第4章 万感の雷
第18話 解放戦線
レネット村の襲撃から二週間。
ウィンザルトの圧政は酷くなる一方だった。
他国への侵攻を本格的に始動――物々しい厳戒態勢を敷き、兵力を増強した。駐屯地を増やすだけにとどまらず、各村々にまで兵を配備。そうした準備だけでも、情報として他国には伝わる。臨戦態勢、と警戒心を与えるのだ。
ただし、問題なのはその兵の質。
なぜ一気に兵が増員できたのか。
どこにそれだけの人数がいたのか。
そもそもウィンザルトは、兵力としては弱小の部類だった。
戦争を経験していない兵士ばかりで、練達度でいえばやはり他国に劣る。これで中央にそびえる帝国を落とすのは夢物語でしかない。
そこでキルシュは、裏のパイプを用いて傭兵や冒険者を兵士に取り立てたのだ。大金に目が眩んだ者どもが大挙に志願し、元の十倍近くまで兵が増えた。
しかし、集まったのが素行の悪い者たちばかりだったために、彼らは村民にやりたい放題だった。尊大で態度悪く、乱暴を働く。男には容赦せず、女は手籠めにして欲求を満たす。無論、王やキルシュはそういった非道な行為を知りながら干渉しない。
戦争というものは、あまりに時間がかかる。
その中で繰り返される悪虐行為に、ウィンザルトの民は疲弊し、絶望していった。
ウィンザルト南東部、ハイネ村。山岳地付近にある小さな村だ。
「ほら、あのジジイどもこんなに隠し持ってやがったぜ」
鎧を身に纏った、兵士とは名ばかりの男二人が村の外で下卑た笑いを浮かべていた。金貨が入ったずっしりとした袋を掲げ、酒をあおる。
「おいおい、いいのかよ。一応、職務中だぜ?」
「なーに言ってやがる。テメェだって仕事さぼって女のケツ追い回してるだろうが。で? イイのはいたのかよ?」
「こんな古臭い村じゃロクな女はいねぇな。ジジババだけで味見さえできねぇ」
「ハハッ。ちげぇねぇ」
ハイネ村には、全部で五人ほどの兵士が派遣されていた。
国境とも近いため命じられたのは斥候任務だったはずだが、その誰もが真面目に職務に当たらず、休憩という名の強奪を行っていた。
「いや~、それにしてもキルシュ様には感謝だよな。こんな俺たちにも堂々と日向を歩けるんだからな」
「でも、いいのかねぇ。俺たちのようなアウトローを軍直属の兵士になんかしちまって」
「知ったことかよ。あのおぼっちゃんは世界征服なんて馬鹿こいてるが、関係ねぇ。俺たちゃあ甘い汁をすすれればそれでいいんだよ」
豪快に酒を飲み干し、酒瓶を放り捨てる。
山賊紛いに食い散らかした形跡が至る所にあった。家屋も荒らされたのか、割れた窓ガラスの近くの地面には家具類が放棄されてある。
あまりに静かだった。
強奪の限りを尽くされ、村人は静かに怯えることしかできない。
「まだ飲み足りねぇな。戻って漁ってみるか……ん?」
村に戻ろうとした男が不意に立ち止まる。
「どうした?」
「おい見てみろよ」
前方を凝視したまま、もう一人に顎をしゃくって促す。
視線の先――険しい山道の中に人影があった。
若い女性だ。真紅の髪をなびかせながら、こちらに悠然と歩いてくる。
スレンダーな体型を強調するようなレザースーツに、繊細な美貌。男たちは無意識に生唾を呑み込む。
「なんじゃ、ありゃ。かなりの上玉じゃねぇか。この村にあんな女いたのか。いや、身なりからして違うのか……?」
「知るか。おい、行くぞ」
にやけた顔を隠そうともせず、男たちは女性の元に歩み寄った。立ち止まった女を男たちはねめ回すように見つめながら、話しかける。
「やあ、お姉さん。どうしたんだ、こんなところに一人でさ」
警戒心を与えないよう、砕けた調子で言う。一応兵士という職柄、相手は委縮してしまうのがほとんどだ。演技も出来なくないが、下心が勝った。
「今、この辺りはひっじょーに危ないんだ。あまりうろつかない方がいいぜ」
「そーそー。いつドンパチが起こってもおかしくない状況なんだ。アンタ、旅人かい? 女の一人旅ってのは関心しないなぁ」
女は、嫣然と微笑んだまま男たちを見つめるだけだった。
何も答えないことをいいことに、男たちは自分たちの欲求を最優先に話を進めようとする。
「俺たちと出会ったのは運がいい。堅っ苦しい他の兵に捕まったら大変だからな。そうだ、この村で休憩していけばいい」
「名案だな。俺たちがこの村を案内してやるよ。宿なんかないが、俺たちの仮設宿舎がある。そこでしばらく大人しくしていりゃ、じきにこんな殺伐とした空気もおさまる。ささ、おいで」
すかさず男の手が、女の腰元に伸びる。
廃れた村で退屈していた男たちには最高の獲物。これからこの女をどう弄ぶか、その想像が脳内で溢れて止まらない。
だから当然、気付くことはなかった。
女の指先を弾く、小さな雷に。
一方、ウィンザルト城の廊下では慌ただしい足音が響いていた。
「た、大変です!!」
王の間の扉が勢いよく開かれる。
のどかな午後に談笑していたキルシュとアレグリフ三世は、平穏を邪魔され怪訝な表情を浮かべた。
対し、切迫した表情で入ってきたのは、門番をしていた兵士だった。二人にとっては名も覚えていない下っ端の一般兵だ。
「なんじゃ、騒々しい」
「し、失礼しました!」
不愉快そうにアレグリフ三世が睨みつけると、兵士は慌てながら姿勢を正し、敬礼した。
「まったく……。僕と父上は今大事な会議の最中なんだ。邪魔しないでくれるかな?」
嘆息を吐くキルシュ。
まだ幼いながらも彼のその性格の残忍さは、門兵もよく理解していた。鬱陶しそうな空気を感じ、増々兵士の顔は強張った。
「ま、いいや。で、何かあった?」
「は、はい! 報告いたします!」
兵士は息を大きく吸い込んだ。視線は上向きに、宙でも見つめていないと緊張で声すら発せられない。
キルシュは呆れた顔で、興味なさそうにそっぽを向いた。
「現在、様々な地点で展開されていました自軍の駐屯地が、軒並み破壊されていっております!!」
広々とした王の間に、兵士のありったけの声が響き渡る。
そして、静寂が訪れた。
どれだけの沈黙が続いていたのか。
兵士も、キルシュも、アレグリフ三世でさえも固まったまま動かなかった。まるで時が止まったのかとさえ思えるほどに。
「……は?」
だからこそ、気の抜けたキルシュの声は広い空間の中にあっても、良く通った。
「今、なんて? もう一度言ってくれるかな?」
キルシュの引きつった顔が兵士の方にぎこちなく向く。
「は! 各地で展開されておりました自軍の駐屯地が次々と破壊されております!!」
直立不動の兵士は、今度はゆっくりとさらに声を張り上げて言った。
「どういうことだ、それは!!」
ようやく意味を理解したのか、アレグリフ三世が玉座から立ち上がる。
「詳細を申してみよ!! 何があったのだ!?」
「詳しいことは分かりません! ですが、何者かの襲撃にあったのではと目撃したものから証言を得ました」
「なんだ、その曖昧な情報は!! 誰だ、そんなことをしたやつは!? 魔物か!!」
「い、いえそれもはっきりとはせず……。襲撃をかけたのは人間だったというのもあれば、怪物のようだったともあるとかで……」
王とキルシュの二人からの怒声を浴びせられ、声が徐々に細くなっていく兵士。その態度がさらにキルシュを刺激し、憤怒の表情で兵士の腹部に蹴りを入れた。
「もういい! ザット! ザットを呼べ!!」
開け放たれた廊下に向かってキルシュは叫ぶ。
王子のあまりの剣幕に、清掃をしていた使用人の女性たちが慌てふためく。その彼女たちを突き飛ばすように、また別の兵士が廊下の角から飛び出してきた。
「敵襲! 敵襲ーーーーーーー!!」
「今度は何だ!?」
もはや悲鳴のようにキルシュがわめく。
「て、敵襲であります! このウィンザルトに正面から攻撃を仕掛けてきたであります!!」
「だから詳しくは話せというに!!」
「敵は厳戒態勢であった我が城に近付き、追い払おうとしましたが警告を無視。強引に突破してきました! 現在、城内に進入されております!!」
「どこの軍か!? 数は!?」
「いえ、それが……」
次第に場内が騒がしくなってきた。外から爆発音が聞こえ、地面を震わす。廊下に置かれてあった高級な壺や絵画が落ち、割れる。使用人たちの悲鳴があちこちで聞こえてきた。
なまじ平穏な国であったために、こういう緊急事態には耐性がない。
「か、数はたったの三人。敵は、ぐ、他国の軍ではなく……」
「じゃあ、どこだ!? 早く言え!!」
「敵は……アイン。アイン元・殿下であります!!」
窓の外から眩い閃光が瞬く。瞬間、さらなる爆発が轟いた。
「はあぁぁぁああああ!?」
キルシュの思考は困惑で埋め尽くされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます