従う道理はない

 まぁ、彼女の言っていることは仰る通りだ。

 王立であるこの学園は、国を代表する学び舎であり、そのほとんどが貴族。

 格式と歴史を誇り、これから国を担うであろう若者が足を踏み入れる場所。

 皆もそれを重々理解しており、承知の上でこの学園に足を運んでいる。


 もちろん、全員がクレアのように意識が高いわけではないだろう。

 しかしながら、イクスが気に入らないのか……時折、どこかからか「そーだそーだ」などといった声が挙がってくる。

 真っ直ぐに向けられる、美少女からの厳しい眼差し。

 それを受けて、イクスは—――


「えー……さっきまで怒られてたのに、また説教パターン?」


 反抗することも反省することもなく、大きなため息をつくのであった。


「ご主人様、またしても土下座のお時間ですか?」

「おっと、あたかもさっきまで土下座をしていたかのような発言はやめていただこうか! しっかり正座だけで留めた先程の光景をもう忘れてしまったの!?」

「ご安心ください、ご主人様がされる時は私も一緒にします!」

「今後する予定もねぇよ!?」


 やんややんや。

 メイドの可愛らしいボケにツッコミを入れるイクス。

 その光景はなんとも睦まじい、主従の光景であった―――とはいえ、がっつり無視をされている女の子が写真の端に映りこんでいなければの話だが。


「き、貴様ら……ッ!」


 あからさまに蚊帳の外にされ、クレアの額に青筋が浮かぶ。

 しかし、イクスは未だにメイドとのイチャイチャを止める様子もなかった。


「ふふっ、そういえば今朝珍しい茶葉が届いたと同僚からお伺いしました。放課後、もしよろしければ一緒にいかがです?」

「ふむ……鍛錬後に嗜むティータイム。なんとも乙なものじゃないか」

「そうと決まれば、早速合わせのお菓子でも買いに行きましょう!」


 このメイドも本当にマイペースである。


「おい、聞いているのか!?」


 しまいには、我慢しきれずクレアの怒声が響き渡る。

 だが、二人は気にする様子もなく首を傾げた。


「聞いておりませんが?」

「この様子で聞いてたんだったら、俺は聖徳太子になれるぞ」

「……もしかして、貴様らはふざけているのか?」


 学生とはいえ、仮にも公爵家の人間。

 そんな女の子相手にこのような態度を堂々と取るなど、恐らくイクス達ぐらいだろう。

 だからこそ、慣れない対応に戸惑ってしまうクレア。しかし、すぐに首を振って話を元に戻す。


「先程の入学式の話だ! 堂々と遅刻してくるなど、貴様には国を担う一員としての自覚が足りないにも程がある! まずは、貴族としての自覚をだな───」

「仮に、そういう自覚がないやんちゃボーイだったとしても、さっき説教を受けてきたばっかりなんだ……なんでお前に怒られる筋合いがある?」

「ぐっ……!」

「委員長精神旺盛で夢見る乙女でいるのはいいが、傍迷惑なやんちゃガールアピールとかやめてくんね?」


 一理ある発言だったからか、クレアは思わず押し黙ってしまう。

 すると、隣にいるセレシアが袖を引っ張り―――


「私は傍迷惑なやんちゃガールではありませんよね?」

「君は一体、何を心配しているの?」


 本当にマイペースな女の子である。


「……そういえば、先程からそのメイドは一体なんなのだ? 明らかにメイドだろう?」

「はい、メイドですが?」

「であれば、貴様もまずは貴族に対する態度を見直したらどうだ? 主従揃って礼節がなっていないなど、恥にもほどがあるぞ!」


 クレアの言葉に、セレシアは目を丸くする。

 しかし、すぐさま小さく吹き出して、


「ふふっ、貴族だからといって私が畏まるとでも?」

「ッ!?」

「私がお慕いするのはご主人様だけです。権威を振りかざしてくるだけの幼稚な子供に、頭を下げる道理などありません」


 わぁ、すっごい直球ストレート

 セレシアの性格は分かっていたものの、あまりの物言いに思わずイクスは関心してしまった。


「き、貴様……流石に不敬だぞ!?」

「不敬罪で処すのであればご自由に。まぁ、そもそも私に剣を振り抜ける実力があれば、の話ですが」


 クレアとセレシアのやり取りに、教室がざわめく。

 漂う剣呑な雰囲気。

 それを引き起こしているのが自分達とは違う平民で、相手は王族に次ぐ貴族なのだから当然かもしれない。


「……そのセリフ、俺が言いたかった」

「ふふっ、ご馳走様です♪」


 しかし、クレアは何か思い出したのか……小さく言葉を漏らす。


「……もしや貴様か、教官三人を試験で倒した噂の平民というのは」


 思い当たる節があったクレアは、少しだけ唸る。

 貴族でないにもかかわらず、実力だけで特待生の枠を獲得した平民。

 それは異例であり、鍛錬ばかりしていたイクスは知る由もないが、一時入学生の間でかなりの噂になっていた。


「……ふんっ、随分な狂犬を飼っているではないか」

「噛みつかない大人しい犬なんだがなぁ」


 でも、と。

 イクスはクレアに向かって獰猛な笑みを浮かべた。


「別に俺は虎の威を借る狐ってわけじゃねぇぞ?」

「……なんだと?」

「説教してぇんだったら、俺より強くなきゃなぁ? 俺は俺より強いやつにしか従わねぇし、刃向かうことすら許さねぇ」


 つまり、正義感を振るうのであれば自分より強いと証明しろ。そうすれば大人しく従ってやる。

 そんな挑発。

 イクスは獰猛な笑みを浮かべたまま、煽るような視線を注いだ。

 すると───


「……吐いた唾は飲み込むなよ、貴様」


 クレアはイクスに顔を近づけ、キッパリと言い放った。


「その挑発、この騎士家系───グレイス公爵家のクレアが受けてやろう。幸いにして、次は剣術の授業でを行うみたいだからな」

「そうこなくっちゃ」


 ───己の実力を見せつける。


 煽ったとはいえ、ようやく望んだ展開になったことに、イクスはさらに笑みを深めるのであった。

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