12話 社畜美人と大学に行く⑤
大学の講義は 4限まであり、4限が終わった頃には、外は薄暗くなっていた。大学から見上げる空は真っ青な薄膜を張ったような色をしている。秋の夜はよく冷えていて、その分空気も澄んでいたように感じる。
朝はあんなに人が溢れていたメインストリートも、今はいくつかのグループが僕らの前を歩いている程度だった。
僕はこの時間帯の大学が好きだった。煌々と輝く星を見上げながら、すれ違う人たちの笑い声や話し声を聞くと、自然と落ち着けた。
僕は基本1人で行動していたが「あなたにとって一番の青春を感じた瞬間はいつですか」と訊かれたら、迷わず今の時間を挙げるだろう。青春は1人でも成り立つと僕は思う。
しかし今は、隣にもう1人いる。中元は3限までしか授業を取っていなかったので、4限が始まる前に帰ってしまった。帰る直前まで僕たちについて聞いてきて、正直うざかった。
「はー、楽しかった!いい休日でした。連れてきてくれてありがとう!」僕たちの間に落ちる沈黙を切り裂くように、朗らかな様子でこちらを見ながら言った。佐藤さんの可愛らしい顔がこちらに向けられ、どきりとする。
僕は頭の裏をぽりぽりと掻きながら、照れを隠すように言った。
「授業中ほとんど寝てたじゃないですか」
「だって難しかったもん。ちゃんと三船くんはすごいなーって思いながら寝てたよ」
それなら良いとはなりませんからね。
「今日の夜ご飯何がいいですか?」
「うーん、秋っぽいもの食べたいなー。秋刀魚とか?」
「いいですね、塩焼きにしましょうか」
「やったぁ」
嬉しそうに手を叩く佐藤さんを尻目に空を見上げると、それはいつもと違ったように見えた。
大学の正門から出て、最寄りのスーパーへと足を向ける。その間僕たちの間には会話は無く、朝は息を荒げながら登った坂道を歩いて下っていた。
坂を下り切って、佐藤さんは「そういえば」と話し始めた。
「中元くんも気になってたみたいだけど、私たちの関係ってなんだろうね?」
僕は隣で歩く佐藤さんを見た。彼女は先とは違い真顔で前を向いたままだった。何度も中元が聞こうとしていた「関係性」。僕は結局誤魔化したままだったが、正確にいうと誤魔化すしかなかったのである。それは佐藤さんも同じだろう。
表面的な関係性としては、僕が佐藤さんに部屋を提供しているから「賃貸借契約上の当事者同士」みたいな構図になるのだろうか。
だが今佐藤さんが聞いているのは、もっと内側の話だ。
僕が昔好んでいたアニメや漫画で、この手の話はよく登場していた。それぞれの物語の中で、彼らは友達以上恋人未満の関係性を色々な形で表現していた。「名前なんていらないんじゃないかな」なんてキザなセリフを言ったキャラクターもいた。
僕は自然と、先人である彼らの言った言葉の中から僕と佐藤さんに当てはまる言葉を選ぼうとしていた。一つ一つ検証して、言った時の佐藤さんの反応までシミュレーションした。
しかし、下手な言葉で自分の真意を隠すのはリスクだと思った。恥ずかしくても、親しくしたいと望む人にほど素直な言葉を使った方が良い。これは僕の過去の人間関係で得た教訓だった。
結果的に、僕はしばらく黙り込んでしまっていた。「三船くん?」と、佐藤さんは心配そうにこちらを見た。
「僕は……もっと佐藤さんと親しくなりたいと思っています」
「つまり?」
「友達以上恋人未満……みたいな?」
佐藤さんは僕の言葉を聞くと、何度かそれを呟いた。それから彼女はぷっと軽く吹き出した。
「三船くんってかわいいねぇ」
「なんですかそれ」
「教えなーい」
佐藤さんは空に浮かぶ星に負けないくらい眩しい笑みを浮かべると、僕より前を歩き出した。僕も佐藤さんに追いつくように、歩くスピードを上げた。
改札前で社畜美人を捕まえました 中州修一 @shuusan
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