8話 社畜美人と大学に行く
嫁、つまり佐藤さんの存在を、大学に通っていた頃はほとんどの人に話さなかった。もちろん大学で友人がいなかったと言えばその通りなのだが、例えば関係の薄い人から「彼女とかいないの?」と聞かれた際(聞かれる場面すら少なかったが)、僕はいないと断言していた。説明しても面倒になるような関係性だったという気持ちもあった。
だから、途中までは佐藤さんとの毎日は僕にとっては現実の世界から切り離された空想のような存在だった。僕が僕の下宿先にいて、佐藤さんが仕事から帰ってきて、だらだらと話しながら眠りにつく。そして朝になったら佐藤さんはいない。
大学の一番の思い出はその日々だと答えるだろう。それくらい僕は佐藤さんとの毎日に居心地の良さを感じていた。
だから、佐藤さんとの関係が唯一の友人に暴かれてしまった日は、まるで裸に剥かれたような心持だった。
*
「ねえ私、三船君と大学行きたい」ゆったりとした声で佐藤さんは言った。
月曜日の夜。佐藤さんが日が変わる少し前くらいに帰ってきて、お風呂に入り、僕たちはいつも通りツインベッドに並んで寝転がって雑談をしていた。掛け布団をかけてお互い少し近い距離で、彼女はそう言うのである。
佐藤さんの目は見るからに輝いていて、これは断っても何度も言ってくるに違いないと、僕は反射的に考えた。なぜ彼女がここまでウキウキしているかというと、久しぶりの連休だからだ。
佐藤さんの休みは基本的に平日だった。特に火曜日と水曜日が多くて、土日に休みがないのは勤務先のハウジングセンターにお客さんがたくさん来るからという理由だ。しかし、実際に火曜日と水曜日の両方を休日とできていたのは、月に1度あるかないかだった。
「なんで大学に行きたいんですか」
「私も大学生に戻りたいの」
「場所に行ったところで身分は変わりませんよ」
別に佐藤さんと一緒に大学に行って、授業の一つや二つ受ける分には何も問題はない。授業のほとんどは出席を取らないものだったし、大学の授業なんてほとんど公開されているに等しいものだ。学外の人がふらっと立ち寄っても受講できるレベルのセキュリティなのである。
問題は別にあった。それは大学で知人に会う可能性だった。僕の唯一の友人は僕に懇意の女性がいることが判明すれば岩盤を突き破るまで深堀してくるし、それ以外の学部の知り合いも、僕はできるだけ関わりたくはなかった。
「えーん、お願いっ!胸触ってもいいから!」佐藤さんはそういうと、自分の胸元を僕の方へ突き出した。佐藤さんは困ったときや何かのお願いをする際、自分の体を報酬として差し出す傾向にある。僕も毎回本能が受け入れた方がいいと合図を出しているが、度胸がなかった。
「僕はそこまで性に飢えてませんよ」
「本当に性欲ないなあ」
「でもまあ、いいですよ」
佐藤さんのおかげで毎日楽しく過ごせているお礼だと考え、僕は結局了承した。
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