと分からんでしょうに」


 確かに、クレアの言う通り自分が辛苦を噛み締める可能性もある。

 今までセレシアと、よく分からない魔物やら盗賊と戦ってきてはいたものの、同年代の人間と戦ったことはない。

 いくら自信はあるからといって、戦いがどう転ぶかなど分からないのだ。


(まぁ、負けるつもりはないけど)


 それに───


(小馬鹿にする連中の驚く顔と、目の前の女の悔しがる表情を見られるんだ……これ以上やる気が出るご褒美はないね!)


 メラメラと、不思議と何やらイクスから圧を感じ始める。

 クレアは怪訝そうに眉を顰めるが、すぐに剣を握り締めた。


「改めて聞くが、この決闘に勝てば本当に更生してくれるのだろうな?」

「更生? それがお前の望みだったら従ってやるよ。その代わり、お前も従ってもらうけど」

「……何をさせるつもりだ?」

「え、そりゃ───」


 言いかけた途端、イクスの口が止まる。

 何せ、今普通に勢いで言い返しただけで、ぶっちゃけのところ何も考えていないのだから。

 イクスはチラッと、横の最前列で見学しているセレシアへと視線を送った。


「(セレシアさーん! こういう時、なんて言えばいいのでしょうー!?)」

「(裸にひん剥いて、テラスの入り口に飾る、でしょうか?)」

「(そこまで俺は鬼畜じゃないが!?)」


 アイコンタクトで会話ができる高等テクニックで話す内容は、なんとも男の風上にも置けないものであった。


「(では、負けた場合は一ヶ月間の舎弟でいかがでしょう?)」

「(それだ!)」


 ゴホン、と。イクスは咳払いをして言葉を続ける。


「俺が勝ったら、一ヶ月は俺の言うことを聞いてもらおう!」

「ま、まさか……私の体が始めから目的で……ハッ! もしかして、裸にひん剥いたあとに「俺色に染めてやんよ」とか……ッ!?」

「違う違う」


 そこまでは言ってない。


「わ、私にあんやことやこんなことをして辱めると!?」


 だからそこまでは言ってない。


「(セリシアー! いけない、なんかこの子いけない香りがするよ!? 具体的に言えば、誤解のせいで望まぬ方向の汚名が背中にくっつくことになるかもー!)」

「(最近の女の子の趣味は広いですから)」

「(趣味って可愛らしく言ってるけど、絶対違う類いのやつですよね!?)」


 頬を染め、何やら熱っぽい眼差しを浮かべながら自分の体を抱き締めるクレア。

 こんな設定があったのかと、一生懸命に記憶を掘り下げてしまったが、残念ながら脳内メモリには引っかからなかった。

 おかげで、ざわめき侮蔑しきった瞳を向けるギャラリーに言い訳すらできなかった。


「正義を謳う騎士として、負けるわけにはいかない―――さぁ、かかってこいっ!」


 クレアが剣を構える。

 良からぬ誤解はあったものの、模擬戦は行うようで。

 イクスは大きなため息をつき、沈んでしまったテンションを戻そうとする。


 開始の合図など鳴らず、クレアは駆け出して一瞬にしてイクスの懐へと潜り込む。


(獲った!)


 イクスは姿を捉え切れていないのか、まだ視線を正面に向けている。

 この距離であれば、自分の姿を追う頃には先んじて剣が届く。

 クレアの中に、勝利の確信が生まれた。

 遠慮はしない。躾という意味も込めて、思い切り木剣を振り抜―――


「この程度か?」


 

 いきなりのことで、何が起きたのか―――ギャラリーや、クレアでさえ理解ができなかった。

 しかし、その数秒後……クレアは気づく。

 明らかに蹴り上げたモーションを見せるイクス。そして、数秒後に地面へと甲高い音を響かせて落ちた木剣。

 イクスのではない。彼のは、そのまま手に握られている。


 つまり───


「大口叩いた割には、騎士にとって大事な剣を手放しやがって」


 仰け反った勢いを殺せなかったクレアは、その場で尻もちをついてしまう。

 すると、首筋にイクスの木剣が突き付けられ、息を呑んでしまう。


(ば、馬鹿な……ッ!)


 この状況、誰が見ても結果は明らかだ。

 恐らく、木剣を握っていた手首を無目視ノールックで蹴り上げて、弾き飛ばした。

 正式にここに審判がいれば、赤色の旗がどちらに挙がっていたかなど言うまでもないだろう。

 しかし、トドメのような宣告を……見下していた少年は、己を見下ろして容赦なく口にした。


「実力差は分かったかね、弱者おじょう様……あんだーすたん?」



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