第21話 決着
ウィンザルト城、裏庭。
正門で繰り広げられている戦闘とは対照的に、こちらは静かだった。
――だが。
突如、爆発が起きた。
王の間と直結している壁が破壊され、ガラス片が飛散する。
爆煙を突き抜けるように飛び出してきたのは、アインだった。
綺麗に刈り揃えられた芝生に着地し、滑りながら勢いを殺す。身体を燻る残り火は魔力によるもの。とてつもない量の魔力源は崩れた壁の向こう側から。アインは、立ち込める煙の奥を睨む。
ゆらゆらとした影から現れたのはキルシュ。
肩を揺らしながら、歪んだ笑みを浮かべている。
「アイン……。殺してやるぞ、お前だけは……」
幼稚な表層部分は壊され、深層に巣食っている怪物のような精神が露わになっていた。
「追放なんて甘い処置をした僕がバカだったよ。お前は、お前だけは……殺さなきゃ。ぐちゃぐちゃに、肉片の欠片さえ残さないように、この世から消さなきゃいけないんだ」
自身の暴走した魔力によって破けた袖から剥き出しになった腕が、煌々と燃え盛っていた。
潜在能力は、アレグリフ家の歴史から見ても随一。実際、努力すらまともにしたことのない人間がここまでの魔法を顕現できるのだから、ある意味感嘆ものだ。
アインとしても、そこは弟として誇りだと素直に受け取れればいいのだが。
「力に溺れた者の末路がこれじゃあな。泣けてくるが、涙は出そうにないな」
「お前のその目が大嫌いなんだ! どれだけ痛めつけても、いつだって僕を憐れむように見つめてきた、その目が!!」
吼えると同時。キルシュが火球を放つ。がむしゃらに腕を振るい、無数の球が次々とアインに襲い掛かる。
アインは腰を沈め、手に携えた槍に魔力を流し込む。猛烈なスピードで迫りくる直線的な火球に対処するには無駄な動きは命取り。自分の体の一部にまで馴染んだ槍を巧みに振るい、全て弾き飛ばして軌道を変える。
城内を飛び出した火球は、遥か彼方の平原に落下。爆発の渦を呼び起こす。
「ちょっとはやるようになったじゃないか、アイン! でかいクチを叩くだけはあるよ!」
「お前のおかげだよ。外に出てからいろんなものが見えるようになってきた。炎の使い手がワンパターンだってこともな!」
アインが前に踏み出し、槍の穂先でキルシュを突く。
相手の出方をうかがう牽制の攻撃を、キルシュは全力で真横に回避。飛び込んだ方向に追うように、今度は槍を払う。キルシュは避けられないと瞬時に判断したのか、火球を地面に放ち爆風の力を借りて強引に飛び退った。
「は……はは! 無能が少し力を得ただけで調子に乗るなよ!」
地面を転がり、すぐさま起き上がるキルシュ。泥だらけの顔には強がりの笑みが浮かんでいる。
「才能のないお前と僕じゃ住む世界が違う。別次元の強さを思い知れ!」
相手の力量すら把握できていないキルシュに、アインは小さな溜息を洩らした。外の世界を知らない少年にとっては、このちっぽけな城内だけが物差しの基準でしかないのだ。
とはいえ、持って生まれた頭脳は高い。火球を今度は剣状に変化させた。一般の魔法使いでも形状変化は習得するのが困難。ただ、器用なキルシュには簡単なのだ。
「ほら、ほら、ほらぁ!!」
ただし、剣技は二流以下。これならかけだしの冒険者と同レベルだった。軌道が読みやすい、ただ突っかかてくるだけの斬撃をアインは軽々といなす。
(こんなものか……)
必死の形相で攻撃を繰り出すキルシュに、アインは冷めた表情で見下ろしていた。炎の剣を弾き飛ばし、槍の下端でキルシュの腹を軽く小突く。蛙が潰されたような声を上げ、うずくまるキルシュは苦悶に歪めながらえづく。
「それで本気か、おチビちゃん?」
唾液をまき散らし、キルシュはよろよろと立ち上がった。悲しげに言葉を吐くアインに、怒りが噴き上がる。
「よくも……よくも……。コケにしやがって……」
周囲の空気が一変する。
キルシュを中心として、溢れ出した魔力がうねりを巻き起こす。
「…………?」
これまでに感じたことのない魔力量。心に余裕を持っていたアインも、警戒度を高める。
「僕は天才なんだ。お前なんかに負けるはずがないんだ……!」
急激に温度が上昇する。
魔力の全解放。
キルシュが自身に内包する魔力を、全て放出しようと力を溜めている。
「舐めるなよ、この僕を!!」
天高く掲げた両手。魔力の微粒子が空気を燃やす。地面から炎が噴き出し、一瞬にして裏庭は炎の空間と化した。
構築された魔法の領域。炎の壁としてアインを包囲し、熱気によって肌を焼く。息苦しさを感じるのは、熱が急激な速度で酸素を奪うからだ。
改めてキルシュの才能には舌を巻く。
だが、そのキルシュの姿がどこにもなかった。
『ははははは……! どうだ、僕の奥の手は……!!』
どこからともなく、キルシュの哄笑が響き渡る。
間髪入れず、アインの正面に火柱が噴いた。熱風が炎の空間を切り裂いたかと思うと、火柱が人の形を成した。ゆらめく少年の姿は、紛れもなくキルシュだった。
そして立て続けに二体、三体と数を増やしていく。噴き上がる炎の柱は十本以上。炎の幻影はあっという間に増殖して、アインを包囲した。
「厄介な真似を……」
『まさか僕にこの技を使わせるとはね。実はね、こいつは実戦で試したことはなかったのさ。あまりに危険だからね。だけどお前相手なら遠慮はいらないよねぇ!!』
アインの背中に衝撃が走る。激痛に加えて刺すような熱さ。衣服は破れ、皮膚が焼けただれていた。
背後にいた幻影の一体が炎を放ったのだ。
「ぐ……」
『手加減だよ。もっともっと痛めつけてやるためにね。ショーはこれからだ!!』
「卑怯者のお前らしい、下品な魔法だな」
『言ってろぉおおお!!』
全ての炎の幻影が揃って右手を前に出す。同時に炎が生まれ、射出の準備に入る。標的は彼らが形成した円の中心にいるアインただ一人。
アインとしても、このまま一斉放火されてはたまったものじゃない。
アインは極限まで集中し、周囲に目を凝らす。幻影を警戒しているわけではない。魔力の奔流とも思える炎の領域の中で、その僅かな乱れを探る。
「――そこ……だ!!」
槍を握りしめた拳から、稲妻が走る。
弓を引くように振りかぶり、炎の領域の端となる壁に向けて槍を放つ。
炎を穿ち、雷光がほとばしる。
瞬間、抉り取った炎を起点として領域にほころびが生まれた。投げ込まれた槍はキルシュ本体の肩を貫く。
「ぐ……ぎゃあぁああああああああ!!」
バネのような勢いで後方へと吹き飛ばされたキルシュは、城壁にまともに突き刺さる。
「お前は昔から、自分だけ傍観して標的が痛めつけられるのを愉しむ性分だからな。どこにいるのか分かりやすかったよ」
「い、痛い! 痛ぁぁぁあああい!!」
地面をのたうち回るキルシュ。アインはゆっくりと近づき、槍の柄をぎゅっと握りしめる。
「ひぎゃゃああああああああああ!!」
少年の華奢な肩からは、みるみる赤い血が流れ出てくる。
正直なところ、魔力を衝突させたために、キルシュに到達して時点で勢いは死んでいる。それも計算しての一撃だ。
だが、決してアインの情けではない。
死の制裁は意味がないのだ。
「ち、父上! 父上ぇぇええ……。たす、助け……」
涙を流しながら、弱々しく声を絞り出すキルシュ。
「ふざけるな! お前が命を散らした人たちの痛みは、こんなものじゃなかったんだぞ……!!」
呻くようにアインは言った。
マルナやレネット村の人々。それに魔物たち。死んでいった者たちは全員、無念だったはずだ。ただただ平穏に暮らしていたかっただけなのに。
直接手を下したわけじゃない。
だとしてもキルシュには、その全員分の死を背負わなければいけないのだ。
「嫌だぁ……死ぬのは嫌だよぉ……」
「安心しろ、殺しはしない。俺はお前じゃないからな。罰を受け入れてもらうだけだ」
「嫌だよぉぉ……」
戦意喪失。年相応に泣きじゃくる弟に、アインにも憐れみが生まれる。ふと肩の力を抜きかけた瞬間、キルシュの右手が赤く瞬いた。
「ッ!?」
炎の球がアインを直撃する。爆炎がアインの身体を上空へと吹き飛ばした。
「きゃ、きゃはははは!! 僕は負けない!! せっかく手に入れた地位も名誉も、失うわけにはいかないんだよぉぉぉおおおおおおおお!!」
アインは人形のように頼りなく宙を漂う。くるくると回るアインに、キルシュは自棄になったような狂った笑い声を上げた。
そして、とどめを刺そうとキルシュは仰向けになったまま右手を突き上げる。
が、奇襲に勝利を見出したキルシュの顔が強張った。
アインが反転し、落下の体勢に入っている。
「残念だよ……、キルシュ」
「アイィィンンンンンンンンンンンンンン!!」
アインは、ゆっくりとルインシュトラハータを引いた。息を吸い、全身に駆け巡る血を右腕に注ぐようなイメージで力を集中させる。ありったけの魔力。アインの全てを槍に込める。
パチッと、手元で小さな雷が弾けた。
零れ出た魔力だ。次第に激しく、そしてアインの全身をまとわりつくように雷光となって駆けまわる。
「うぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
雷光一閃。
まるで黄金の竜が天空から舞い降りるように、一つの稲妻と化したアインがキルシュのいた場所に突き刺さる。光速の爆撃によって地面は砕け散る。甲高い音が轟く。何もかも純白の光に消してしまうかのような眩い爆発が起きた。
抉り取られた土が、塊となって周囲に飛散。城壁に激しくぶつかり、煉瓦を砕く。風圧によって何百年と礎を築いたウィンザルト城を呆気なく破壊した。
稲妻が収まったその後に残されたのは、隆起した地面に膝をつくアインだけだった。
そこにキルシュの姿はない。
アインの一撃は、強大な魔物ですら一瞬で屠ることのできる必殺の爆撃。ブラッドイーターの全力を用いて、ウィンザルトの歴史も体制すらも破壊する。
この国を壊し、改めて構築するために。
立ち上がったアインは、上空を見上げた。
崩れかかった尖塔に何かが引っかかっている。布切れのように映るそれは、先端の僅かな部分に垂れ下がっているキルシュだった。情けなく白目をむいて、泡を吹いている。
気絶する程度に直撃は避け、吹き飛ばしたのだ。
無意識に笑みをこぼしたアインは、すぐに表情に影を落とした。
終わったという安堵感。だが、それ以上に残る寂寥感があった。
そう、潰したのだ。この手で。どうしようもない復讐劇に終止符を打ったのだ。
辺り一面の瓦礫の山を歩いていると、いつの間にかオルタナがこちらを覗いていた。美しく儚げな笑みは、こちらの心情を慮ってくれているからだろう。
「お疲れ様、主殿」
「ああ――」
緩やかな風が、二人の間を吹き去っていく。
最後の一撃で立ち込めていた暗雲は消え去り、どこまでも眩い陽光が降り注ぐ。
それは、新たな時代の幕開けを示そうとしていた。
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