視線が気になる
えぇ、視線が気になるんですよ、えぇ。
なんて、思い始めたイクス・バンディール。
授業が終わったすべての休憩において、そのようなことを思っていた。
「……イクス・バンディール。今日の剣術の授業で後日居残りだ」
「何故です?」
「だって、お前は剣を使ってなかっただろう? これじゃあ、ちゃんとした力量が分からん」
「理不尽」
学校生活一日目の全授業が終わり、放課後。
教師に声をかけられて、廊下で立っていた時だった。
『じーっ』
『聖女様、こんなところでいかがされたのですか?』
『ふぇっ!? な、なななななななななななんでもありませんよ!?』
『でしたら、ご一緒に帰られませんか!?』
『あ、だったら私も!』
『是非、私とティータイムを……!』
『あ、あのっ! 私は、やらなければならないことが……!』
騒がしいなぁ、と。
イクスは頬を引き攣らせる。
「ただ、お前の技量が高いことは分かっている。あの足捌きと動体視力を見れば流石の俺も……って、聞いているのか?」
「聞いてないっす」
「話を聞かないとは感心しないなぁ」
「いや、先生。聖徳太子でもない学生の後ろであんなに騒がれちゃ集中できんでしょうに」
教師の男はイクスの後ろを覗く。
すると、視線の合った少女は慌てて人混みを抜けて立ち去ってしまった。
その様子を、後追いで視線を向けていたイクスは見逃さず───
「……聖女は外交問題に発展しかねん。謝るなら先生もついて行ってやるから、急いで行うように」
「先生、偏見に涙が出そうっす」
とはいえ、言わんとしていることは分かる。
イクスは悪名高く、それは教師も知っていそうな話。
聖女と呼ばれる女の子の様子がおかしく、明らかにイクス絡みであれば自然とイクスがやらかしたと思っても仕方がない。
ただ、今回ばかりは何もしていない……いや、していないと思いたい。
もし、責められるようなことがあったとするなら───
「……先生、お水をぶっかけてスケスケなプレイを強要したら、今時の女の子って怒りますかね?」
「いいから謝って来い」
♦️♦️♦️
「流石に鬱陶しい、捜すぞパパラッチ犯を」
教師からのお話が終わり、イクスは教室でそのようなことを口にした。
初日ということもあり、学園見学に向かった生徒もいることから、教室に残っている生徒は少ない。
そんな中、対面に座るセレシアとクレアは首を傾げた。
「噂の聖女様でしょうか?」
「まぁ、今日一日ずっと主人を見ていたからな」
───大陸東部を中心に、世界的に広がっている宗教の象徴。
女神からの恩恵を与えられ、厄災や病に対して耐性があり、治癒に特化した力を持つのが聖女である。
聖女は現在三人。
その内の一人がこの度、ゲームの舞台である王国の学園に招待されて通うことになっている。
そして、その聖女が……正直鬱陶しい。
野郎ではなく美少女だからまだいいが。
言いたいことがあるならはっきり面と向かってかかってこいや。
「しかし、主人よ。流石に心当たりがなければあのようにかまってちゃんにはならないのではないか?」
「かまってちゃんは恐らく、冷水をぶっかけて「神などいない」と言えば完成するのでしょうね」
「主人、流石に軽蔑するぞ」
「いやっ、俺のせいじゃ……な、ないと……言いたい……ッ!」
イクスはイクスなのだが、自分ではない。
とはいえ、そんなことなど言えるはずもなく───
「よ、よぅーし! さっさと見つけて謝るぞ! このままじゃ、クズなアヒルの後ろを歩くひよこちゃんが完成してしまうからな!」
「まぁ、主人に従うというのであれば捜すが……あまり乗り気になれんな」
「早く解決しないと、今日の鍛錬に集中できなくなる……ッ!」
「なんだと!? そういうことであれば早く見つけなければ!」
拳を突き合わせる二人。
朝方、観衆見守る中で喧嘩をしていたとは思えないほどの意気投合っぷりだ。
「しかし、見つけてどうするのです?」
「鬱陶しいから謝りたくないけど謝ってストーカーをやめてもらう」
「確かに、今更ですが冷水ぶっかけなセクハラ事件は早々に謝罪しておいた方がよろしいかと。まだ根に持たれ、国際問題に発展してしまえば大事です」
それに関して言えば問題はない。
何せ、ゲームでは冷水をぶっかけても「気にしていませんよ」と、聖母感溢れる優しさで許していたから。
問題は───
(この前の森での件だよなぁ……まさか、実力マウントに腹が立ったとか?)
可能性はある。
何せ、冷水は許しているはずなのに自ら関わってきているのだから。
本来であれば「文句があっても実力でねじ伏せる!」精神で破滅フラグになろうとも気にしない方針でいたのだが、いかんせんそろそろ鬱陶しい。
故に、イクスはアクションを起こすことにした。
「そうと決まれば、早速向かうぞっ!」
イクスは立ち上がり、駆け足で教室の扉まで向かう。
すると───
「きゃっ!?」
ドンッ、と。イクスの胸に何かがぶつかる。
華奢で小柄な体。更には、特徴的なウィンプルがイクスの視界に写り、少女はお尻をさすって顔を上げた。
すると、何故か顔を真っ赤にしてその場から逃げようと───
「お待ちください、聖女様」
「少し時間をいただけないか?」
───した様子を見せたが、あっという間に囲ったセレシアとクレアによって退路を塞がれ、涙目を見せる。
女の子の滅多に見ない涙。根は優しいイクスはそれを見て思わず焦ってしまった。
「……ご主人様が虐めたから」
「いや、その……別に取って食おうってわけじゃなくてな!? 本当だぞ!? 嘘じゃないしなんだったらここで故郷の伝統的文化『DOGEZA』を披露してみせ───」
「あ、あのっ!」
しかし、イクスの焦りを無視して、何やら意を決したような声が聖女であるエミリアから発せられる。
そして、
「お、お会いしたかったです……英雄様!」
「……はい?」
予想外の言葉に、焦っていたイクスの首が傾げられたのであった。
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