第8話
《サイド 日本》
明るい室内に、窓から入った夏風がそよぐ。
季節は巡り、時間が経過しても、私の心はあの日忽然と消えた息子を忘れる事が出来無かった。
「……………なっちゃん、今日で10歳になったね。なっちゃんのお誕生日には唐揚げとポテトサラダ、沢山作ってママ待ってるんだよ?」
何度も何度も思ってしまう。どうしようも無い後悔。
何でなっちゃんだけが、どうしてあの時…。
結局、あの場所で行方不明になった人は、6年経った今も誰一人として見つかっていない。
『現世の神隠し』と世間で騒がれ、捜査や報道、近所の噂と色々なものに晒された。
それでも、いい……なっちゃんが戻って来てくれたら!
そう願っても現実は無情で、彼が戻って来る事は無かった。
「……香織、暑くないか?」
「…ええ、大丈夫。何となく……今日はこうしていたい気分なの。」
あの日から夫婦2人で、なっちゃんの誕生日を祝っていた。戻って来てと、願掛けの様に。
今年はなっちゃんの10歳の誕生日だから、義父母もやって来る予定だ。
「そろそろ、父さんと母さんも来る時間だな」
「そうね……。飲み物用意するわ」
椅子から腰を浮かし、キッチンに立つ。
………そう言えば、お手伝いを覚え始めた頃だったわ。
『なっちゃん、これテーブルに持って行ってくれるかな?』
『はーーい!!』
小さな手でも持てるプラスティック製の軽いお盆に箸を乗せて配膳を任せた。
ふっくらとした可愛い指でこのお盆を持っていたわね。
やっと授かった子供だったせいもあって、夫婦2人して息子にはとても甘かった。
保険医の先生には、食事の管理と適度な運動をさせましょうと言われても、なっちゃんが食べたい!と言えばイヤとは言えなかった。
小学校に上がるまでには改善しようと、野菜料理にも工夫を凝らし、バランス良く食べて貰える様に料理をしていた。
その食事は私達夫婦にも良かった様で、なっちゃんが居なくなった時、私は第二子を授かっており、8ヶ月目も後半を迎える頃だった。
そんなタイミングでなっちゃんが行方不明になってしまった。
私は体調を崩し、2人目の子を早産で出産した。
しばらくは母子ともに入院を余儀なくされたが、2007グラムの女の子をこの手に抱く事が出来た。
お兄ちゃんになったんだよ……なっちゃん。
あなたも、ママの所に来てくれて本当にありがとう。
ママは頑張れる。待つ事しか出来ないけど、なっちゃんが戻って来たら『おにいちゃん』って呼んであげてね。
あの子を抱いた時、そう語りかけた。
「お邪魔しますよー!」
義父の大きな声が響いて、現実に思考を戻される。まだ、少しぼーっとしてしまう時があった。
「香織さんこんにちは!これ、なっちゃんの好きなケーキとお寿司買って来たよ!」
「……ありがとうございます。」
実は冷蔵庫に同じ物がありますとは言えず、受け取ってそっと自分で用意した物を奥へと押し込んだ。
樹里が幼稚園から戻ったら、皆で食べれば良いわ。あの子もなっちゃんと同じ物が大好きだからね。
テーブルに飲み物を並べ四人で席につくと、取り留めのない話となっちゃんの思い出を皆で語り合った。
「早いね……もう6年か。10歳になったなっちゃんに会いたいねぇ。」
「もう!お父さん!」
「……大丈夫ですよお義母さん。私も10歳のなっちゃんに会いたいです。でも、もう10歳になったら『なっちゃん』って呼ぶなよ!とか言われそうですね……。」
「はは!そうだなぁ。男の子だと余計に恥ずかしがりそうだし、ちゃんと『夏樹』って呼ばなきゃ怒られそうだ!」
義父の豪快な声と話し方がなっちゃんは大好きだった。『宵越しの金は持たねえ』なんて昔の話を聞かされて『ねえ、じいじ、それどういういみ?』と説明を求めたりしていた。
子供が真に受けたらどうするんですか?!と、心の中でツッコミを入れた事は今でも覚えている。
「なあ、香織さん。俺はさ、なっちゃんの事は人の介在出来ない事故だったと思ってるんだ。だからね、俺達はここでなっちゃんが帰って来た時に、しっかり受け止めてやる気持ちを忘れずに生きて行く。それしか無いと思うんだよ。」
「………そうですね。義父さん、私もそう思います。なっちゃん……夏樹がいつ戻って来ても受け止める気持ちは絶対になくなりません。」
だからね、なっちゃん。何時でも戻って来て。ママはみんなとここで待ってるからね。
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