第3話

「……ねえ、おねえちゃん、ここどこ?」

「ここはね『教会』って場所よ。今日からあなたはここで暮らす事になるの。………それといい?私が教えた事を絶対に忘れちゃ駄目よ?」


 なっちゃんを連れて来たメイドは膝を折って目線を合わせると、なっちゃんに強く言い聞かせた。


 なっちゃんは、ママとの約束も守れる子供だ。おねえちゃんの言った『忘れちゃ駄目な事』もちゃんと守ろうと約束した。


 だって、王宮でただ1人なっちゃんに優しく接してくれたおねえちゃんだもの。


 夜に泣いていたなっちゃんを抱きしめて、背中をポンポンしてくれた。ママみたいで、それを思うとまた涙が止まらなくなった。



「お金は教会を出るまで隠しておくこと」

「わかった!」

「この『お守り』と『カバン』は絶対に手放しちゃ駄目よ?特に『お守り』は肌見放さずに持っていること。水に濡れても放さないでね?」

「うん!これはママがかってくれたお守りだもん……お正月にみんなで……おまいりにいったときに……かってくれたの………パパとママといっしょに……」



 思い出す度、なっちゃんの目から涙が流れてしまう。おねえちゃんが首から掛けられる様にしてくれた『お守り』を両手でギュッと握りしめ、また泣いてしまった。


 そんななっちゃんを見て、おねえちゃんは何も言わずに抱き締めてくれる。幼稚園にいた優しくて大好きだったナミ先生みたい……なっちゃんはそんな風に感じていた。



「………いい?なっちゃん。寂しいと思うけど、これから行く教会はみんなおなじ気持ちの子供が住んでいる場所なの。でも1人じゃないわ。同じ様に泣いてる子がいたら、私がした様にギュッてしてあげてね?きっと、他の子もなっちゃんの事をギュッとしてくれるから。それとシスター・エマの言う事を良く聞いて頑張って大人になりなさい。」

「……うん、わかった。ボクやくそくぜったいに守るよ。それとね、おねえちゃん、やさしくしてくれてありがとう。………あのね?おねえちゃんまたあえる?」



 涙ながらそう訪ねて来るなっちゃんに、メイドは淋しげな顔を向けた。


 会おうと思えばきっと会える。だけど、召喚者達の生末いくすえを知っているメイドは、なっちゃんを出来るだけ王宮やそれに関わる人物からは距離を離した方が良いと思っていた。

 それには、王宮に勤める自分も含まれているのだった。


 万が一、何かの拍子になっちゃんの事を王宮が再び手中にしようと考えたなら、それは自分では止められる事ではない。


 僅か1週間ばかりの出来事であったが、王宮でなっちゃんの面倒を見ている内に、メイドはなっちゃんに情が湧いてしまった。


 寂しがり屋で甘えん坊で食いしん坊で……。


 でも、言った事はキチンと出来たし、約束も守ってくれた。それになっちゃんは、簡単な言葉は文字も書ける。


 今までも、異世界から来た者達は会話に問題が無く、識字率も非常に高かったが、この年齢の子供まで文字が書けるなんて……なっちゃんの面倒を見ることで、メイドは異世界のレベルの高さに改めて驚かされる事になった。


 それに王宮の召喚担当からは、なっちゃんが『無能』だと聞かされていた。だが市井で生活するだけなら、特段優れた能力が無くとも生きていける。


 こちらの都合で勝手に呼んで、無能だからと無責任に捨てる事に何の躊躇いも見せない。


 そんな王宮の対応に、メイドは心の中で1人反旗をひるがえす。


 これ以上、なっちゃんを王宮の好きにはさせない。シスター・エマにも事情を説明して同意を得ている。


 まだ幼く、この世界の常識に欠けるなっちゃんではあるが、元の世界へ帰る術が無いのであれば、せめてなっちゃんの自由に生きて行ける様にしてあげたい。


 それがメイドの願いでもあった。


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