10話 社畜美人と大学に行く③

「中元……」


 僕らが教室まだ行く道を人波をかき分けながら歩いていると、大学で唯一の友人、中元と出会った。

 中元は、チャラいという文字を体現するような男だ。金髪にパーマを当てて、服はストリート系のオーバーサイズの服をいつも着ていた。けれど性格は素直で礼儀を重んじるというギャップが、大学の友人関係を切っていった僕も切れないほどの魅力を感じさせる男だった。


 中元と出会った瞬間、僕は佐藤さんの存在を誤魔化そうとした。佐藤さんを紹介するのが億劫だったのか、それとも中元に色々と深掘されるのが嫌だったのか、理由はわからなかった。

 しかし、僕が黙って中元の前で立ったままでいると、やがて佐藤さんが僕の隣に並んで僕の顔と中元の顔を交互に見ながら訊いてきた。


「どうしたの?お友達?」


 中元は隣に立つ佐藤さんを見ると、感嘆の声を上げ、口をぱくぱくと開閉しながらこちらに訊いてきた。


「お、おいっ、三船……まさか彼女か……?」

「ちがうよ」

「そうそう、三船くんとは特に仲のいいお友達です。佐藤って言います、よろしくね」


 佐藤さんの含みたっぷりな発言に、中元は混乱していた。「彼女じゃないのか?」と何度か僕に確認したが、僕も佐藤さんとの関係について、深く言うつもりはないので「そう」とだけ答えておいた。


「今日は珍しく1限から来たんだな」僕は話題を変えようと、中元に言った。中元は素直で礼儀を重んじたが、真面目ではなかった。

 1限目の授業のほとんどは出席せず、教授から注意喚起のメールが届いてからは2回に1回出席するという不真面目な一面もあった。


 中元はぎこちなく口元を歪めると「流石にあのセンセイに逆らうのはやばそうだからな」とだけ言った。

 1限の教授は変人として有名な人だった。中元以外にも出席が3回以上になっている生徒を名指しで全員宛のメールにて晒したのだ。これには僕をはじめとして毎日講義に参加している学生も「酷すぎじゃね?」という意見がちらほらと聞こえてきた。


 僕たちはしばらく立ち話をしていたが、目的地が同じという事で教室まで一緒に向かうことにした。


「そんなことよりさ!佐藤さんはここの大学の人じゃないよね?どうしているの?」


 再び話題は佐藤さんへ。中元は女好きで、今は彼女はいないがその分色んな女性に声をかけていた。コミュニケーション能力も高く、ナンパなんかもしているらしい。


「私は今社会人なんだけど、学生に戻りたくてさー。三船くんにお願いして連れてきてもらったの」

「へぇ、じゃあ年上なんだ……すごく可愛かったから、同い年か年下かと思いました」

「中元くんは褒め上手だな〜、ありがとう」


 僕は佐藤さんと中元の間に入って歩いていたが、両サイドから話題が行ったり来たりするので、肩身が狭くなっていった。中元の、女を前にすると片っ端から恋愛対象として見る部分はあまり好きにはなれなかった。



 1限目は噂の変人教授・美濃島教授の授業だ。大教室にはすでに沢山の人が入っており、僕らは3つ並んで空いている席をやっと見つけて座った。時間になると開始のブザーがなり、何処からともなく教授が現れて授業を始めた。


 講義の内容は民法の解釈に関するもの。確かに美濃島教授は変人だったが、僕は密かに彼の講義を毎週心待ちにしていた。独特な感性と豊富な知識があり、僕の目指す理想の法曹だ。だからこの人の講義はいつも前の方に座って聞いていたし、たまに質問にも赴いていた。

 ノートにメモをとりながら、教授が映し出すプロジェクターのスライドを見る。僕の右隣には佐藤さん、左隣には中元が座っていたのだが、途中から僕が集中してしまったので、気が付いたとき再び両サイドを見てみると、2人とも机に突っ伏して寝ていた。佐藤さんだけは顔がこちらに向いており、幸せそうな寝顔がそこにはあった。


「佐藤さん、佐藤さんっ」


 僕は佐藤さんだけ肩を揺らして起こそうとしたが、結局起きることはなかった。ただ幸せそうな佐藤さんの顔で、癒される僕もいた。

 

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